↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/60

第42話 使い潰された、加護

「私の母は——あなたのおばあさまは、加護の人でした」


母は、静かに語り始めた。


「私の生まれた家は、古い家系です。侯爵家のような、位の高い家ではありません。けれど、血だけが、古い。……加護を宿しやすい血が、細く、長く、続いてきた家でした」


「それが、お母様の、お家」


「ええ」


母は頷いた。


「あなたの加護は、侯爵家の血ではありません。私の血です。……私の母から、私を素通りして、あなたに届いた血です」


素通りして。


その言い方に、かすかな棘があった。


自分に向けられた棘だと、すぐに分かった。



「母は、それは見事な加護の人でした」


母の目が、遠くなった。


「母が祈ると、涸れた井戸が満ちた。弱った作物が持ち直した。病の床の人が、眠れるようになった。……あなたの、あの辺境の町の話と、同じです。風の便りに聞くたび、私は、母を思い出しました」


「おばあさまも、聖女で?」


「いいえ」


母は、首を振った。


「聖女には、なりませんでした。ただの、田舎の家の娘です。けれど——評判は、歩くのです。あの家の娘の祈りは、効く、と」


はじめは、近隣の村だった。


日照りが続けば、呼ばれた。

疫病が出れば、呼ばれた。


祖母は、断らなかった。


困っている人を前に、断れる人ではなかった。


「そのうち、呼ぶ相手が、変わっていきました。村の長から、町の役人へ。町の役人から、貴族へ。貴族から——神殿と、王都へ」


「……」


「豊穣の祈りに、雨乞いに、疫病封じに。母は、貸し出されるようになりました。ええ、貸し出される、です。それ以外に、言いようがありません」


家には、礼金と、名誉が積まれた。


祖母には、疲れだけが、積まれた。


「祈りは、ただでは、ありません」


母の声が、低くなった。


「あなたなら、知っているでしょう。祈りは、身を削ります。ひとつの井戸を満たすたび、ひとつの病を鎮めるたび、母は、少しずつ、すり減っていきました」


「……はい」


私は、静かに頷いた。


知っている。


聖女だった頃の私は、毎日、祈りの座に着いた。


朝の祈り。

昼の祈り。

夕の祈り。


務めを終えた夜、指の先まで空っぽになって、寝台に沈む。


あれを、断ることを知らないまま、何年も、何十年も続けたら。


「母は、私が十二の年に、亡くなりました」


母は、言った。


「冬の祈祷の帰りに倒れて、そのまま。……まだ、四十にも、なっていませんでした」



庭は、静かだった。


冷めた茶が、卓の上で、光を映していた。


「誰も、母を殺してはいません」


母は、続けた。


「誰も、鞭で打ちはしなかった。むしろ、皆、母を敬いました。ありがたい、ありがたいと、手を合わせて。……そうやって、敬いながら、誰もが少しずつ、母を使ったのです」


「悪意では、なかった」


「ええ。悪意なら、憎めました」


母は、初めて、かすかに笑った。


ひどく、乾いた笑いだった。


「善意と、都合と、敬いが、寄ってたかって、ひとりの人を使い潰した。……最後の年の母は、祈るたびに、指が震えていました。それでも、断らなかった。『困っている人がいるから』と」


私は、目を伏せた。


胸の奥が、冷たく、痛かった。


会ったこともない祖母の姿が、なぜだか、はっきりと見えた。


祈りの座で、震える指を組む人。


その顔が、いつかの私と、重なって見えた。


「母が死んだあと」


母は、続けた。


「私は、決めたことが、ひとつだけあります」


「……はい」


「私には、加護が出ませんでした。血は、私を素通りした。……安堵しました。心から、安堵したのです。ですが、同時に、分かっていました。素通りした血は、消えたのではない。いつか、必ず——」


母は、そこで言葉を切って、私を見た。


「次に、届く」



「あなたが三つの年でした」


母の声が、震え始めた。


「庭の、枯れかけた花壇の前で、あなたが、小さな手を合わせていました。誰に教わったのでもなく。……次の朝、花壇は、満開でした」


私は、覚えていない。


けれど、その景色は、見えた。


「私は、あなたを抱きしめて——」


母は、両手で、自分の指を、固く握った。


「生まれて初めて、神様を、恨みました」


「……お母様」


「よりにもよって、この子に、と」


母は、まっすぐに私を見た。


涙の膜の張った目で、けれど、逸らさずに。


「だから私は、決めたのです」

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


祖母は、誰にも殺されませんでした。


善意と、都合と、敬いが、寄ってたかって、

ひとりの人を、静かに使い潰しただけです。


血は、母を素通りして、三つの娘に届きました。


満開の花壇の前で、母は生まれて初めて、神様を恨んだ——。


次話「守るための、手放し方」で、

「持て余した」の本当の意味が、明かされます。


ブックマーク・評価、

どうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。