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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第48話 神殿長の、退き方

報せは、夏の終わりの気配とともに、届いた。


今度は、ヨナス様と、セシリア様、二通同時の文だった。


私は、教会の窓辺で、まずヨナス様の文を開いた。


「アロイス・ヴェント神殿長は、本日、評議会の裁定に先立ち、自ら退任を申し出られました」



文は、その日の様子を、記録係らしい正確さで伝えていた。


諮問の最終日。


評議会が裁定を下す、その直前に、アロイス様は発言を求めたという。


「彼は、立ち上がり、こう述べられました。


『裁定の前に、申し上げます。


聖女交代の決は、神託によるものではなく、私の判断によるものです。

当時の神殿は、後ろ盾を失いつつあった。私は、組織を守るために、新しい後ろ盾に繋がる新しい乙女を、必要といたしました。


記録に残る疑義を、私は、承知の上で伏せました。

すべての紙を、机の下へ回したのは、私です。


——私は、組織を守ったつもりで、人を損ないました。


ひとりの聖女から、二十年の務めの後の、静かな去り際を。

ひとりの若い乙女から、確信をもって座に着く、はじめの日々を。


裁定を待たず、退任いたします。

神殿の罪ではなく、私の罪として、持って出るためです』


議場は、静まり返っておりました。


誰も、責める言葉を、続けられませんでした。

すべて、ご自分で仰ってしまわれたので」



私は、文から目を上げて、しばらく、窓の外を見た。


夏の終わりの空は、高くなり始めていた。


あの方が待っていたのは、これだったのだ。


評議会に裁かれて、退くのではなく。

神殿に罪を着せて、逃げるのでもなく。


すべてを自分の口で言って、自分の罪だけを鞄に詰めて、自分の足で、出ていくこと。


それが、あの人の選んだ、最後の「組織の守り方」だった。


「……不器用な方」


気づけば、そう呟いていた。


二十年、絵を描き続けた人の、最後の絵は、自分だけが泥をかぶる絵だった。



文には、続きがあった。


「アロイス様は、退任の後、北の山あいの、小さな聖堂の司祭として赴かれるそうです。


ご自分で、志願なさいました。

司祭がひとりきりの、巡礼路の外れの聖堂です。


発たれる前日、私は、荷造りの手伝いに呼ばれました。

荷物は、驚くほど、少のうございました。


その折に、これを、エルナ様へと、預かりました」


同封されていたのは、小さく折られた、一枚の紙だった。


私は、それを、そっと開いた。


見覚えのある、几帳面な文字。


かつて「丁重すぎる文」で私を辺境に留めようとした、あの筆跡だった。


「エルネスティーネ様


一筆のみにて、失礼をいたします。


あなたの二十年に、私が申し上げてよい言葉は、ひとつもございません。

謝罪は、それを口にした者が軽くなるためのものと、知っております。

ゆえに、お詫びは、記しません。


ただ、ひとつだけ。


辺境の土地が豊かであるという報せを、この一年、私は誰よりも、恐れて読んでおりました。

いまは、誰よりも、安堵して、読んでおります。


お返事には、及びません。


アロイス・ヴェント」



私は、その短い手紙を、長いあいだ、見つめていた。


謝らない、という詫び方があるのだと、初めて知った。


軽くならないことを、選んだ人。


「……マレン」


私は、祭壇の花を替えているマレンに、声をかけた。


「北の山あいの聖堂へ、文を送ることは、できるでしょうか」


「ええ、ゆっくりでよければ。巡礼の便がありますよ」


「では、いつか」


私は、手紙を、大切に抽斗へしまった。


「畑の豆が、よく実った年に。……ひと袋、送ろうと思います」


返事には及ばない、と書いた人に、返事を書くつもりはない。


けれど、豆を送ることは、誰にも、断る筋合いのないことだから。


マレンは、振り向いて、それは嬉しそうに笑った。


「ええ、ええ。それが、いいですよ」


窓の外で、夏の終わりの風が、畑の豆の葉を、さやさやと鳴らしていた。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


裁かれる前に、すべてを自分の口で言い、

自分の罪だけを鞄に詰めて、自分の足で出ていく。


二十年、絵を描き続けた人の最後の絵は、

自分だけが泥をかぶる絵でした。


そして、「謝らない」という詫び方と、

「豆を送る」という返事の仕方。


次話「ご恩返しの、かたち」では、

新しい神殿から、あたたかい報せが届きます。


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