第47話 評議会の、問い
それからの夏、王都の報せは、便りの形で、少しずつ届いた。
私は、何もしなかった。
畑の豆の世話をして、教会の勤めをして、ニコに字を教えて、リーゼルの新しいパンの味見をした。
告発もせず、証言も求められず、ただ、辺境の夏を生きた。
それでも——真実は、勝手に、歩いていった。
◇
ヨナス様の二通目の文は、夏の盛りに届いた。
「諮問は、粛々と進んでおります。
評議会が神殿に求めたのは、ただひとつ。
聖女交代を決めた当時の、記録の開示です。
会議の記録。
神託の記録。
そして、セシリア様の加護について、当時の神官たちが残した所見。
私は記録係として、それらを、あるがままに提出いたしました。
脚色も、擁護も、告発も、いたしません。
記録を、記録のとおりに。
それが、いちばん、重いのです」
文を読みながら、私は、あの生真面目な顔を思い出していた。
去年の冬、王都の使者の前で「王命の私物化です」と言い切った人。
その人がいま、声を張り上げる代わりに、ただ、紙の束を、正しく積んでいる。
「記録は、何と言っているのですか」
私の呟きに答えるように、文は続いていた。
「記録は、静かに、語っております。
交代の決は、神託の確認より、先に、下されていたこと。
セシリア様の加護の所見には、当時から、疑義が付されていたこと。
その疑義が、会議の席で、一度も、読み上げられなかったこと。
誰かが噓をついた、というのではないのです。
ただ、都合の悪い紙が、順番に、机の下へ回されていた。
それが、積み重なって、ひとつの決になった。
——組織とは、そういうふうに、間違えるのだと。
私は、記録係として、学んでおります」
◇
夕方、教会に来たマレンに、私は文を見せた。
マレンは、ゆっくりと読み終えて、深く、息をついた。
「……都合の悪い紙が、机の下へ、ね」
「ええ」
「大きな声も、悪い顔も、どこにもない。それでも、人ひとりが、役割から降ろされた」
マレンは、窓の外の夕焼けを見た。
「エルナ。あなた、これを読んで、どう思いました」
「……不思議なほど、腹が立ちませんでした」
私は、正直に答えた。
「一年前の私なら、少しは、痛かったと思います。けれど、いまは……あの机の下の紙のおかげで、私はこの町に来られたのだと。そう思ってしまって」
「ふふ」
マレンは、笑った。
「それは、幸せな人の理屈ですよ」
「はい」
私も、笑った。
「幸せなのです」
◇
けれど、文の最後の一節だけは、何度読んでも、胸に残った。
「アロイス様は、諮問の席で、一度も、弁明をなさいません。
問われたことには、事実のみを、短く答え。
記録との食い違いを示されても、抗弁なさらず。
ただ一度だけ、席上で、こう仰いました。
『記録の、とおりです』
私には、あの方が、何かを待っておられるように、見えます」
私は、文をたたんで、窓辺に置いた。
アロイス・ヴェント。
丁重すぎる文で私を辺境に留めようとした人。
幾通りもの絵を描いた人。
その人が、弁明の絵だけは、描かずにいる。
大聖儀の朝、群衆の後ろを掠めた、あの視線を思い出す。
何かをあきらめたような。
あるいは——何かを、決めたような。
「……何を、待っておられるのですか」
夕暮れの窓の外で、夏の雲が、ゆっくりと形を変えていった。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
告発も、断罪も、大きな声もなく。
記録を、記録のとおりに積む人がひとりいるだけで、
組織の間違え方が、静かに、明るみに出ていきます。
都合の悪い紙が、順番に、机の下へ——。
そして、渦中の人は、一度も弁明をしません。
「記録の、とおりです」
次話「神殿長の、退き方」で、
あの人が待っていたものが、明らかになります。
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