↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/60

第53話 口実の、いらない日

「俺として、言う。……エルナ。俺は、お前に、居てほしい。この先の、俺の一生の、隣にだ」


その言葉は、夕暮れの丘の上で、まっすぐに、私に届いた。


胸の奥で、ことり、ことり、と、音が鳴り続けていた。


もう、ずっと前から鳴っていた音が、いま、いちばん大きく。


「ユリウス様……」


「まだだ」


彼は、私の言葉を、そっと止めた。


「……まだ、最後まで、言わせてくれ。ここで止まったら、俺は、たぶん、あと二年かかる」


「ふふ……はい」



ユリウスは、上着のポケットに、手を入れた。


手ぶらで来る、と言った人の、その手が、小さなものを、取り出した。


夕陽を受けて、それは、淡く光った。


指輪——ではなかった。


細い若枝を、丁寧に、丁寧に編んで作られた、小さな環だった。


ところどころに、緑の若葉が、まだついている。


「あの木の枝だ」


ユリウスが言った。


「庭の。……あの木の、今年伸びた枝で、作った」


あの木。


彼が十五の年から花をつけなかった、枯れかけていた木。


私が白百合を還した木。


約束の、毎年の、木。


「宝石を、贈るべきなんだろう。家紋の指輪でも、王都の細工物でもいい。それが、家格に見合った形だ。……だが、それは、フォン・リント家の当主が、贈るものだ」


彼は、若枝の環を、手のひらに載せた。


「俺として贈れるものを、考えた。何日も考えて、……これしか、なかった。枯れかけていたのに、お前が来てから、芽吹いた木だ。俺と、同じだからだ」


不器用な指が、環を、私に差し出した。


「エルナ」


夕陽が、沈みかけていた。


世界のいちばん静かな時間に、その言葉は、置かれた。


「俺の、妻になってほしい」



風が、丘を渡った。


町の灯が、またひとつ、ふたつ、増えた。


私は、差し出された小さな環を、見つめていた。


若枝の、環。


薪でも、林檎でも、蜂蜜でもない。


余りものでは、ない。


この人が、生まれて初めて、口実なしに差し出した、たったひとつのもの。


——ずっと、私は「役割」だった。


家にとっての、駒。

神殿にとっての、聖女。

噂の中の、清らかな先代様。


誰かに必要とされるとは、役割を果たすことだと、思って生きてきた。


けれど、この人は。


洗い物をしていただけの私を、見つけてくれた。


何の役にも立たない、ただ静かなだけの私の隣に、一年あまり、口実を積み上げてまで、居続けてくれた。


そして今、領主の面を外して、家格も、体裁も、宝石も、全部脇に置いて。


俺として。


私に、居てほしいと、言ってくれている。


役割では、なく。


エルナとして。


「…………」


目の奥から、熱いものが、あふれそうになった。


言葉が、喉の奥で、いちばん大切な形を、探していた。


去年、聖印を返した日に言った「承知いたしました」でもない。


役割としての、どの言葉でもない。


私の、言葉。


私は、ゆっくりと、息を吸った。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


宝石ではなく、家紋でもなく。


枯れかけていたのに芽吹いた、あの木の若枝の環。


「俺と、同じだからだ」


一年あまりの口実の果てに、

口実のいらない言葉が、夕暮れの丘に置かれました。


「俺の、妻になってほしい」


エルナの返事は——次話「承知、いたしました」。


ブックマーク・評価、

どうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。