↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/60

第46話 ただいまの、代わりに

馬車が最後の丘を越えると、リントの町が見えた。


初夏の緑に包まれた、小さな町。


川が光り、畑が広がり、教会の古い屋根が、木々のあいだから顔を出している。


「……帰ってきましたね」


「ああ」


隣で、ユリウスが頷いた。


そのときだった。


丘の下から、鐘の音が聞こえた。


教会の鐘だった。


刻限でもないのに、二つ、三つ、明るく鳴っている。


「見張りの子どもだな」


ユリウスが、口の端を上げた。


「馬車が丘を越えたら、鳴らす約束だったんだろう」



町の入り口には、人だかりができていた。


「エルナねえちゃん!」


真っ先に飛び出してきたのは、ニコだった。


勢いのまま、私の腰に、どん、とぶつかってくる。


「おかえり! おかえりなさい!」


「ニコ……ふふ、ただいま」


「約束どおり、帰ってきた!」


「ええ。約束どおり」


その後ろから、リーゼルが、女将が、パン屋の主人が、町の人たちが、次々に集まってきた。


「おかえりなさい、エルナさん!」


「王都はどうだった? 疲れたろう」


「今夜は広場で宴だよ! もう支度してあるんだ!」


口々の「おかえり」に囲まれて、私は、うまく言葉が出てこなかった。


一年前、私はこの町に、よそ者として着いた。


今日は、帰ってきた。


出迎えの真ん中で、マレンが、静かに微笑んでいた。


「おかえりなさい、エルナ」


「……はい」


私は、深く、頷いた。


「ただいま、帰りました」


言葉にした途端、目の奥が、じん、と熱くなった。


ただいま。


なんて、あたたかい言葉だろう。



その夜の広場は、賑やかだった。


宴といっても、豪勢なものではない。


持ち寄りのスープと、リーゼルの焼いたパンと、初夏の果物。


それで、十分すぎた。


「で、王都の麦はどうでした!?」


「粒が細くて、けれど粉の挽きが細かくて……」


「ふんふん、それで?」


リーゼルは、麦の話を、宝物の話のように聞いた。


ニコは木彫りの燕を握りしめて離さず、マレンは王都の茶葉の包みを、大事そうに撫でた。


「大聖儀の話を、聞かせておくれよ」


女将に促されて、私は話した。


ひとりで祈りの座に着いた、若い乙女の話。


涸れかけた噴水が、水を噴き上げた朝の話。


町の人たちは、自分のことのように、誇らしげに頷いた。


「そりゃあ、あの子だ。冬にうちの町へ来た、あの子だろう」


「立派になったもんだねえ」


セシリア様は、この町でも、ちゃんと「あの子」だった。


役割ではなく、雪の日に泣きながら訪ねてきた、ひとりの女の子として、覚えられていた。


それが、たまらなく、嬉しかった。



宴が終わる頃、私は少しだけ、広場を抜けた。


月明かりの下、屋敷の庭に寄って、あの木を見上げる。


芽吹きの季節を過ぎた木は、緑の葉を、豊かに茂らせていた。


根元では、白百合の芽が、ひと回り、背を伸ばしていた。


「ただいま」


私は、木と、芽に、そっと言った。


「……行ってきました。ずいぶん、遠くまで」


王都のことを、母のことを、二十年の答えのことを。


いつか、この根元で、ゆっくり話そう。



数日後。


日常が戻り始めた教会に、王都からの早馬が、一通の文を届けた。


差出人は、ヨナス様。


急ぎの文字で、短く、こう記されていた。


「王都評議会、神殿に対し、聖女交代の経緯について、正式の諮問を開始。


私は、記録係として、これに臨みます。


——真実を、真実のとおりに」

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


刻限でもない鐘と、町総出の出迎え。


よそ者として着いた町に、

エルナは今日、「ただいま」を言って帰ってきました。


そして王都では、静かに、大きなものが動き始めます。


評議会の、正式の諮問。


次話「評議会の、問い」では、

遠い王都の是正が、便りとなって届きます。


ブックマーク・評価、

どうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。