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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第47話 評議会の、問い

それからの夏、王都の報せは、便りの形で、少しずつ届いた。


私は、何もしなかった。


畑の豆の世話をして、教会の勤めをして、ニコに字を教えて、リーゼルの新しいパンの味見をした。


告発もせず、証言も求められず、ただ、辺境の夏を生きた。


それでも——真実は、勝手に、歩いていった。



ヨナス様の二通目の文は、夏の盛りに届いた。


「諮問は、粛々と進んでおります。


評議会が神殿に求めたのは、ただひとつ。

聖女交代を決めた当時の、記録の開示です。


会議の記録。

神託の記録。

そして、セシリア様の加護について、当時の神官たちが残した所見。


私は記録係として、それらを、あるがままに提出いたしました。


脚色も、擁護も、告発も、いたしません。

記録を、記録のとおりに。


それが、いちばん、重いのです」


文を読みながら、私は、あの生真面目な顔を思い出していた。


去年の冬、王都の使者の前で「王命の私物化です」と言い切った人。


その人がいま、声を張り上げる代わりに、ただ、紙の束を、正しく積んでいる。


「記録は、何と言っているのですか」


私の呟きに答えるように、文は続いていた。


「記録は、静かに、語っております。


交代の決は、神託の確認より、先に、下されていたこと。

セシリア様の加護の所見には、当時から、疑義が付されていたこと。

その疑義が、会議の席で、一度も、読み上げられなかったこと。


誰かが噓をついた、というのではないのです。

ただ、都合の悪い紙が、順番に、机の下へ回されていた。


それが、積み重なって、ひとつの決になった。


——組織とは、そういうふうに、間違えるのだと。

私は、記録係として、学んでおります」



夕方、教会に来たマレンに、私は文を見せた。


マレンは、ゆっくりと読み終えて、深く、息をついた。


「……都合の悪い紙が、机の下へ、ね」


「ええ」


「大きな声も、悪い顔も、どこにもない。それでも、人ひとりが、役割から降ろされた」


マレンは、窓の外の夕焼けを見た。


「エルナ。あなた、これを読んで、どう思いました」


「……不思議なほど、腹が立ちませんでした」


私は、正直に答えた。


「一年前の私なら、少しは、痛かったと思います。けれど、いまは……あの机の下の紙のおかげで、私はこの町に来られたのだと。そう思ってしまって」


「ふふ」


マレンは、笑った。


「それは、幸せな人の理屈ですよ」


「はい」


私も、笑った。


「幸せなのです」



けれど、文の最後の一節だけは、何度読んでも、胸に残った。


「アロイス様は、諮問の席で、一度も、弁明をなさいません。


問われたことには、事実のみを、短く答え。

記録との食い違いを示されても、抗弁なさらず。


ただ一度だけ、席上で、こう仰いました。


『記録の、とおりです』


私には、あの方が、何かを待っておられるように、見えます」


私は、文をたたんで、窓辺に置いた。


アロイス・ヴェント。


丁重すぎる文で私を辺境に留めようとした人。

幾通りもの絵を描いた人。


その人が、弁明の絵だけは、描かずにいる。


大聖儀の朝、群衆の後ろを掠めた、あの視線を思い出す。


何かをあきらめたような。

あるいは——何かを、決めたような。


「……何を、待っておられるのですか」


夕暮れの窓の外で、夏の雲が、ゆっくりと形を変えていった。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


告発も、断罪も、大きな声もなく。


記録を、記録のとおりに積む人がひとりいるだけで、

組織の間違え方が、静かに、明るみに出ていきます。


都合の悪い紙が、順番に、机の下へ——。


そして、渦中の人は、一度も弁明をしません。


「記録の、とおりです」


次話「神殿長の、退き方」で、

あの人が待っていたものが、明らかになります。


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