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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第13話 ユリウスの、昔のこと

その日、私はユリウスに頼まれて、彼の屋敷の庭に来ていた。


「庭の古い木が、弱っている」と。


「薬草に詳しいお前なら、何か分かるかも、しれない」と。


それも、たぶん、「口実」のひとつ、だったのだろう。


けれど、私は気づかぬふりをして、出かけた。


彼の口実に付き合うのが、いつのまにか、私のささやかな楽しみになっていた。



領主の屋敷は、辺境にしては立派だった。


けれど、どこか、がらんとしていた。


人の気配が、少ない。


「家族は……?」


私が、ふと尋ねると。


ユリウスは、枯れかけた木の幹に触れながら、答えた。


「いない」


短い、答えだった。


「父も、母も、もう、ずっと前に」


私は、言葉を探した。


「……ご無礼を、申しました」


「いや」


ユリウスは、首を振った。


そして、珍しく、自分から語り始めた。


「父が死んだのは、俺が十五のときだ」


枯れた木を見上げる、その横顔は。


遠い、昔を見ているようだった。


「ある日、突然だった。


冬の、寒い朝に。


その日から、俺は領主になった」


「十五で……」


「ああ」


ユリウスは、小さく笑った。


けれど、それは、楽しい笑みではなかった。


「まだ、何も分からない、子どもだった。


それなのに、皆が俺を『領主様』と呼んだ。


俺の言葉を待ち、俺の判断に従った。


俺、自身を見てくれる者は、誰も、いなかった」


その言葉に。


私は、胸を突かれた。


俺、自身を。


それは。


私が、ずっと感じてきた、渇きと。


まったく、同じものだった。


「皆が見ていたのは、『領主』だ。


ユリウス、という、ひとりの人間では、なかった」


ユリウスは、枯れた木の幹を、そっと撫でた。


「だから、俺は言葉を失った。


何を言っても、それは『領主の言葉』になってしまう。


本当の、俺の気持ちなんて。


誰も、聞いてはくれない。


そう、思っていた」


私は。


ようやく、分かった。


ユリウスが、なぜ言葉を持たないのか。


なぜ、好意さえ口実の裏に隠してしまうのか。


彼は、ずっと。


「役割」の言葉しか許されずに、生きてきたのだ。



「でも」


ユリウスは、顔を上げた。


そして、私を見た。


「お前を見たとき。


俺は、驚いた」


「私を……?」


「お前は、役割を自分から降りて、ここに来た。


聖女、という、重いものを。


あんなに、静かに手放して」


ユリウスの、目に。


何か、眩しいものを見るような色が、あった。


「俺には、できなかった。


降りるなんて、考えたことも、なかった。


ずっと、背負ったまま生きるものだと、思っていた。


それなのに、お前は」


彼は、言葉を切って。


それから、ぽつりと言った。


「お前は、自由に見えた。


役割を、降りても。


ちゃんと、お前のままで、いられていた」


私は、首を振った。


「自由だなんて。


私は、ただ、逃げただけ、かも、しれません」


「いや」


ユリウスは、はっきりと言った。


「逃げたのでは、ない。


選んだのだ。


お前は、『お前』でいることを選んだ。


俺には、それができなかった」


枯れた木の枝が。


風に、かさり、と鳴った。


私たちは、しばらく、黙って、その木を見上げていた。


「ユリウス様」


私は、やがて、口を開いた。


「あなたも。


少しずつ、降ろして、いいのですよ。


背負っているもの。


全部、いっぺんに、でなくても。


ひとつ、ずつ」


ユリウスは。


私を、見た。


その目が、わずかに揺れた。


「……お前が、そばに、いてくれるなら」


彼は、そう言いかけて。


「いや」


また、途中でのみこんだ。


けれど、今度は。


その続きが、何なのか。


私には、分かった気がした。


そして、私の、胸の奥でも。


同じ、言葉が。


静かに、芽吹いていた。


枯れたと思っていた、木の根元に。


ひとつだけ。


小さな新芽が出ているのを、私は見つけた。


「……ユリウス様。この木は、まだ、枯れていません」


私が、そう告げると。


ユリウスは、かがんで、その小さな新芽を、じっと見つめた。


そして、ほんの少し。


本当に、ほんの少しだけ。


笑った。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


十五で領主になり、

「自分」を見てもらえなかったユリウス。


役割を降りたエルナの静けさに、

彼が惹かれた理由が、

明かされました。


ふたりは、似た者同士だったのですね。


次話「静かな波紋」では、

王都の動きが、

辺境に、

近づいてきます。


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