第11話 神殿長の、丁重すぎる文
収穫の祭りから、数日が過ぎた。
町はまた、いつもの静けさに戻っていた。
けれど、私の中では、何かが少しだけ変わっていた。
「ここにいてもいい」。
その答えを、町からもらった。
それは、私の足元をほんの少し、確かなものにしてくれていた。
そんなある朝、ふたたび、手紙が届いた。
今度は、行商人ではなく、正式な使いの者が携えてきた。
封蝋の紋は、神殿の最も格式高いもの。
差出人の名を見て、私は少し意外に思った。
神殿長、アロイス・ヴェント。
神殿で最も高い位にある人。
その人が、私のような者に、直々に筆を執るとは。
◇
手紙は長く、そして、丁寧だった。
『拝啓。
辺境の地にて、ご健勝のことと、お慶び申し上げます。
過日は、我が神殿の使者ヨナスが、ご無礼をいたしました。
あの者は若く、思慮が足りませなんだ。
あなた様の、辺境でのお暮らしを乱すような言葉を、口にしたとのこと。
神殿を代表し、お詫び申し上げます』
私は、ゆっくりと、文字を追った。
詫び、と書かれていた。
けれど、その丁寧な言葉の連なりの中に、私は別のものを読み取った。
『あなた様は、すでに、聖印を神殿にお返しになった御身。
今は、辺境にて、静かな日々をお送りのこと。
それが、あなた様にとって、最もお幸せな道でございましょう。
どうか、そのままの、穏やかな暮らしをお続けください。
神殿のことは、我ら神殿の者が、責任をもってあたります。
あなた様が、お心をわずらわせる必要はございません』
そこまで読んで、私は手紙を膝に置いた。
詫びの形を取りながら。
この手紙は、こう言っていた。
――そちらに、いてくれ。こちらに、口を出すな、と。
セシリアの加護が揺らいでいる、という話。
それを案じる、私の言葉。
そういったものを、すべて丁寧に封じ込めるための文だった。
私は、それを責める気にはならなかった。
神殿長には、神殿長の立場がある。
聖女を代えたのは、彼の判断だ。
もし、私のほうに本物の加護があると分かれば。
その判断は、誤りだったことになる。
だから、彼は私を辺境に留めておきたい。
それは、人として分からなくもなかった。
◇
「……難しい顔をしているな」
声に振り向くと、ユリウスが戸口に立っていた。
今日は、薪を抱えていた。
「正式な使いが、町に来たと聞いた」
「ええ」
私は、膝の上の手紙をそっと畳んだ。
「神殿長から、お詫びのお手紙です」
「詫び?」
ユリウスは、薪を壁際に置きながら、眉を寄せた。
「お前は、詫びられるような、何をされた?」
私は、少し笑った。
「いいえ。何も」
「では、なぜ」
ユリウスは鋭かった。
口数は少ないのに。
人の言葉の裏にあるものを見抜く目を持っていた。
「……その手紙は」
彼は、低い声で言った。
「お前を案じている、ふりをしているだけ、ではないのか」
私は驚いて、ユリウスを見た。
彼は、私が言わずにいたことを言い当てていた。
「ユリウス様は、鋭いのですね」
「……人を使う立場に、長く、いると」
ユリウスは、ぽつりと言った。
「言葉の本当の意味が、読めるようになる」
その横顔に、私はふと、何かを感じた。
「言葉の本当の意味」を、読まなければならないほど。
この人も、人の裏を見続けてきたのだろうか。
領主、という、役割の中で。
「ユリウス様」
「なんだ」
「あなたも、何か背負ってこられたのですか」
その問いに、ユリウスは一瞬、動きを止めた。
そして、すぐには答えなかった。
「……いずれ」
長い沈黙のあとで。
彼は、そう言った。
「いずれ、話す。気が、向いたら」
それは、拒絶ではなかった。
むしろ、逆だった。
いつか、あなたには話してもいい。
そういう、約束のような言葉だった。
私は頷いた。
「待っています」
待つことは、得意だった。
ユリウスは、ほんの少し口元をゆるめて、背を向けた。
神殿長の、丁重すぎる手紙は。
私の心をわずらわせる、どころか。
ユリウスとの距離を、またひとつ、縮めるきっかけになっていた。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
詫びの形をした、神殿長の手紙。
そして、その裏を見抜くユリウス。
彼もまた、何かを背負ってきた人。
その過去が、少しずつ、見えてきます。
次話「ほころび」では、
王都のセシリアに、
静かな異変が、訪れます。
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