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第4話:借金まみれの国を売る。――「死神」は、わたくしの数字(こたえ)を買い叩けますかしら?

夜会の喧騒が、遠ざかる。

 背後で聞こえる国王の絶叫も、王子の無様な泣き声も、もはや私にとっては清算済みの雑音でしかなかった。


「お嬢様、王家の近衛騎士団が馬車を追ってきております。……いかがなさいますか?」


 漆黒の馬車の中、向かいに座るクロエが淡々と告げた。

 窓の外を見れば、松明の炎を揺らしながら、十数騎の騎兵がこちらを包囲しようと迫っている。


「放っておきなさい。彼らはわたくしの『私有地』を走っているに過ぎませんわ。……不法侵入の通行料を請求してもよろしいけれど、あの方たちに支払える資力がないことは、わたくしが一番よく知っておりますもの」


 私は手元の『錆びた鉄のペン』を指先で弄んだ。

 古びた鉄の冷たさが、心地よい。

 このペンが、やがてこの世界の境界線ボーダーさえも書き換えることになる。その実感を噛み締めながら、私は窓を叩いた。


「止めなさい。――境界ボーダーですわ」


 馬車が静かに止まる。

 そこは、アストレア公爵領の端。そして、隣国ノワール帝国との国境線だった。

 追いついた近衛騎士たちが、剣を抜き放ちながら叫ぶ。


「ヴィクトリア・フォン・アストレア! 国家反逆罪の疑いがある! 直ちに馬車から降り、王城へ戻れ!」


 国家反逆、とは笑わせてくれる。

 倒産寸前の商店の店主が、大株主を泥棒呼ばわりするようなものですわね。


 私が馬車の扉を開けようとした、その時だった。


「――喧しいな。私の『買い物の邪魔』をするつもりか?」


 低く、地を這うような声が響いた。

 夜の闇そのものが凝縮されたかのような、圧倒的な威圧感。

 騎士たちの馬が狂ったように嘶き、前脚を上げる。


 森の影から現れたのは、一団の騎兵だった。

 全員が血の色のマントを翻し、紋章のない黒い鎧を纏っている。

 そしてその中心に、その・・はいた。


 カエルス・ヴォル・ノワール。

 「死神皇帝」の異名を持ち、大陸の半分を経済と軍事で支配下に置く、若き暴君。


「ひっ……死神皇帝……!?」

「なぜ、こんなところに……!」


 騎士たちの顔が瞬時に青ざめる。

 カエルスは、感情の読めない漆黒の瞳で騎士たちを一瞥した。


「この女は、私が買った(・・)。この女の持つ『王家の借用書』も、その身も、その魂の一片までもな。……不服があるなら、我が帝国の軍務局へ請求書を送れ。全軍をもって『支払い』に伺おう」


「くっ……撤退だ! 戻るぞ!」


 王国の騎士たちは、一合も交えることなく逃げ帰っていった。

 権力の重みというものを、彼らはようやく理解したのでしょう。


 カエルス皇帝は馬を降り、私の馬車の前まで歩み寄ってきた。

 彼は私の顔をじっと見つめる。その瞳の奥には、深い隈と、底知れぬ疲労の色が張り付いていた。


「……ヴィクトリア・フォン・アストレア。面白い女だ。自国をオークションにかける令嬢など、歴史上にも存在しない」


「あら、陛下。正確には『不要資産の整理』ですわ。わたくしにとって、あの王国はもはや、維持費ばかりかかる不良債権に過ぎませんもの」


 私は馬車を降り、完璧な所作でカーテシーを捧げた。


「お初にお目にかかります。ノワール帝国の守護者。……わたくしを『買い叩く』準備はできていらっしゃいますか?」


「……ふん。口の減らない債権者だ。来い。貴公の用意した『数字こたえ』を、じっくりと聞かせてもらおう」


 一時間後。

 帝都へ向かう豪華な移動宮殿の室内で、私はカエルスと対峙していた。

 彼はソファに深く背を預け、眉間を押さえている。


「陛下、お顔色が優れませんわね。……相当、お疲れのようですけれど?」


「……知れたことだ。貴公が投げつけた『一千二百億の爆弾』のせいで、大陸中の相場が狂っている。その処理で三日、まともに眠っていない」


「それは光栄ですわ。では、眠れない陛下のために……まずは、王国の『真の資産価値』についての監査報告をさせていただいてもよろしいかしら?」


 私は鞄から、分厚い書類の束……ではなく、脳内に記憶した詳細なデータを、淡々と口にし始めた。


「王都の地価下落率、騎士団の装備維持費、聖女エララの魔法消費に伴う国民一人当たりの平均寿命の減少予測……」


 私の声は、感情を排した無機質な調べ。

 だが、それは完璧な論理ロジックで編まれた、世界で最も正確な「事実」の羅列。


 五分、十分。

 カエルスの険しかった表情が、次第に緩んでいく。

 鋭かった視線が泳ぎ、彼はゆっくりと、吸い込まれるように瞳を閉じた。


「……ああ、その声だ。……雑音がない。余計な感情ノイズがない……。数字だけが……整然と……並んでいく……」


 カエルスの首が、カクンと横に倒れた。

 静かな寝息が、室内に響く。


「……あら」


 大陸を震え上がらせる死神皇帝が、私の「監査報告」を子守唄に、子供のように眠ってしまった。


「お嬢様。……皇帝陛下、陥落いたしましたわね」


 クロエが影から現れ、感銘を受けたように呟く。

 私は、眠る皇帝の顔を眺めながら、不敵に微笑んだ。


「まだ、入り口ですわ。……さあ、陛下。わたくしがあなたの『眠り』を支えて差し上げる代わり……世界という名の巨大な帳簿、その書き換えに付き合っていただきますわよ?」

「死神皇帝、陥落(寝落ち)。」


……ふふ、どんな冷徹な支配者も、完璧に整えられた「数字の羅列」には抗えませんわ。

ヴィクトリア様の声が、カエルスにとっては唯一の安らぎになる……。

ここから、二人の奇妙な共犯関係が始まります。


次話、ついに帝都へ到着。

しかし、ヴィクトリア様の「監査」を快く思わない帝国の貴族たちが、新たな嫌がらせを仕掛けてきますわ。


「死神皇帝、意外と可愛い……?」

「ヴィクトリア様の監査報告、私も聴きたい!」

と少しでも思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで、わたくしへの「融資」をお願いいたしますわ。


利息として、さらなる「高解像度のザマァ」をお届けすることをお約束します。

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