第12話 ほころび
セシリアからの二通目の手紙は、最初のものよりも、さらに乱れていた。
行商人が、申し訳なさそうに、それを差し出した。
「……また、王都から預かっちまった。すまんね、こんな、湿っぽいもんを」
「いいえ。ありがとうございます」
私は、それを受け取り、教会の静かな隅で、封を切った。
◇
『エルナ様。
お返事を、ありがとうございました。
あの言葉に、どれだけ救われたか、分かりません。
けれど――
私は、やはり、だめなのかも、しれません。
先日の、大きな儀式で。
私の加護は、人々の前で揺らぎました。
灯すはずの聖なる火が、消えかけて。
癒すはずの傷が、ふさがらなくて。
皆の、失望した顔を、私は忘れられません。
神殿の方々は、「疲れているだけ」と、おっしゃいます。
けれど、私には分かるのです。
私には、本物の加護がないのだと。
本当は、あなたが聖女であるべきだったのだと。
――セシリア』
私は、その手紙を、長いあいだ見つめていた。
セシリアのほころびは。
つまり、私の正しさを証明するものだった。
本物は、私だった。
セシリアでは、なかった。
そう、言いたければ、言えた。
この手紙を、証として、神殿に突きつければ。
私は、聖女の座を取り戻せるかも、しれなかった。
ほころびを知ったとき、人は試される。
それを、好機と見るか。
それとも――
私は、ゆっくりと、ペンを取った。
◇
書いたのは、やはり、短い言葉だった。
『セシリア様。
つらい思いを、されましたね。
人々の前で揺らぐことが、どれほど怖いか。
私にも、分かります。
でも、ひとつだけ、聞いてください。
加護が揺らいだのは、あなたに力がないから、ではないと思います。
ひとりで、すべてを背負おうとしているから、ではないですか。
火を灯すのも。傷を癒すのも。
ひとりで、やろうとしなくて、いいのです。
神殿には、ほかにも人がいます。
頼って、ください。
そして、休んで、ください。
力は、すり減らすためでは、なく。
ゆっくりと、めぐらせる、ためにあります。
――エルナ』
私は、それに加えて。
マレンに教わった、薬草の小さな包みを同封した。
眠りを深くする、やさしい薬草だった。
聖女に戻るための、証としてではなく。
ただ、眠れずに苦しんでいる、ひとりの少女のために。
私の、今、できることを。
それだけを、封筒に込めた。
◇
手紙を託したあと。
私は、井戸のそばで、水を汲んでいた。
そこへ、マレンがやってきた。
「いい顔を、しているね」
「そうですか?」
「ええ」
マレンは、水桶を覗き込んで、笑った。
「人のほころびを知って、あんなに穏やかでいられる人は、そう、いませんよ」
「……取り戻したいとは、思わないのです」
私は、正直に言った。
「あの座は、重すぎました。
セシリア様が、今、その重さに苦しんでいるのを、知っていて。
それを、奪い返すなんて、できません」
「奪い返す、どころか」
マレンは、私の水汲みを手伝いながら、言った。
「あなたは、あの子に、眠り薬を送ったのね」
「……はい」
「ふふ。本当に、あなたという人は」
マレンの、皺だらけの手が、私の手の甲に、そっと重なった。
「いいですか、エルナ。
加護というのは、きっと、そういう人に宿るのです。
奪わず。誇らず。ただ、人を案じる。
そういう、在りように」
その言葉は。
あの、古い記録の一節と。
静かに、重なって聞こえた。
汲み上げた水が、桶の中で、朝の光を受けて、きらきらと揺れていた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
セシリアのほころびは、エルナの正しさの証。
それでも、エルナは奪い返さず、眠り薬を送る。
「奪わず、誇らず、ただ案じる」。
この物語の、いちばん大切なところです。
次話「ユリウスの、昔のこと」では、
寡黙な領主の、
背負ってきたものが、
静かに、語られます。
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どうぞ、よろしくお願いいたします。




