表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/15

第5話 王都からの、短い手紙

その手紙が届いたのは、

辺境に来て、半月ほど経った頃だった。


町に立ち寄った行商人が、

「王都から、預かってきた」と、

一通の封書を、教会に届けてくれた。


差出人の名は、

書かれていなかった。


けれど、封蝋に押された紋を見て、

私は、すぐに分かった。


神殿のものだった。



封を開けると、

便箋は、たった一枚だった。


短い、けれど、

ひどく乱れた筆跡で、

こう書かれていた。


『どうして、何も言い返してくれなかったのですか。


あなたが、本当に身を引くなんて、

思っていませんでした。


私は、本物の聖女なのでしょうか。


――セシリア』


私は、その手紙を、

しばらく、見つめていた。


セシリア・モート。

私に代わって、神託を受けた、

次代の聖女。


会ったことは、ほとんどない。


神殿で、すれ違ったことが、

数えるほど、あるだけだ。


たしか、

私より、いくつか年下の、

線の細い少女だった。


その彼女が、

なぜ、私に。



手紙の文字は、

震えていた。


責めているのでは、なかった。


むしろ、その逆だ。


彼女は、

怯えていた。


聖女の座に、

たったひとりで立たされて。


私は、それが、

痛いほど分かった。


聖女とは、

立っているだけで、

重いものだ。


皆が、加護を期待し、

皆が、完璧を望む。


その重さを、

彼女は今、

ひとりで、背負っている。


かつての、

私のように。


私は、

ペンを取った。


何を書くべきか、

少し、迷った。


慰めの言葉も、

励ましの言葉も、

きっと、軽すぎる。


だから、私は、

ただ、本当のことを書いた。


『言い返さなかったのは、

あなたを責める理由が、

私にはなかったからです。


本物かどうかは、

私には分かりません。


けれど、ひとつだけ。


聖女の座は、

重いものです。


もし、その重さに、

押しつぶされそうなときは、

どうか、誰かに、

頼ってください。


ひとりで、

背負わなくて、いいのです。


――エルナ』


聖印を返した私に、

言えることは、

それくらいしか、なかった。


封をして、

行商人に託す。


手紙が、

小さくなっていくのを、

私は、見送った。


責めるでもなく、

取り戻そうとするでもなく。


ただ、

重さを知る者として、

一言だけ。


それで、よかったのだと思う。



その日の夕方、

私は、井戸のそばで、

ぼんやりと、空を見ていた。


セシリアのことを、

考えていたわけではない。


ただ、

自分が手放したものの大きさを、

今さらながら、

少しだけ、感じていた。


「……何か、あったのか」


声に振り向くと、

ユリウスが立っていた。


今日は、

口実すら、持っていなかった。


ただ、

通りかかった、という顔をして。


「いいえ」


私は、首を振った。


「少し、昔のことを、

思い出していただけです」


ユリウスは、

私の隣に立ち、

同じように、空を見上げた。


しばらく、

ふたりとも、黙っていた。


けれど、

その沈黙は、

居心地の悪いものでは、

なかった。


「……人は」


ユリウスが、

ぽつりと言った。


「過去を、

無理に断ち切らなくていい。

そう、思う」


「え?」


「ただ、

そこに置いておけばいい。

背負わずに」


その言葉に、

私は、ユリウスを見た。


彼は、

こちらを見ていなかった。


ただ、

遠い空の、

夕焼けの色を、

じっと見つめていた。


その横顔に、

私は、ふと、

気づいた。


この人も、

何か、置いてきたものが、

あるのかもしれない、と。


「ありがとうございます」


私が言うと、

ユリウスは、

少しだけ、肩を揺らした。


「……何も、言っていない」


「いいえ」


私は、微笑んだ。


「言ってくださいました」


夕焼けが、

ゆっくりと、

町を、橙色に染めていく。


ユリウスとの距離が、

ほんの一歩、

縮まった気がした。


それは、

言葉ではなく、

同じ空を見上げた、

その時間の分だけ、だった。


本話をお読みいただき、ありがとうございました。


セシリアの、震える手紙。

そして、エルナの、静かな返事。


責めることも、奪い返すこともしない。

エルナという人の芯が、

少しでも伝わりましたら、嬉しいです。


次話「薪と、林檎と、名前のない好意」では、

辺境の人々の優しさが、

じわじわと、エルナを包んでいきます。


ブックマーク・評価も、

どうぞ、よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ