第20話 冬の客
雪の深い朝だった。
教会の扉が、控えめに叩かれた。
開けると、そこに、ひとりの少女が立っていた。
旅の外套に雪をかぶり、頬を赤くして、不安げに私を見上げていた。
細い体。大きな瞳。
その顔に、私は見覚えがあった。
「……セシリア様?」
少女は、こくり、と頷いた。
そして、今にも泣き出しそうな声で言った。
「会いに来てしまいました。
ご迷惑、だったでしょうか」
◇
私は、すぐに彼女を中へ招いた。
冷えた体を、暖炉のそばで温め、温かい茶を出す。
セシリアは、カップを両手で包んで、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「神殿を、抜けて来ました。
誰にも、言わずに。
どうしても、あなたに会いたくて」
「危ないことを。おひとりで」
「ヨナス様が、途中まで付いてきてくださいました。
今は、町の宿に」
セシリアは、うつむいた。
「あなたのお手紙が、眠り薬が、どれだけ救いになったか、分からなくて。
お礼が、言いたくて」
その声が、震えていた。
「でも、本当は、それだけじゃ、ないんです」
彼女は、顔を上げた。
その瞳に、涙がたまっていた。
「私、怖いんです。聖女でいることが。
毎日、皆が、私に期待する。
完璧な加護を。完璧な聖女を。
でも、私には、できない。
加護は、揺らぐ。火は、消える。
そのたびに、皆の失望した顔が、突き刺さる」
涙が、一粒、カップに落ちた。
「あなたは、どうして、あんなに静かに、聖女をやめられたんですか。
私には、その重さに、耐えられない。
なのに、やめる勇気も、ない」
◇
私は、セシリアの震える肩を、そっと見ていた。
かつての私が、そこにいた。
役割の重さに押しつぶされそうになりながら、それでも、降りることもできずに、ひとりで立っていた。
あの頃の私。
「セシリア様」
私は、静かに口を開いた。
「私が、聖女をやめられたのは、勇気があったから、では、ありません」
セシリアが、顔を上げた。
「ただ、私には、しがみつくものが、何もなかった。
立場も、役割も、最初から、私のものでは、なかったのです。
だから、手放すのも、簡単だった」
私は、少しだけ笑った。
「でも、あなたは、違う。
あなたは、ちゃんと、苦しんでいる。
それは、あなたが、その役割を、真剣に引き受けようと、しているから、です」
「でも、私には、加護が足りない……」
「いいえ」
私は、首を振った。
「加護が足りないのでは、ありません。
ひとりで、すべてを背負おうと、しているから、苦しいのです」
私は、セシリアの冷えた手に、そっと自分の手を重ねた。
「火は、ひとりで灯さなくて、いいのです。
傷は、ひとりで癒さなくて、いい。
頼って、休んで、そうやって、ゆっくり、めぐらせれば、いいのです」
セシリアの瞳から、涙が、ほろほろとこぼれた。
それは、悲しみの涙では、なかった。
ずっと張りつめていた何かが、ようやく、ほどけていく。
そういう涙、だった。
「……あなたに、会えて、よかった」
セシリアは、泣きながら笑った。
「あなたが、本物の聖女、だったら、よかったのに」
私は、その言葉に、ただ、静かに微笑んだ。
本物かどうかは、もう、どうでもよかった。
ただ、目の前のひとりの少女が、少しだけ軽くなれたなら、それで十分だった。
暖炉の火が、ぱちり、と小さく爆ぜた。
その温かい光が、ふたりの頬を、やわらかく照らしていた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
怯えていたセシリアが、勇気をふりしぼって会いに来ました。
かつての自分を見るように、エルナは彼女を受け止めます。
敵対ではなく、和解。
この物語の、大切な温かさです。
次話「ふたりの聖女」では、
セシリアとエルナの、
心の交わりが、深まります。
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どうぞ、よろしくお願いいたします。




