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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第28話 それでも、戻らない

教会の中の空気は、すっかり変わっていた。


王都の使者は、うろたえながら、巻物を握りしめていた。


「召喚の大義は崩れました」


ヨナスが静かに告げた。


「セシリア様の加護は健在。

大聖儀にエルネスティーネ様の協力は不要。

これをなお押し通すのは、王命の私物化です。

そう評議会に報告いたします」


ヨナスは神官だった。

その証言には重みがあった。


使者はレオンハルトを見た。

助けを求めるように。


けれど、レオンハルトはもう笑っていなかった。



「……みごとなものだ」


レオンハルトがぽつりと言った。


「力でもなく、声高な訴えでもなく、ただ真実を並べて、私の足場を崩した。

エルネスティーネ殿。

いや、エルナ殿。

あなたは恐ろしいお方だ」


「いいえ」


私は首を振った。


「私は何も崩していません。

ただ、本当のことを申し上げただけです」


「それが恐ろしいのだ」


レオンハルトは苦々しく笑った。


「企みは嘘でできている。

だから、真実の前ではもろい」


彼は外套を翻した。


「今日は引き上げましょう。

この召喚は撤回せざるを得ますまい」


そして、去り際に、彼は足を止め、私を振り返った。


その目に、まだ諦めの色はなかった。


「ですが、エルナ殿。

ひとつお忘れなきよう。

あなたの血の秘密は、まだ半分しか明らかになっていない。

なぜあなたの家系が『持て余された』のか。

その本当の理由を、あなたはまだ知らない。

それを知る日が来れば、あなたはきっとご自分の意思だけではいられなくなる」


その言葉は不吉な余韻を残した。


「……またお会いしましょう」


レオンハルトはそう言い残して、雪道の向こうへ消えていった。



使者も巻物を抱えて、そそくさと去った。


教会には、私を支えてくれた人たちだけが残った。


ユリウス。

マレン。

セシリア。

ヨナス。

そして、外には町の人たち。


「……終わった、のか」


ユリウスが呟いた。


「ひとまずは」


私は頷いた。


レオンハルトの残した言葉が、胸に引っかかっていた。


血の秘密の、もう半分。

家系が「持て余された」、本当の理由。


それが何なのか、私にはまだ分からない。


きっと、これは終わりではない。

レオンハルトも、アロイスも、諦めてはいない。


けれど、今はそれでもいい。


「皆さん」


私は集まってくれた人々を見回した。


「ありがとうございます。

私は戻りません。

何度呼ばれても、ここにいたいのです。

皆さんと、この町と、ともに」


セシリアが涙ぐんで笑った。


「エルナ様。

私、あなたに会えて、本当によかった。

私は王都で頑張ります。

肩の力を抜いて、あなたが教えてくれたように」


「ええ」


私は微笑んだ。


「あなたなら大丈夫です」


セシリアとヨナスは、今度こそ王都へと帰っていった。


その背中は、来たときよりずっと頼もしく見えた。



夕暮れの教会で、ユリウスが私の隣に立った。


「お前は本当に戻らないのだな」


「ええ」


私は頷いた。


「私の居場所は、もうここ、ですから」


ユリウスはしばらく黙っていた。


そして、ぽつりと言った。


「……よかった」


その一言にどれだけの想いが込められているか、私には分かった。


窓の外では雪がやみ、西の空が淡い橙色に染まっていた。


長い冬の向こうに、少しずつ春の気配が近づいている。


そんな夕暮れだった。


――ただ、ひとつだけ。


胸の隅に、まだ、あの言葉が残っていた。


『あなたの血の秘密は、まだ半分しか明らかになっていない』


半分。


その残りが何なのかを、私はまだ知らない。


知らないまま、私はこの町で、春を迎えようとしていた。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


次話は「白百合を、手放す」です。

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