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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第49話 ご恩返しの、かたち

セシリア様の文を開いたのは、アロイス様の手紙を抽斗にしまった、その後だった。


ヨナス様の記録係の文とは、まるで違う、丸くて明るい文字。


読み始めてすぐ、私は微笑んでしまった。


「エルナ様!


まずは、ご報告があります。

神殿は、生まれ変わります。


新しい神殿長が立つまでのあいだ、神殿の務めは、評議会の立ち会いのもと、私と、ヨナス様たち若い神官の合議で運ぶことになりました。


私、はじめて会議というものの長を務めました。

緊張して、開会の言葉を、二度も嚙みました。


ヨナス様は笑いませんでしたが、肩がふるえておいででした。ひどいと思います」


「ふふ……」


目に浮かぶようだった。


そして文は、そこから、居住まいを正すように、文字の並びが整った。


「さて、エルナ様。


新しい神殿の、最初の議決を、お報せいたします。


私たちは、最初に何を正すべきかを、話し合いました。

大きなことは、たくさんあります。記録の扱い。神託の確かめ方。務めの分かち方。


けれど、最初のひとつは、皆の意見が、すぐに揃いました」



文には、一枚の写しが、同封されていた。


上質な羊皮紙に、神殿と評議会の連署。


私は、それを、ゆっくりと読んだ。


「議決第一号。


辺境リントの教会を、古き言い伝えに基づき、『祈りの家』として正式に認める。


祈りの家は、神殿の位階の外にあり、

神殿は、その人事、務め、暮らしに、いっさい関与しない。


祈りの家に住まう者を、神殿の役務に召すことは、

理由のいかんを問わず、今後、永くこれを禁ずる。


この一条は、後の神殿長といえども、覆すことができない」


私は、二度、読み返した。


それから、写しを持ったまま、しばらく、動けなかった。


召すことを、永く、禁ずる。


それはつまり——もう二度と、丁重すぎる文も、出頭命令の巻物も、招請状も、この教会には届かない、ということだった。


誰が神殿長になっても。

どんな政治の風が吹いても。


この小さな教会と、ここでの私の暮らしは、もう、誰の絵にも、組み込まれない。


セシリア様の文は、こう結ばれていた。


「冬の日、あなたは、迷子だった私を、条件も、見返りもなく、受け止めてくださいました。


いつか、このご恩を返します、と申し上げました。


考えて、考えて、気づいたのです。

あなたに差し上げられるもので、いちばん値打ちのあるものは、宝物でも、位でもなくて。


『もう心配しなくていい』ということ、なのだと。


エルナ様。

どうか、これからは、便りの心配だけ、なさってください。


私の手紙は、これからも、季節ごとに参りますので。


あなたの友人、セシリア・モート」



「——というわけなのです」


その夕方、私は集まった皆に、写しを見せた。


マレンは、写しを両手で持って、長いあいだ、黙っていた。


「……『祈りの家』」


やがて、噛みしめるように言った。


「言い伝えの、あの言葉を、使ってくれたのですねえ。役割を捨てた聖人が根を下ろした、この場所に」


「はい」


「あの子は、良い聖女になりますよ。ええ、きっと、とびきりの」


女将は、目元を拭って、豪快に笑った。


「つまり、あれかい。もう金輪際、王都の連中はエルナさんに手出しできないってことかい」


「そうなります」


「そうかい、そうかい! よし、今夜も宴だ!」


「またですか!?」


リーゼルが笑い、ニコがはしゃぎ、教会は、いっぺんに賑やかになった。


私は、その輪の真ん中で、写しを胸に当てた。


もう、心配しなくていい。


かたちのない、いちばん大きな贈り物が、胸の奥で、あたたかかった。



宴の支度に駆け回るみんなを眺めながら、リーゼルが、ふと、私の隣に来た。


「よかったですね、エルナさん。これで、心配ごとは——」


彼女は、にんまりと笑った。


「……ひとつだけ、ですね?」


「ひとつ?」


「あーあ、秋も近いのになあ。うちの領主様は、いつになったら——」


「リーゼル」


マレンの声が、笑いを含んで飛んできた。


「口ではなく、手を動かしなさいな」


「はーい」


駆けていくリーゼルの背中を見送って、私は、ひとり、頬が熱くなるのを感じていた。


秋。


馬車の中で聞いた、あの小さな独り言が、耳の奥で、蘇っていた。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


新しい神殿の、最初の議決。


それは、辺境の小さな教会を「祈りの家」として、

永く、誰の絵からも守ることでした。


いちばん値打ちのある恩返しは、

「もう心配しなくていい」という、かたちのないもの。


これで、心配ごとは——ひとつだけ?


次話「敬意を、残して」では、

最後に残った人が、辺境を再び訪れます。


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