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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第25話 召喚状

召喚状を携えた使者は、王都の格式をまとっていた。


恭しく、けれど有無を言わせぬ口調で、彼はその巻物を読み上げた。


「元聖女、エルネスティーネ殿。神殿ならびに王都評議会の連名をもって、王都への出頭を命ずる。近く執り行われる大聖儀に、その加護をもって協力すべし」


私は静かに、それを聞いていた。



巻物の文言は巧妙だった。


表向きは「聖務への協力」。セシリアの加護が不安定であるから、元聖女の私に大聖儀を手伝わせる。そういう大義名分。


けれど、その裏にあるものを、私はもう知っていた。


これは、レオンハルトとアロイスの仕掛けた罠だった。


一度王都へ来れば、私は二度とここへ帰れない。血を、加護を、道具として絡め取られる。


「お断りした場合は」


ユリウスが低く問うた。


使者は冷ややかに答えた。


「正式な召喚を拒むことは、王命への不服従とみなされます。それは、匿う辺境伯さまにも累が及ぶやも」


その言葉に、教会の空気が張りつめた。


私を守れば、ユリウスにも累が及ぶ。それが王都のやり方だった。


力ではなく、「正しさ」の形を借りた圧力。



使者が宿へ引き上げたあと、教会には重い沈黙が落ちた。


「……俺のことは気にするな」


ユリウスが口を開いた。


「累が及ぼうと、俺はお前を渡さない」


「いけません」


私はすぐに首を振った。


「あなたに迷惑をかけるくらいなら」


「エルナ」


ユリウスの声が鋭くなった。


「お前はまた、身を引こうとしているのか」


私ははっとした。


「それは、お前の悪い癖だ」


ユリウスはまっすぐに私を見た。


「お前はいつも、自分が引けば丸く収まると思っている。婚約も、聖女の座も、そうやって手放してきた。だが、今度は違う。今度お前が引いたら、お前は道具にされる。それは身を引くのではない。ただ、呑み込まれるだけだ」


その言葉が胸に突き刺さった。


私はずっと、身を引くことで生きてきた。


争わず、奪わず、ただ距離を取る。それが私の生き方だった。


けれど、ユリウスの言うとおり、今度ばかりは引いてはいけなかった。


引けば、私は「エルナ」でさえ、いられなくなる。



その夜、私はひとり、教会の祭壇の前に座っていた。


考えていた。どうすればいいのか。


戦うことはできない。私には王命に抗う力などない。


身を引くこともできない。引けば、すべてを失う。


ならば、私にできることは何か。


ふと、マレンの言葉がよみがえった。


――真の加護は、冠にあらず。印にあらず。人の在りように宿る。


そして、ヨナスの言葉も。


――あなたは、聖女であった頃より、今のほうがずっと聖女らしい。


私は目を閉じた。


戦わず、引かず、ただ「私」として在る。その在りようのままで答えを出す道が、あるのではないか。


闇の中で、祭壇の蝋燭がひとつ、静かに燃えていた。


その灯を見つめながら、私の中で、ひとつの決意が形になっていった。


けれど、それを口にするには、まだ早い。


ユリウスにも、マレンにも、言えなかった。


言えばきっと、止められる。


蝋燭の火が、ふっと、小さく揺れた。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


次話は「揺れない心」です。

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