第26話 揺れない心
翌朝。
私はユリウスとマレンを教会に呼んだ。
「決めました」
私の声は落ち着いていた。
「私は王都の使者に会います。
逃げず。
けれど、王都へは行きません」
ユリウスが眉を寄せた。
「どういうことだ」
「召喚の名目は『聖務への協力』、です」
私はゆっくりと説明した。
「セシリア様の加護が不安定だから、私に協力させる、と。
ですが、その前提はもう崩れています」
「崩れて……?」
「ええ」
私は頷いた。
「セシリア様はもう加護を取り戻しました。
肩の力を抜いて、ちゃんと火を灯せるようになった。
それはこの教会で皆が見ています」
マレンが静かに頷いた。
「ええ。
この目で見ましたよ。
あの子の灯した火を」
「セシリア様ご自身が『私はもう大丈夫です』と証言してくだされば、『聖務への協力』という名目は成り立たなくなります」
私は続けた。
「名目が崩れれば、残るのはレオンハルト様の私欲だけ。
それを白日のもとにさらせば、王都も無理を押し通せなくなります」
◇
ユリウスはしばらく考えていた。
「……理屈は分かる。
だが、セシリア殿が証言してくれるか。
神殿がそれを許すか」
「セシリア様は証言してくださいます」
私は迷いなく言った。
「あの方はもう恐れに縛られていません。
そして、ヨナス様も味方になってくださっています」
私はすでに、セシリアとヨナスへ手紙を送っていた。
事情を記し、証言をお願いする、手紙を。
「あとは待つだけです。
ふたりが来てくださるのを」
ユリウスは私をじっと見ていた。
「お前は変わったな」
「え?」
「前のお前なら、人に頼らず、ひとりで身を引いていた」
ユリウスの口元がわずかにゆるんだ。
「だが、今のお前は人を頼り、人とともに立とうとしている」
私はその言葉に少しだけ笑った。
「あなたが教えてくださったのです。
ひとりで背負わなくていいのだと」
それはかつて、私がセシリアに言った言葉でもあった。
巡り巡って、その言葉は私自身を支えていた。
◇
その日の午後。
私はひとり、雪の積もった庭に立っていた。
あの枯れかけた木のそばに、小さな芽が雪の下で春を待っている。
私は懐から白百合の押し花を取り出した。
私の出自。
加護を宿しやすい血。
家に持て余され、神殿に出され、今また利用されようとしている。
その血が私を縛ろうとする。
けれど、私はもう知っていた。
血が何であろうと、加護があろうとなかろうと、私は私だ。
ユリウスがそう言ってくれた。
ヨナスが、セシリアが、町の人たちが、「エルナ」を見てくれた。
私の価値は血に宿っているのではない。
私の在りように宿っている。
そう思えた。
「……大丈夫」
私はそっと呟いた。
「私はもう揺れない」
冷たい風が頬を撫でた。
私の心は、不思議なほど凪いでいた。
——それでも、ひとつだけ。
なぜ私だったのか。その理由だけは、まだ、誰も教えてくれない。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
次話は「加護の正体」です。




