第48話 神殿長の、退き方
報せは、夏の終わりの気配とともに、届いた。
今度は、ヨナス様と、セシリア様、二通同時の文だった。
私は、教会の窓辺で、まずヨナス様の文を開いた。
「アロイス・ヴェント神殿長は、本日、評議会の裁定に先立ち、自ら退任を申し出られました」
◇
文は、その日の様子を、記録係らしい正確さで伝えていた。
諮問の最終日。
評議会が裁定を下す、その直前に、アロイス様は発言を求めたという。
「彼は、立ち上がり、こう述べられました。
『裁定の前に、申し上げます。
聖女交代の決は、神託によるものではなく、私の判断によるものです。
当時の神殿は、後ろ盾を失いつつあった。私は、組織を守るために、新しい後ろ盾に繋がる新しい乙女を、必要といたしました。
記録に残る疑義を、私は、承知の上で伏せました。
すべての紙を、机の下へ回したのは、私です。
——私は、組織を守ったつもりで、人を損ないました。
ひとりの聖女から、二十年の務めの後の、静かな去り際を。
ひとりの若い乙女から、確信をもって座に着く、はじめの日々を。
裁定を待たず、退任いたします。
神殿の罪ではなく、私の罪として、持って出るためです』
議場は、静まり返っておりました。
誰も、責める言葉を、続けられませんでした。
すべて、ご自分で仰ってしまわれたので」
◇
私は、文から目を上げて、しばらく、窓の外を見た。
夏の終わりの空は、高くなり始めていた。
あの方が待っていたのは、これだったのだ。
評議会に裁かれて、退くのではなく。
神殿に罪を着せて、逃げるのでもなく。
すべてを自分の口で言って、自分の罪だけを鞄に詰めて、自分の足で、出ていくこと。
それが、あの人の選んだ、最後の「組織の守り方」だった。
「……不器用な方」
気づけば、そう呟いていた。
二十年、絵を描き続けた人の、最後の絵は、自分だけが泥をかぶる絵だった。
◇
文には、続きがあった。
「アロイス様は、退任の後、北の山あいの、小さな聖堂の司祭として赴かれるそうです。
ご自分で、志願なさいました。
司祭がひとりきりの、巡礼路の外れの聖堂です。
発たれる前日、私は、荷造りの手伝いに呼ばれました。
荷物は、驚くほど、少のうございました。
その折に、これを、エルナ様へと、預かりました」
同封されていたのは、小さく折られた、一枚の紙だった。
私は、それを、そっと開いた。
見覚えのある、几帳面な文字。
かつて「丁重すぎる文」で私を辺境に留めようとした、あの筆跡だった。
「エルネスティーネ様
一筆のみにて、失礼をいたします。
あなたの二十年に、私が申し上げてよい言葉は、ひとつもございません。
謝罪は、それを口にした者が軽くなるためのものと、知っております。
ゆえに、お詫びは、記しません。
ただ、ひとつだけ。
辺境の土地が豊かであるという報せを、この一年、私は誰よりも、恐れて読んでおりました。
いまは、誰よりも、安堵して、読んでおります。
お返事には、及びません。
アロイス・ヴェント」
◇
私は、その短い手紙を、長いあいだ、見つめていた。
謝らない、という詫び方があるのだと、初めて知った。
軽くならないことを、選んだ人。
「……マレン」
私は、祭壇の花を替えているマレンに、声をかけた。
「北の山あいの聖堂へ、文を送ることは、できるでしょうか」
「ええ、ゆっくりでよければ。巡礼の便がありますよ」
「では、いつか」
私は、手紙を、大切に抽斗へしまった。
「畑の豆が、よく実った年に。……ひと袋、送ろうと思います」
返事には及ばない、と書いた人に、返事を書くつもりはない。
けれど、豆を送ることは、誰にも、断る筋合いのないことだから。
マレンは、振り向いて、それは嬉しそうに笑った。
「ええ、ええ。それが、いいですよ」
窓の外で、夏の終わりの風が、畑の豆の葉を、さやさやと鳴らしていた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
裁かれる前に、すべてを自分の口で言い、
自分の罪だけを鞄に詰めて、自分の足で出ていく。
二十年、絵を描き続けた人の最後の絵は、
自分だけが泥をかぶる絵でした。
そして、「謝らない」という詫び方と、
「豆を送る」という返事の仕方。
次話「ご恩返しの、かたち」では、
新しい神殿から、あたたかい報せが届きます。
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どうぞ、よろしくお願いいたします。




