第25話 召喚状
召喚状を携えた使者は、王都の格式をまとっていた。
恭しく、けれど有無を言わせぬ口調で、彼はその巻物を読み上げた。
「元聖女、エルネスティーネ殿。神殿ならびに王都評議会の連名をもって、王都への出頭を命ずる。近く執り行われる大聖儀に、その加護をもって協力すべし」
私は静かに、それを聞いていた。
◇
巻物の文言は巧妙だった。
表向きは「聖務への協力」。セシリアの加護が不安定であるから、元聖女の私に大聖儀を手伝わせる。そういう大義名分。
けれど、その裏にあるものを、私はもう知っていた。
これは、レオンハルトとアロイスの仕掛けた罠だった。
一度王都へ来れば、私は二度とここへ帰れない。血を、加護を、道具として絡め取られる。
「お断りした場合は」
ユリウスが低く問うた。
使者は冷ややかに答えた。
「正式な召喚を拒むことは、王命への不服従とみなされます。それは、匿う辺境伯さまにも累が及ぶやも」
その言葉に、教会の空気が張りつめた。
私を守れば、ユリウスにも累が及ぶ。それが王都のやり方だった。
力ではなく、「正しさ」の形を借りた圧力。
◇
使者が宿へ引き上げたあと、教会には重い沈黙が落ちた。
「……俺のことは気にするな」
ユリウスが口を開いた。
「累が及ぼうと、俺はお前を渡さない」
「いけません」
私はすぐに首を振った。
「あなたに迷惑をかけるくらいなら」
「エルナ」
ユリウスの声が鋭くなった。
「お前はまた、身を引こうとしているのか」
私ははっとした。
「それは、お前の悪い癖だ」
ユリウスはまっすぐに私を見た。
「お前はいつも、自分が引けば丸く収まると思っている。婚約も、聖女の座も、そうやって手放してきた。だが、今度は違う。今度お前が引いたら、お前は道具にされる。それは身を引くのではない。ただ、呑み込まれるだけだ」
その言葉が胸に突き刺さった。
私はずっと、身を引くことで生きてきた。
争わず、奪わず、ただ距離を取る。それが私の生き方だった。
けれど、ユリウスの言うとおり、今度ばかりは引いてはいけなかった。
引けば、私は「エルナ」でさえ、いられなくなる。
◇
その夜、私はひとり、教会の祭壇の前に座っていた。
考えていた。どうすればいいのか。
戦うことはできない。私には王命に抗う力などない。
身を引くこともできない。引けば、すべてを失う。
ならば、私にできることは何か。
ふと、マレンの言葉がよみがえった。
――真の加護は、冠にあらず。印にあらず。人の在りように宿る。
そして、ヨナスの言葉も。
――あなたは、聖女であった頃より、今のほうがずっと聖女らしい。
私は目を閉じた。
戦わず、引かず、ただ「私」として在る。その在りようのままで答えを出す道が、あるのではないか。
闇の中で、祭壇の蝋燭がひとつ、静かに燃えていた。
その灯を見つめながら、私の中で、ひとつの決意が形になっていった。
けれど、それを口にするには、まだ早い。
ユリウスにも、マレンにも、言えなかった。
言えばきっと、止められる。
蝋燭の火が、ふっと、小さく揺れた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
次話は「揺れない心」です。




