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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第12話 ほころび

セシリアからの二通目の手紙は、最初のものよりも、さらに乱れていた。


行商人が、申し訳なさそうに、それを差し出した。


「……また、王都から預かっちまった。すまんね、こんな、湿っぽいもんを」


「いいえ。ありがとうございます」


私は、それを受け取り、教会の静かな隅で、封を切った。



『エルナ様。


お返事を、ありがとうございました。


あの言葉に、どれだけ救われたか、分かりません。


けれど――

私は、やはり、だめなのかも、しれません。


先日の、大きな儀式で。


私の加護は、人々の前で揺らぎました。


灯すはずの聖なる火が、消えかけて。


癒すはずの傷が、ふさがらなくて。


皆の、失望した顔を、私は忘れられません。


神殿の方々は、「疲れているだけ」と、おっしゃいます。


けれど、私には分かるのです。


私には、本物の加護がないのだと。


本当は、あなたが聖女であるべきだったのだと。


――セシリア』


私は、その手紙を、長いあいだ見つめていた。


セシリアのほころびは。


つまり、私の正しさを証明するものだった。


本物は、私だった。


セシリアでは、なかった。


そう、言いたければ、言えた。


この手紙を、証として、神殿に突きつければ。


私は、聖女の座を取り戻せるかも、しれなかった。


ほころびを知ったとき、人は試される。


それを、好機と見るか。


それとも――


私は、ゆっくりと、ペンを取った。



書いたのは、やはり、短い言葉だった。


『セシリア様。


つらい思いを、されましたね。


人々の前で揺らぐことが、どれほど怖いか。


私にも、分かります。


でも、ひとつだけ、聞いてください。


加護が揺らいだのは、あなたに力がないから、ではないと思います。


ひとりで、すべてを背負おうとしているから、ではないですか。


火を灯すのも。傷を癒すのも。


ひとりで、やろうとしなくて、いいのです。


神殿には、ほかにも人がいます。


頼って、ください。


そして、休んで、ください。


力は、すり減らすためでは、なく。


ゆっくりと、めぐらせる、ためにあります。


――エルナ』


私は、それに加えて。


マレンに教わった、薬草の小さな包みを同封した。


眠りを深くする、やさしい薬草だった。


聖女に戻るための、証としてではなく。


ただ、眠れずに苦しんでいる、ひとりの少女のために。


私の、今、できることを。


それだけを、封筒に込めた。



手紙を託したあと。


私は、井戸のそばで、水を汲んでいた。


そこへ、マレンがやってきた。


「いい顔を、しているね」


「そうですか?」


「ええ」


マレンは、水桶を覗き込んで、笑った。


「人のほころびを知って、あんなに穏やかでいられる人は、そう、いませんよ」


「……取り戻したいとは、思わないのです」


私は、正直に言った。


「あの座は、重すぎました。


セシリア様が、今、その重さに苦しんでいるのを、知っていて。


それを、奪い返すなんて、できません」


「奪い返す、どころか」


マレンは、私の水汲みを手伝いながら、言った。


「あなたは、あの子に、眠り薬を送ったのね」


「……はい」


「ふふ。本当に、あなたという人は」


マレンの、皺だらけの手が、私の手の甲に、そっと重なった。


「いいですか、エルナ。


加護というのは、きっと、そういう人に宿るのです。


奪わず。誇らず。ただ、人を案じる。


そういう、在りように」


その言葉は。


あの、古い記録の一節と。


静かに、重なって聞こえた。


汲み上げた水が、桶の中で、朝の光を受けて、きらきらと揺れていた。


本話をお読みいただき、ありがとうございました。


セシリアのほころびは、エルナの正しさの証。

それでも、エルナは奪い返さず、眠り薬を送る。


「奪わず、誇らず、ただ案じる」。

この物語の、いちばん大切なところです。


次話「ユリウスの、昔のこと」では、

寡黙な領主の、

背負ってきたものが、

静かに、語られます。


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