第21話 ふたりの聖女
セシリアは、数日リントの町に留まった。
宿には神官ヨナスが控えていたけれど、セシリアは昼のほとんどを教会で過ごした。私の手伝いをしながら。
◇
町の人たちは最初、セシリアを遠巻きに見ていた。王都から来た、新しい聖女さま。
けれど、セシリアが子どもの鼻水を拭いてやり、老人の話に辛抱強く耳を傾けるのを見て、だんだんと打ち解けていった。
「いい子じゃないか」
女将がこっそり私にささやいた。
「聖女さまってより、そこらの優しい娘っ子だね」
私は微笑んだ。
そう、セシリアは「聖女」である前に、ひとりの優しい少女だった。
◇
ある午後、薬草をより分けながら、セシリアがふと尋ねた。
「エルナ様。加護って、何なのでしょう」
私は手を止めた。
「私、ずっと加護って特別な力だと思っていました。選ばれた人だけが持つ、きらきらした何か。でも」
セシリアは窓の外を見た。
そこでは、町の子どもたちが雪の中で笑いながら転げ回っていた。
「あなたを見ていると、分からなくなるんです。あなたは聖印も肩書きも、何も持っていない。なのに、この町はあなたを中心に回っている。皆があなたを慕っている。それは加護とは違うものなのでしょうか。それとも――」
私はしばらく考えた。
そして、マレンに教わった、あの古い記録の言葉を思い出した。
「セシリア様」
私は静かに言った。
「マレンが教えてくれたことがあります。この教会に代々伝わる古い記録に、こう書かれているそうです。――真の加護は、冠にあらず。印にあらず。人の在りように宿るものなり、と」
セシリアは息をのんだ。
「人の。在りように……」
「ええ」
私は頷いた。
「加護とは、きっと力の大きさではないのです。その人がどう在るか。奪わず、誇らず、ただ人を案じる。そういう在りように宿る。私は、そう思うようになりました」
セシリアの瞳が揺れた。
「じゃあ、私が加護をうまく使えないのは」
「力が足りないからではありません」
私ははっきりと言った。
「あなたが『完璧であらねば』と自分を追いつめているから。人を案じる前に、失敗を恐れているから。きっと加護も縮こまってしまうのです」
セシリアはうつむいた。
そして、しばらくして、ぽつりと言った。
「……肩の力を抜いて、いいんですね」
「ええ」
私は微笑んだ。
「あなたはもう、十分頑張っています」
◇
その夕方、セシリアは教会の祭壇の前で、そっと祈りを捧げた。
それは儀式の祈りではなかった。ただ、この町の子どもたちの無事を願う、素朴な祈り。
彼女が目を閉じると、祭壇の小さな蝋燭の火が、ふわり、と、ひときわ明るく揺れた。
セシリアは驚いて、目を開けた。
「……今」
「ええ」
私は頷いた。
「見えました」
セシリアの頬に涙が伝った。
けれど、今度の涙は笑顔と一緒だった。
「私にもできた。肩の力を抜いたら、できた」
彼女の加護は欠けていたのではなかった。ただ、恐れに縛られていただけ。
それを解いてやれば、火はちゃんと灯った。
ふたりの聖女が、ひとつの蝋燭の火を見つめていた。
奪い合うことも、比べることもなく。ただ、その小さな灯を、分かち合うように。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
「加護は、人の在りように宿る」。
肩の力を抜いたセシリアの、灯った小さな火。
奪い合わず、分かち合う。
ふたりの聖女の、静かな心の交わりでした。
次話「レオンハルトの思惑」では、
優美な貴族の、本当の狙いが、
少しずつ、見えてきます。
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