第16話 冬支度
辺境の、
秋は、
短かった。
ある朝、
目を覚ますと。
窓の外の、
山の、
頂が。
うっすらと、
白く、
染まって、
いた。
「初雪だね」
マレンが、
窓辺で、
目を、
細めた。
「ここの冬は、
長いですよ。
そして、
厳しい。
さあ、
支度を、
始めましょう」
◇
冬支度は、
町じゅうの、
仕事だった。
薪を、
割り、
積み。
野菜を、
塩や、
土に、
埋めて、
蓄える。
屋根の、
隙間を、
ふさぎ。
家畜を、
小屋へ、
移す。
私も、
教会の、
支度を、
しながら。
町の人の、
手伝いに、
回った。
聖女だった頃の私なら、
こんな、
泥にまみれた仕事を。
したことも、
なかった。
けれど、
今は。
土の匂いも。
薪の、
重みも。
不思議と、
心地よかった。
「エルナさん、
そっち持ってくれ!」
「はい!」
ユリウスと、
二人で。
大きな、
薪の束を、
運ぶ。
彼は、
領主でありながら。
誰よりも、
よく、
働いた。
袖を、
まくり。
汗を、
にじませ。
町の人と、
肩を、
並べて。
その姿に。
町の人たちが、
彼を、
慕う理由が。
分かる気が、
した。
◇
昼には。
皆で、
広場に、
集まって。
温かい、
スープを、
分け合った。
「今年は、
蓄えが、
多いねえ」
女将が、
鍋を、
かき混ぜながら、
言った。
「豊作だったからね。
こんな、
あったかい冬支度は。
何年ぶりか」
そして、
彼女は。
私を、
見て。
にっと、
笑った。
「エルナさんが、
来てくれた、
おかげだよ」
「私は、
何も……」
「いいや」
今度は、
パン屋の主人が、
口を、
挟んだ。
「畑も、
井戸も、
家畜も。
あんたが、
来てから。
ぜんぶ、
調子が、
いいんだ。
冬になっても。
ほら、
井戸は、
涸れないし。
風邪っぴきも、
今年は、
少ない」
私は。
何も、
言えなかった。
ただ、
スープの、
湯気を。
見つめて、
いた。
加護は。
聖印を、
返したはずなのに。
それでも、
私の、
まわりに。
残って、
いるのだろうか。
それとも、
これは。
ただの、
めぐり合わせなのか。
私には。
分からなかった。
ただ、
ひとつ。
確かなのは。
私は、
それを。
誇る気も。
利用する気も。
なかった、
ということだ。
ただ。
この、
温かい広場が。
ずっと、
続けばいい。
そう、
思うだけだった。
◇
夕方。
支度を、
終えて。
私は、
ユリウスと、
並んで。
暮れていく、
町を、
眺めて、
いた。
「……疲れたか」
ユリウスが、
尋ねた。
「いいえ」
私は、
首を、
振った。
「こういう疲れは。
嫌いでは、
ありません」
ユリウスは、
小さく、
笑った。
「お前は、
変わった、
聖女だな」
「もう、
聖女では、
ありません」
「ああ。
そうだったな」
彼は、
遠い、
山の、
雪を、
見た。
「だが。
俺は。
『聖女エルネスティーネ』より。
『エルナ』のほうが。
ずっと、
いい」
その言葉に。
私は。
胸が、
温かく、
なった。
「……ありがとうございます」
そのとき。
町の、
入り口の、
ほうから。
一頭の、
早馬が。
駆けて、
きた。
立派な、
身なりの、
使いの者。
それは。
明らかに。
王都から、
来た者の、
姿だった。
「リント辺境伯さまへ。
王都の、
カイ家より。
ご来訪の、
お報せに、
参りました」
ユリウスの、
眉が。
わずかに。
寄った。
私も。
その名に。
聞き覚えは、
なかったけれど。
王都、
という、
言葉に。
胸が、
ざわついた。
冬支度の、
温かさの、
向こうから。
何かが。
静かに。
近づいて、
いた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
町の冬支度。
肩を並べて働くユリウスと、温かい広場。
けれど、その向こうから、
王都の影が、近づいてきます。
次話「遠縁の名乗り」では、
エルナの過去に関わる人物が、
辺境を、訪れます。
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