第8話:魔導貯蔵庫の「過払い金」。――陛下、この世界の光は、命を担保にした「高利貸し」ですわ。
「……ふふ、あの大公の顔。思い出しても愉快ですわね。光を奪われた瞬間、ただの老いぼれた負債者に成り下がって」
夜会が引いた後の、静まり返った帝宮の回廊。
わたくしは扇で口元を隠し、隣を歩くカエルス陛下を横目で見た。陛下は、夜会の喧騒を終えた安堵からか、先ほどよりも一層深い隈を瞳に宿している。
「貴公の性格の悪さには恐れ入る。だが、あれで帝国の保守派は沈黙した。……物理的な灯りだけでなく、彼らの権力の源泉まで貴公が握り潰したのだからな」
「あら、わたくしはただ、借りたものを返していただいたまでですわ。……さて、陛下。お疲れのところ恐縮ですが、このまま『帝国の心臓』へ案内していただけるかしら?」
カエルス陛下の足が止まる。
「……魔導貯蔵庫か。あそこは私の許可なくしては何人も立ち入れぬ。監査官殿、あそこには何もないぞ。あるのは、帝国全土から吸い上げられた魔力の残高だけだ」
「いいえ。わたくしの『錆びたペン』が、そこから不快な(・・・)数字の音がすると告げていますの」
わたくしは懐からペンを取り出し、その冷たい感触を確かめた。
このペンは、所有権を書き換えるだけではない。この世界のあらゆる事象を「貸し借りのロジック」として翻訳する。
今のわたくしには、この帝宮を流れる魔力の奔流が、まるで「返済の督促状」のように見えていた。
カエルス陛下は溜息をつき、隠し通路の先にある重厚な魔導扉を開いた。
地下深く。そこには、巨大な水晶体に封印された、青白く輝く莫大な魔力の塊があった。帝国のすべてを動かすエネルギー源。
だが、わたくしはそれ(・・)を見た瞬間、眉を顰めた。
「……汚いですわね」
「何だと?」
「陛下、この魔力……純度が低すぎますわ。いえ、正確には――『毒』が混じっています」
わたくしはペンを掲げ、空間に浮かぶ魔力の流れを指先でなぞった。
すると、青白い輝きの隙間に、どす黒い「鎖」のようなものが見え隠れする。
「これは……『利息』ですわ。陛下、帝国はこの魔力をどこから得ていますの?」
「……古の伝承では、神々が地に残した恵みだとされている。我々はそれを汲み上げ、利用しているに過ぎない」
「いいえ。それは間違いですわね。……この帳簿を(・・・・・・)ご覧なさい」
わたくしはペンを振るい、空中に「魔力供給の相関図」を描き出した。
数字。比率。そして、消失していくエネルギーの行き先。
「陛下。この一年で、帝国の魔力使用量は三パーセント増えています。ですが、それに対して国民の『原因不明の衰弱死』は八パーセント増。……この五パーセントの解離、何によって補填されているか分かりますかしら?」
カエルス陛下の瞳が、鋭く見開かれた。
彼は言葉を失い、脈打つ巨大な水晶を見つめる。
「神々という名の高利貸し(・・・・)が、魔力を貸し出す代わりに、この国の『未来の生命力』を担保として徴収していますのよ。……あの聖女エララの治癒も同じ。彼女は光を配っているのではなく、他人の寿命を勝手に引き出して(キャッシングして)、今この瞬間に充当しているだけ。……陛下、あなたの不眠も、その『取り立て』に抗っている反動ですわ」
「……私が、命を削って……この国の『支払い』を代行しているというのか?」
「ええ。あなたは死神などではない。……自分を切り売りして世界を回している、世界一お人好しな債務者ですわ」
わたくしは一歩、陛下に近づき、その冷えた手に自分の手を重ねた。
贈り物は受け取れない。無償の愛も信じない。
けれど、「貸し借り」の話であれば、わたくしは彼とどこまでも対等でいられる。
「陛下。……この不当な契約、わたくしが『精算』して差し上げてもよろしいかしら?」
「……どうやって。神相手に、金で解決するとでも言うのか」
「いいえ。……神々への『過払い金請求』ですわ」
わたくしはペンを水晶に突き立てた。
パキリ、と世界がひび割れるような音が響く。
「この数千年間、神々が搾取しすぎた利息を計算し、逆に彼らを『破産』に追い込んで差し上げます。……そうすれば、あなたはもう、眠れない夜を過ごす必要はございませんのよ?」
カエルス陛下は、初めて子供のように、呆然とした顔でわたくしを見つめた。
その直後。
貯蔵庫の奥、闇の向こうから、人のものではない「笑い声」が聞こえた。
『――面白い。人間の分際で、我らの帳簿を覗こうというのか』
現れたのは、光の粒子でできた巨大な影。
王国と帝国、そのすべての「債権者」を自称する、高次元の存在。
わたくしは扇を優雅に広げ、その神を正面から見据えた。
「あら。ちょうどよろしいところに。……精算のお時間ですわ、神様。――まずは、あなたが数千年間誤魔化してきた『遅延損害金』の明細、受け取っていただけますかしら?」
カエルス陛下が不敵に笑い、剣を抜く。
執行官と死神。
二人の共犯者は、ついに世界の理そのものを、差し押さえる準備を整えた。
「神様、過払い金の精算ですわ。」
魔法の正体が「命のキャッシング」だったという衝撃の事実。
そして、ついに現れた「真の敵」……神々。
ヴィクトリア様のペンは、ついに神の領域にまで届きますわ。
次話、神の使い(監査官)vs ヴィクトリア。
「信仰」という不確かなものを、「数字」で論破する最高に知的なバトルが開幕いたします!
「神相手に過払い金請求ってパワーワードすぎる!」
「陛下を救うヴィクトリア様、かっこいい!」
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