第49話 ご恩返しの、かたち
セシリア様の文を開いたのは、アロイス様の手紙を抽斗にしまった、その後だった。
ヨナス様の記録係の文とは、まるで違う、丸くて明るい文字。
読み始めてすぐ、私は微笑んでしまった。
「エルナ様!
まずは、ご報告があります。
神殿は、生まれ変わります。
新しい神殿長が立つまでのあいだ、神殿の務めは、評議会の立ち会いのもと、私と、ヨナス様たち若い神官の合議で運ぶことになりました。
私、はじめて会議というものの長を務めました。
緊張して、開会の言葉を、二度も嚙みました。
ヨナス様は笑いませんでしたが、肩がふるえておいででした。ひどいと思います」
「ふふ……」
目に浮かぶようだった。
そして文は、そこから、居住まいを正すように、文字の並びが整った。
「さて、エルナ様。
新しい神殿の、最初の議決を、お報せいたします。
私たちは、最初に何を正すべきかを、話し合いました。
大きなことは、たくさんあります。記録の扱い。神託の確かめ方。務めの分かち方。
けれど、最初のひとつは、皆の意見が、すぐに揃いました」
◇
文には、一枚の写しが、同封されていた。
上質な羊皮紙に、神殿と評議会の連署。
私は、それを、ゆっくりと読んだ。
「議決第一号。
辺境リントの教会を、古き言い伝えに基づき、『祈りの家』として正式に認める。
祈りの家は、神殿の位階の外にあり、
神殿は、その人事、務め、暮らしに、いっさい関与しない。
祈りの家に住まう者を、神殿の役務に召すことは、
理由のいかんを問わず、今後、永くこれを禁ずる。
この一条は、後の神殿長といえども、覆すことができない」
私は、二度、読み返した。
それから、写しを持ったまま、しばらく、動けなかった。
召すことを、永く、禁ずる。
それはつまり——もう二度と、丁重すぎる文も、出頭命令の巻物も、招請状も、この教会には届かない、ということだった。
誰が神殿長になっても。
どんな政治の風が吹いても。
この小さな教会と、ここでの私の暮らしは、もう、誰の絵にも、組み込まれない。
セシリア様の文は、こう結ばれていた。
「冬の日、あなたは、迷子だった私を、条件も、見返りもなく、受け止めてくださいました。
いつか、このご恩を返します、と申し上げました。
考えて、考えて、気づいたのです。
あなたに差し上げられるもので、いちばん値打ちのあるものは、宝物でも、位でもなくて。
『もう心配しなくていい』ということ、なのだと。
エルナ様。
どうか、これからは、便りの心配だけ、なさってください。
私の手紙は、これからも、季節ごとに参りますので。
あなたの友人、セシリア・モート」
◇
「——というわけなのです」
その夕方、私は集まった皆に、写しを見せた。
マレンは、写しを両手で持って、長いあいだ、黙っていた。
「……『祈りの家』」
やがて、噛みしめるように言った。
「言い伝えの、あの言葉を、使ってくれたのですねえ。役割を捨てた聖人が根を下ろした、この場所に」
「はい」
「あの子は、良い聖女になりますよ。ええ、きっと、とびきりの」
女将は、目元を拭って、豪快に笑った。
「つまり、あれかい。もう金輪際、王都の連中はエルナさんに手出しできないってことかい」
「そうなります」
「そうかい、そうかい! よし、今夜も宴だ!」
「またですか!?」
リーゼルが笑い、ニコがはしゃぎ、教会は、いっぺんに賑やかになった。
私は、その輪の真ん中で、写しを胸に当てた。
もう、心配しなくていい。
かたちのない、いちばん大きな贈り物が、胸の奥で、あたたかかった。
◇
宴の支度に駆け回るみんなを眺めながら、リーゼルが、ふと、私の隣に来た。
「よかったですね、エルナさん。これで、心配ごとは——」
彼女は、にんまりと笑った。
「……ひとつだけ、ですね?」
「ひとつ?」
「あーあ、秋も近いのになあ。うちの領主様は、いつになったら——」
「リーゼル」
マレンの声が、笑いを含んで飛んできた。
「口ではなく、手を動かしなさいな」
「はーい」
駆けていくリーゼルの背中を見送って、私は、ひとり、頬が熱くなるのを感じていた。
秋。
馬車の中で聞いた、あの小さな独り言が、耳の奥で、蘇っていた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
新しい神殿の、最初の議決。
それは、辺境の小さな教会を「祈りの家」として、
永く、誰の絵からも守ることでした。
いちばん値打ちのある恩返しは、
「もう心配しなくていい」という、かたちのないもの。
これで、心配ごとは——ひとつだけ?
次話「敬意を、残して」では、
最後に残った人が、辺境を再び訪れます。
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