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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第11話 神殿長の、丁重すぎる文

収穫の祭りから、数日が過ぎた。


町はまた、いつもの静けさに戻っていた。


けれど、私の中では、何かが少しだけ変わっていた。


「ここにいてもいい」。


その答えを、町からもらった。


それは、私の足元をほんの少し、確かなものにしてくれていた。


そんなある朝、ふたたび、手紙が届いた。


今度は、行商人ではなく、正式な使いの者が携えてきた。


封蝋の紋は、神殿の最も格式高いもの。


差出人の名を見て、私は少し意外に思った。


神殿長、アロイス・ヴェント。


神殿で最も高い位にある人。


その人が、私のような者に、直々に筆を執るとは。



手紙は長く、そして、丁寧だった。


『拝啓。


辺境の地にて、ご健勝のことと、お慶び申し上げます。


過日は、我が神殿の使者ヨナスが、ご無礼をいたしました。


あの者は若く、思慮が足りませなんだ。


あなた様の、辺境でのお暮らしを乱すような言葉を、口にしたとのこと。


神殿を代表し、お詫び申し上げます』


私は、ゆっくりと、文字を追った。


詫び、と書かれていた。


けれど、その丁寧な言葉の連なりの中に、私は別のものを読み取った。


『あなた様は、すでに、聖印を神殿にお返しになった御身。


今は、辺境にて、静かな日々をお送りのこと。


それが、あなた様にとって、最もお幸せな道でございましょう。


どうか、そのままの、穏やかな暮らしをお続けください。


神殿のことは、我ら神殿の者が、責任をもってあたります。


あなた様が、お心をわずらわせる必要はございません』


そこまで読んで、私は手紙を膝に置いた。


詫びの形を取りながら。


この手紙は、こう言っていた。


――そちらに、いてくれ。こちらに、口を出すな、と。


セシリアの加護が揺らいでいる、という話。


それを案じる、私の言葉。


そういったものを、すべて丁寧に封じ込めるための文だった。


私は、それを責める気にはならなかった。


神殿長には、神殿長の立場がある。


聖女を代えたのは、彼の判断だ。


もし、私のほうに本物の加護があると分かれば。


その判断は、誤りだったことになる。


だから、彼は私を辺境に留めておきたい。


それは、人として分からなくもなかった。



「……難しい顔をしているな」


声に振り向くと、ユリウスが戸口に立っていた。


今日は、薪を抱えていた。


「正式な使いが、町に来たと聞いた」


「ええ」


私は、膝の上の手紙をそっと畳んだ。


「神殿長から、お詫びのお手紙です」


「詫び?」


ユリウスは、薪を壁際に置きながら、眉を寄せた。


「お前は、詫びられるような、何をされた?」


私は、少し笑った。


「いいえ。何も」


「では、なぜ」


ユリウスは鋭かった。


口数は少ないのに。


人の言葉の裏にあるものを見抜く目を持っていた。


「……その手紙は」


彼は、低い声で言った。


「お前を案じている、ふりをしているだけ、ではないのか」


私は驚いて、ユリウスを見た。


彼は、私が言わずにいたことを言い当てていた。


「ユリウス様は、鋭いのですね」


「……人を使う立場に、長く、いると」


ユリウスは、ぽつりと言った。


「言葉の本当の意味が、読めるようになる」


その横顔に、私はふと、何かを感じた。


「言葉の本当の意味」を、読まなければならないほど。


この人も、人の裏を見続けてきたのだろうか。


領主、という、役割の中で。


「ユリウス様」


「なんだ」


「あなたも、何か背負ってこられたのですか」


その問いに、ユリウスは一瞬、動きを止めた。


そして、すぐには答えなかった。


「……いずれ」


長い沈黙のあとで。


彼は、そう言った。


「いずれ、話す。気が、向いたら」


それは、拒絶ではなかった。


むしろ、逆だった。


いつか、あなたには話してもいい。


そういう、約束のような言葉だった。


私は頷いた。


「待っています」


待つことは、得意だった。


ユリウスは、ほんの少し口元をゆるめて、背を向けた。


神殿長の、丁重すぎる手紙は。


私の心をわずらわせる、どころか。


ユリウスとの距離を、またひとつ、縮めるきっかけになっていた。


本話をお読みいただき、ありがとうございました。


詫びの形をした、神殿長の手紙。

そして、その裏を見抜くユリウス。


彼もまた、何かを背負ってきた人。

その過去が、少しずつ、見えてきます。


次話「ほころび」では、

王都のセシリアに、

静かな異変が、訪れます。


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