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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第15話 神殿の、ふたたびの使者

使者は、朝早く、町に着いた。


今度は、ひとりではなかった。


神官ヨナスと。


それから。


もう、ひとり。


神殿の、高位の神官だった。


豪奢な衣をまとい。


その目に、焦りをにじませた、男。


教会の、質素な扉の前で。


彼らは、立っていた。



「エルネスティーネ様」


高位の神官が、名乗りもせず、そう切り出した。


「単刀直入に、申し上げます。


王都に、お戻りください」


私は。


箒を、そっと壁に立てかけた。


「お断りいたします」


迷いは、なかった。


神官の顔が、ゆがんだ。


「お待ちを。事は、急を要するのです。


セシリア様のお力は、もはや、人々の前で保てぬほどに、弱っておられる。


このままでは、神殿の威信は、地に落ちます。


あなた様の加護が、要るのです」


威信。


その言葉に。


私は。


ああ、と思った。


この人が案じているのは。


セシリア、その人では、ない。


神殿の、立場だ。


「……あなた様は」


私は、静かに尋ねた。


「セシリア様を案じて、来られたのですか。


それとも、神殿の威信を案じて、来られたのですか」


神官は。


言葉に、詰まった。


その、わずかな沈黙が。


すべての答えだった。


「神殿長は」


私は、続けた。


「私に、辺境で静かに暮らすよう、お手紙をくださいました。


なのに、今度は、戻れ、と。


神殿のお考えは。


ずいぶん、お忙しい」


神官の頬が。


赤く、なった。


神殿長アロイスが。


私を遠ざけたい、こと。


けれど、セシリアのほころびが、大きくなりすぎて。


別の派閥が、私を呼び戻そうとしていること。


そういう、神殿の内側のねじれが。


この、ひとつの要請に。


すべて、透けて見えた。



「お引き取りください」


低い声が。


割って入った。


ユリウスだった。


噂を聞きつけて。


駆けつけたのだろう。


その背後には。


町の人たちが。


いつのまにか。


集まっていた。


八百屋の女将。パン屋の主人。そして、子どものニコまで。


皆が。


私をかばうように。


教会の前に。


静かに。


立っていた。


「ここは、私の治める、土地だ」


ユリウスの声は。


辺境伯としての威厳に、満ちていた。


「この者は、すでに、聖印を返した、御身。


今は、リントの町の人間だ。


その意思に反して、連れ去ることは。


たとえ、神殿であろうと。


私が、許さぬ」


高位の神官は。


たじろいだ。


辺境伯を。


正面から、敵に回すのは。


神殿と、いえども。


容易では、なかった。


「……ですが」


「エルナさんは」


女将が、声を張り上げた。


「うちの、町の、大事な人だ!


あんたらの都合で、連れていかれて、たまるか!」


「そうだ!」

「帰れ、帰れ!」


町の人たちの声が。


ひとつに、なって。


教会の前を。


包んだ。


それは。


怒りでは、なかった。


ただ。


大切な人を。


守ろうとする。


まっすぐな、声だった。



私は。


その光景を。


呆然と。


見ていた。


胸が。


熱く、なった。


ずっと。


私は。


ひとりで。


身を引いて。


ひとりで。


生きてきた。


誰にも。


守られず。


誰にも。


すがらず。


それが。


私の。


生き方だと。


思っていた。


それなのに。


今。


これだけの人が。


私のために。


声をあげて、くれている。


「皆さん」


私は。


一歩。


前に。


出た。


「ありがとう。


でも、もう、大丈夫です」


そして。


高位の神官に。


向き直った。


「私は。


聖女には、戻りません。


それは。


何があっても。


変わりません」


私の声は。


静かで。


けれど。


揺るぎなかった。


「ですが」


私は。


続けた。


「セシリア様のことは。


放ってはおけません」


神官が。


顔を上げた。


「あの方は。


ひとりで。


苦しんでおられる。


加護が弱いのでは、ありません。


ひとりで。


すべてを。


背負おうと。


しているのです。


どうか。


あの方を。


支えてあげてください。


休ませてあげてください。


力は。


すり減らすものでは、なく。


ゆっくりと。


めぐらせるものだと。


そう。


お伝えください」


それは。


聖女に戻る、ことでは、なかった。


座を。


奪い返す、ことでも、なかった。


ただ。


苦しむ、ひとりの少女を。


案じる。


それだけの、言葉。


けれど。


その言葉に。


ヨナスが。


そっと。


頭を下げた。


「……必ず。


お伝えします」


彼の目には。


最初に、会ったときの。


事務的な、色は。


もう。


なかった。


ただ。


何か。


大切なものを。


見つけた者の。


静かな、光が。


あった。



使者たちが。


去っていく。


その背を。


町の人たちと。


見送りながら。


ユリウスが。


ぽつりと。


言った。


「……これで、終わりでは、ないだろうな」


「ええ」


私は。


頷いた。


神殿は。


きっと。


また。


何か。


言ってくる。


私の過去を探る、影も。


まだ。


消えては、いない。


波紋は。


これからも。


続くのだろう。


けれど。


私は。


もう。


ひとりでは、ない。


「ユリウス様」


「なんだ」


「私、ここに、いられて。


よかった」


その言葉は。


ずっと。


問いだった。


「ここに、いても、いいのですか」と。


それが。


今。


初めて。


問いでは、なく。


答えに。


なった。


私は。


ここに。


いたい。


ユリウスは。


私を。


見た。


そして。


今度は。


逃げずに。


まっすぐに。


笑った。


「ああ」


短い。


けれど。


何よりも。


温かい。


返事だった。


辺境の。


高い空に。


秋の。


澄んだ風が。


吹いていた。


白百合の。


季節は。


とうに。


過ぎたけれど。


私の、胸の奥には。


今。


確かに。


何か、温かいものが。


静かに。


咲いていた。


第三章「静かな波紋」まで、

お読みいただき、

ありがとうございました。


神殿の、ふたたびの使者。

それでも戻らないエルナと、

彼女を守る、町とユリウス。


「ここにいてもいいか」という問いが、

少しずつ、

「ここにいたい」という答えに、

近づいていきます。


次話からは、第四章「冬支度」。

辺境に、長い冬が訪れ、

そして、王都から、

思いがけない客が、近づいてきます。


少しでも、あなたの心が、

ほどけて、休まる時間に、

なっていましたら、嬉しいです。


ブックマーク・評価を、

どうぞ、よろしくお願いいたします。


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