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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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10/17

第10話 ここにいても、いいのですか

秋が、深まり、

リントの町は、

収穫の祭りを、迎えた。


豊作の年だった。


広場には、

山のように積まれた作物と、

あたたかな、

焚き火の明かり。


町じゅうの人が、

集まっていた。


私は、

教会の隅から、

その賑わいを、

そっと、眺めていた。


祭りは、

町の人のもの。


よそ者の私は、

ただ、

遠くから、

見ていればいい。


そう、思っていた。



けれど。


「エルナさん!

こんなところにいたのかい」


八百屋の女将が、

私を、見つけて、

手招きした。


「ほら、来な。

あんたの席も、

ちゃんと、あるんだから」


「私の……席?」


「当たり前だろう」


引っ張られるように、

広場の中央へ、

連れていかれる。


そこには、

本当に、

私のための席が、

用意されていた。


焚き火の、

いちばん、

あたたかい場所に。


「エルナねえちゃん!」


あの、

転んだ男の子――

ニコが、

駆け寄ってきた。


「ねえ、

歌、うたって!

エルナねえちゃんの、

お祈りの歌!」


「歌……?」


「マレンばあちゃんが言ってた。

エルナねえちゃんは、

きれいな声で、

祈れるって」


私は、

戸惑った。


聖女として、

私は、

無数の儀式で、

祈りを、捧げてきた。


けれど、

それは、

役割だった。


決められた言葉を、

決められた節で。


ここで、

求められているのは、

そういうものでは、

なかった。


ただ、

皆のために。


豊かな実りを、

分かち合えた、

この夜のために。


私は、

ゆっくりと、

立ち上がった。


そして、

焚き火の前で、

目を、閉じた。


口をついて出たのは、

神殿の、

荘厳な聖歌では、

なかった。


もっと、

素朴で、

あたたかい、

旋律だった。


実りに、

感謝を。

人の、

無事に、

感謝を。


ただ、

そう、

願う、

ささやかな、

祈りの歌。


歌い終えたとき、

広場は、

静まり返っていた。


そして、

次の瞬間、

わっと、

拍手が、

湧いた。


「いい歌だ!」

「もう一回!」

「エルナさん、

ここにいてくれよ、

ずっと!」


ずっと、

ここに。


その声が、

あちこちから、

飛んできた。


私は、

焚き火の明かりの中で、

町の人たちの、

笑顔を、

見渡した。


その、

どの顔も。


「聖女様」を、

見る顔では、

なかった。


「エルナ」を、

見る顔だった。


胸の奥が、

熱く、

なった。



祭りの、

終わりかけた頃。


マレンが、

そっと、

私を、

教会の中へ、

呼んだ。


「見せたいものが、あるの」


彼女が、

祭壇の奥から、

取り出したのは、

古い、

革表紙の、

記録帳だった。


埃を払い、

ページを、めくる。


その、

色あせた文字を、

私は、

覗き込んだ。


「これはね、

この教会に、

代々、

伝わっている記録なの」


マレンの、

皺だらけの指が、

あるページを、

さした。


そこには、

こう、

記されていた。


『役割を捨てし者、

この地に至りて、

土は実り、

水は涸れず、

病は癒えたり。


その者、

力を、

誇らず。


ただ、

在ることをもって、

この地を、

祝福せり。


――真の加護は、

冠にあらず。

印にあらず。

人の、

在りように、

宿るものなり』


私は、

その文字を、

何度も、

読み返した。


真の加護は、

冠にあらず。

印にあらず。


人の、

在りように、

宿る。


それは、

今、

私の身に、

起きていることを。


そして、

もしかしたら、

神殿で、

セシリアに、

起きていないことを。


静かに、

言い当てているように、

思えた。


「マレン」


私は、

顔を、上げた。


「これは……

どういう、

ことなのでしょう」


マレンは、

記録帳を、

そっと、

閉じた。


そして、

私を、

まっすぐに、

見た。


「あなたが、

どう思うか。

それが、

すべてですよ、

エルナ」


その目は、

やはり、

澄んでいた。


そして、

すべてを、

分かっているような、

目だった。


私は、

窓の外を、

見た。


焚き火の明かりが、

町を、

あたたかく、

照らしている。


そのどこかに、

きっと、

ユリウスも、

いるのだろう。


ここにいても、

いいのですか。


ずっと、

問い続けてきた、

その問いに。


今夜、

町は、

答えてくれた。


いてくれ、と。


そして、

古い記録は、

もうひとつの、

問いを、

私に、

差し出していた。


――本物の加護は、

どこに、

あるのか。


その問いの、

答えを。


私は、

うすうす、

感じ始めていた。


けれど、

たとえ、

それが、

私であったとしても。


私は、

もう、

聖女の座を、

取り戻すつもりは、

なかった。


ただ、

この町で。


「エルナ」として、

静かに、

生きていきたい。


その思いだけが、

焚き火のように、

私の胸で、

静かに、

燃えていた。


第一部の、

ひとつの大きな節目まで、

お読みいただき、

ありがとうございました。


町に受け入れられたエルナ。

そして、古い記録が照らす、加護の謎。


「本物の加護はどこにあるのか」。

その問いと、

「それでも取り戻さない」というエルナの選択が、

これからの物語を、静かに動かしていきます。


ここまで読んでくださった皆様に、

心から、感謝いたします。


次話からは、

第三章「静かな波紋」に入ります。


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