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第6話:最高級の嫌がらせ。――そのドレスの「市場価値」、マイナス一億ゴルドですわ。

「……ヴィクトリア。貴公に、ゲルハルト大公から『贈り物』が届いている」


 帝都ノワールの離宮。

 カエルス陛下が、不快そうに唇を歪めて広間の中心を指し示した。


 そこには、三人の侍女たちが恭しく掲げた一着のドレスがあった。

 一見すれば、帝国の流行を反映した豪奢な漆黒のドレス。ふんだんにあしらわれたレースと、散りばめられた黒真珠。だが、わたくしがその布地に一歩近づいた瞬間、鼻を突く「数字の不協和音」が聞こえてきましたわ。


「あら。これが帝国最大派閥、ゲルハルト大公からの『歓迎』かしら?」


「ああ。今夜の夜会に着てこい、とのことだ。……断ってもいい。あの大公は、貴公が亡命の身でまともな礼服も持っていないと踏んで、公衆の面前で『施し』を与える演出をするつもりだろう」


 カエルス陛下が剣の柄を握り、苛立たしげに指を鳴らす。

 だが、わたくしは扇を広げ、そのドレスを隅々まで「監査」した。


「いいえ、陛下。これは素晴らしい贈り物ですわ。……これほどまでに『使い道』が明確な布切れ、滅多にございませんもの」


 わたくしは、ドレスの裾を指先で弾いた。


「クロエ。このドレスの推定原価を算出しなさい」


 背後に控えていたクロエが、瞬き一つせず答える。

「……布地は帝国の二級品。レースは偽造されたアンティーク。黒真珠に見えるものは、着色された安物のガラス球ですわ。推定原価、金貨三枚分。……ですが、大公家の帳簿には『一千万ゴルドの特注品』として記載されているはずです」


「……何だと?」

 カエルス陛下が目を細めた。


「陛下、お分かりかしら? これはただの嫌がらせではありません。……大公家は、わたくしへの『贈り物』という名目で国庫から一千万ゴルドを引き出し、実際には三枚の金貨で済ませた。つまり、差額の九百九十万ゴルドを堂々と中抜き(・・・・)した証拠なのですわ」


 わたくしは懐から『錆びた鉄のペン』を取り出し、ドレスの胸元にある大公家の紋章――その刺繍の「糸の緩み」を突いた。


「わたくしに恥をかかせるつもりが、自分たちの横領の証拠を自ら届けてくださるなんて。帝国の大公とは、これほどまでに慈悲深いお方だったのですね」


「……ふん。貴公の手にかかれば、ドレスもただの証拠物件ナマモノか」


 カエルス陛下が、ようやく面白そうに口角を上げた。


「今夜、これを着ていくのか?」


「まさか。わたくしの肌に、このような不衛生な数字ごみを触れさせるわけがございません。……クロエ、準備を」


「心得ております。アストレア商会が極秘に開発した『対帝国輸出用・概念防護礼服』を」


 数時間後。

 帝国宮殿、大夜会会場。


 重厚な扉が開かれた瞬間、集まった帝国貴族たちの視線が集中した。

 彼らが期待していたのは、偽物のドレスを纏い、自分たちの「施し」に顔を引きつらせる哀れな亡命令嬢の姿だった。


 だが、広間に現れたのは――。


「……っ、何だ、あの輝きは……!」

「あんな魔導糸の輝き、帝国の工房でも見たことがないぞ!」


 わたくしが纏っていたのは、漆黒よりも深い「虚空」の色をしたドレス。

 それは光を吸い込み、動くたびに星々が瞬くような、王国の最高技術とわたくしの審美眼が結晶した一着。


 首筋には、利息として徴収した「錆びたペン」をモチーフにした、白銀のチョーカー。

 わたくしがゆっくりと歩みを進めるたびに、帝国貴族たちが左右へ割れていく。

 それは、亡命者の入場ではなく、新たな支配者の「領土視察」に近い空気だった。


 広間の奥。

 一段高い場所で、不機嫌を絵に描いたような老人が、ワイングラスを握りつぶさんばかりにこちらを睨みつけていた。

 帝国の権力者、ゲルハルト大公。


「……アストレア公爵令嬢。贈ったドレスが気に入らなかったようだな。帝国の流行も解さぬとは、王国の教育も知れている」


 大公の第一声に、周囲から嘲笑が漏れる。

 わたくしは、陛下から差し出された腕に手を添えたまま、優雅にカーテシーを捧げた。


「あら、大公閣下。あのような『歴史的な傑作』を頂けるなんて、夢にも思いませんでしたわ。……あまりに貴重な『証拠・・』でしたので、不備がないよう、今しがた帝国の監査院・・・・へ直接、参考資料として寄贈させていただきました」


 大公の眉が、ピクリと跳ねた。


「監査院だと……?」


「ええ。閣下がわたくしのために『一千万ゴルド』も費やしてくださったという報告と、実際に届いた『金貨三枚分の粗悪品』の現物をセットにして。……端数まで正確に計算させていただきましたわ。あのような稚拙な中抜き、わたくしの国では使用人でも致しませんのに」


 広間から、息を呑む音が聞こえた。

 大公の顔が、怒りと驚愕で急速に赤黒く染まっていく。


「貴様……この場所をどこだと思っている! 亡命者の分際で、この私に……!」


「場所、ですか? ……わたくしにとっては、王国も帝国も同じ。――ただの『数字が並んだ帳簿』ですわ」


 わたくしは、扇をカチリと閉じた。


「さて、大公閣下。今夜は楽しい夜会になりそうですわね。……あ、お忘れなく。わたくしの鑑定によれば、あなたが今手に持っていらっしゃるそのヴィンテージ・ワイン……。コルクの状態から見て、おそらく中身は昨年の三級品ですわよ。お値段、金貨一枚以下。――閣下は、随分と安上がりな舌をお持ちのようですわね?」


 グラスが床に叩きつけられ、赤い飛沫が舞う。

 怒号が飛び交う寸前、隣に立つカエルス陛下が、わたくしの肩を抱き寄せた。


「聞いたか、諸君。……今夜から、帝国には新しい『ルール』が加わった。嘘と虚飾は、この女がすべて剥ぎ取る。――覚悟して楽しむがいい」


 陛下と目が合う。

 その瞳に宿った期待の色に、わたくしは最高の微笑みで返した。


 さあ、精算のお時間です。

 帝国の嘘を、すべてわたくしの帳簿に書き連ねて差し上げましょう。

「閣下は、随分と安上がりな舌をお持ちのようですわね?」


……ふふ、帝国の大公相手に、初対面で「お前の舌は三級品だ」と言い切るヴィクトリア様、最高にクールですわ。

敵の嫌がらせを、そのまま「汚職の証拠」に変換する……これこそが、執行官令嬢の戦い方です。


次話、大公派の貴族たちがヴィクトリア様を失脚させるべく、さらなる「経済的罠」を仕掛けてきます。

ですが、彼女が狙っているのは、大公家そのものの「資産凍結」だった……!?


「ドレスを証拠品として寄贈しちゃうの好き!」

「大公の顔が真っ赤になる様、もっと詳しく!」

と少しでも感じていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いいたしますわ。


あなたのその応援が、ヴィクトリア様の次なる「処刑台」をより高く、美しく築き上げます。

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