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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第20話 冬の客

雪の深い朝だった。


教会の扉が、控えめに叩かれた。


開けると、そこに、ひとりの少女が立っていた。


旅の外套に雪をかぶり、頬を赤くして、不安げに私を見上げていた。


細い体。大きな瞳。


その顔に、私は見覚えがあった。


「……セシリア様?」


少女は、こくり、と頷いた。


そして、今にも泣き出しそうな声で言った。


「会いに来てしまいました。


ご迷惑、だったでしょうか」



私は、すぐに彼女を中へ招いた。


冷えた体を、暖炉のそばで温め、温かい茶を出す。


セシリアは、カップを両手で包んで、ぽつり、ぽつりと話し始めた。


「神殿を、抜けて来ました。


誰にも、言わずに。


どうしても、あなたに会いたくて」


「危ないことを。おひとりで」


「ヨナス様が、途中まで付いてきてくださいました。


今は、町の宿に」


セシリアは、うつむいた。


「あなたのお手紙が、眠り薬が、どれだけ救いになったか、分からなくて。


お礼が、言いたくて」


その声が、震えていた。


「でも、本当は、それだけじゃ、ないんです」


彼女は、顔を上げた。


その瞳に、涙がたまっていた。


「私、怖いんです。聖女でいることが。


毎日、皆が、私に期待する。


完璧な加護を。完璧な聖女を。


でも、私には、できない。


加護は、揺らぐ。火は、消える。


そのたびに、皆の失望した顔が、突き刺さる」


涙が、一粒、カップに落ちた。


「あなたは、どうして、あんなに静かに、聖女をやめられたんですか。


私には、その重さに、耐えられない。


なのに、やめる勇気も、ない」



私は、セシリアの震える肩を、そっと見ていた。


かつての私が、そこにいた。


役割の重さに押しつぶされそうになりながら、それでも、降りることもできずに、ひとりで立っていた。


あの頃の私。


「セシリア様」


私は、静かに口を開いた。


「私が、聖女をやめられたのは、勇気があったから、では、ありません」


セシリアが、顔を上げた。


「ただ、私には、しがみつくものが、何もなかった。


立場も、役割も、最初から、私のものでは、なかったのです。


だから、手放すのも、簡単だった」


私は、少しだけ笑った。


「でも、あなたは、違う。


あなたは、ちゃんと、苦しんでいる。


それは、あなたが、その役割を、真剣に引き受けようと、しているから、です」


「でも、私には、加護が足りない……」


「いいえ」


私は、首を振った。


「加護が足りないのでは、ありません。


ひとりで、すべてを背負おうと、しているから、苦しいのです」


私は、セシリアの冷えた手に、そっと自分の手を重ねた。


「火は、ひとりで灯さなくて、いいのです。


傷は、ひとりで癒さなくて、いい。


頼って、休んで、そうやって、ゆっくり、めぐらせれば、いいのです」


セシリアの瞳から、涙が、ほろほろとこぼれた。


それは、悲しみの涙では、なかった。


ずっと張りつめていた何かが、ようやく、ほどけていく。


そういう涙、だった。


「……あなたに、会えて、よかった」


セシリアは、泣きながら笑った。


「あなたが、本物の聖女、だったら、よかったのに」


私は、その言葉に、ただ、静かに微笑んだ。


本物かどうかは、もう、どうでもよかった。


ただ、目の前のひとりの少女が、少しだけ軽くなれたなら、それで十分だった。


暖炉の火が、ぱちり、と小さく爆ぜた。


その温かい光が、ふたりの頬を、やわらかく照らしていた。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


怯えていたセシリアが、勇気をふりしぼって会いに来ました。

かつての自分を見るように、エルナは彼女を受け止めます。


敵対ではなく、和解。

この物語の、大切な温かさです。


次話「ふたりの聖女」では、

セシリアとエルナの、

心の交わりが、深まります。


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