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第30話:生涯の連帯保証と、計算不能な愛。――この契約、退職(解約)は認められませんわよ。

「……ようやく、二人きりになれましたわね。陛下」


 大陸全土を揺るがした経済大戦の終結から、一ヶ月。

 再建の進む帝都ノワールを見下ろす、皇宮の私的なサロン。わたくしは、かつてないほど「真っ白」に整理された帳簿を閉じ、深い溜息をつきました。


 聖教国は解体され、商業連盟は帝国の経済圏へと吸収された。

 世界から不当な負債は消え、新通貨アストレアが人々の生活を誠実な数字で支えている。

 執行官としてのわたくしの仕事は、ここで一つの『完結』を迎えたはずでした。


「ああ。……騒がしい連中も、無意味な数字のノイズも、すべて貴公が片付けてくれたおかげだな。……ヴィクトリア。おかげで私は、最近眠りすぎて困っているほどだ」


 ソファの隣に座るカエルス陛下が、悪戯っぽく笑いながらわたくしの肩に頭を預けてきました。

 死神の如き冷徹さを脱ぎ捨て、ただ一人の男として寛ぐ彼の体温が、ドレス越しに伝わってきます。


「あら、陛下。……寝坊による公務の遅延は、わたくしの帳簿では『重大な損失』として計上させていただきますわよ?」


「……フ。ならば、その損失を補填するための『新しい契約』を提案させてくれないか」


 カエルス陛下が居住まいを正し、懐から一通の羊皮紙を取り出しました。

 そこには、帝国の公式な紋章とともに、見たこともない複雑な数式と条項が並んでいました。


「……陛下、これは?」


「『人生の共同経営ジョイント・ベンチャーに関する基本合意書』だ。……筆頭株主は私、そして最高経営責任者(CEO)には……ヴィクトリア・フォン・アストレアを指名したい」


 わたくしは、渡された書類を食い入るように見つめました。

 

「……条項第一条:ヴィクトリアカエルスの生涯にわたる『連帯保証人』となるものとする。……第二条:甲は乙に対し、帝国の全資産、および甲の心臓、魂、ならびに二十四時間の独占権を無償譲渡する。……第三条:本契約は、死が二人を分かつまで……いいえ、分かった後も永久に継続され、一方的な解約は一切認められない……」


 ……っ。

 わたくしの脳内の演算回路が、再び、かつてないほどの激しさで『エラー』を吐き出し始めました。


「……陛下。……この契約、あまりにバランスが……悪すぎますわ。……わたくしが受け取る利益ベネフィットに対して、あなたが支払う対価コストが……人生そのものではないですか」


「ああ、そうだ。……安すぎるだろうか?」


「いいえ! ……逆ですわ。……わたくし、これほどの巨大な資産あいを預かって……一体、何を返せば良いというのです……? ……計算が、……計算が合いませんわ」


 わたくしの手が、微かに震えました。

 数字で世界を支配してきたわたくしが、たった一枚の「愛の誓約書」を前に、立ち往生している。


 カエルス陛下は、そんなわたくしの手を優しく包み込み、耳元で熱く囁きました。


「……何も返さなくていい。……ただ、私の帳簿の隣に、貴公の署名を残してくれればいい。……生涯をかけて、私が貴公を幸せにするという『赤字』を垂れ流し続けることを、許してはくれないか?」


 ……ふふ。

 このお方は、本当に……世界一、不器用で強欲な債務者ですわ。


「……分かりましたわ。……陛下」


 わたくしは懐から、数多の国を沈め、神を破産させてきた『錆びた鉄のペン』を取り出しました。

 ですが、わたくしはそのペンを使いませんでした。

 代わりに、カエルス陛下が用意してくれた、眩いばかりの『黄金の万年筆』を手に取ります。


「……この契約、受理いたします。……ただし、一点だけ修正を。……わたくしもまた、あなたの生涯を『独占』させていただきますわ。……一秒の余剰も、他人に渡すことは許しません。――よろしいかしら?」


「……望むところだ。私の愛しい執行官エンプレス


 わたくしは、迷いなく署名を記しました。

 『ヴィクトリア・フォン・ノワール』。


 その瞬間、万年筆から溢れたインクが、わたくしたちの指先を、そして心を、決して解けない「幸福の鎖」で繋ぎ合わせました。


 愛、という名の計算不能な資産。

 それは、どんなに完璧な帳簿でも捉えきれない、けれど世界で最も確かな価値。


 ……ふふ。

 さて、陛下。新しい人生の第一頁、まずは何を『監査』いたしましょうか?


「……まずは、私たちの結婚式の予算案、からだな?」


「あら。……わたくしが組む予算ですもの。……神様が腰を抜かすほど、贅沢で、そして『黒字』な式にして差し上げますわよ」


 世界を買い叩いた令嬢と、死神に愛された皇帝。

 二人の新しい物語けいやくは、今、ここから始まります。


 精算、完了。――そして、永遠の投資を、貴方に。

「この契約、退職(解約)は認められませんわよ」


……ふふ。ついにヴィクトリア様が、カエルス陛下の「生涯の連帯保証人」という名の、世界で最も甘い役職に就任いたしました。

数字と法で世界を支配してきた彼女が、最後には計算不能な「愛」を唯一の正当な報酬として受け入れる。

これこそが、わたくしが皆様にお届けしたかった、最高の「最終精算書」でございます。


これにて、『破産国家の処刑人〜追放された公爵令嬢は、錆びたペン一本で神々の裏帳簿を暴く〜』、全編終了でございます!


ここまでヴィクトリア様の「蹂躙」にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

皆様からいただいたブックマーク、評価、そして応援の声という名の「投資」があったからこそ、わたくしも最後まで誠実な帳簿を書き上げることができました。


「最後に最高のザマァと溺愛が見られて幸せ!」

「ヴィクトリア様、いつまでもお幸せに!」

と少しでも感じていただけましたら、最後のご祝儀として、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークをいただけると、天音フェリにとってこれ以上の報酬はございません。


精算は終わりましたが、ヴィクトリア様とカエルス陛下の幸福な支配は、きっとこの先も永遠に続いていくことでしょう。


またどこかの帳簿で、皆様とお会いできる日を楽しみにしておりますわ。

それでは……さようなら。皆様の人生に、幸多からんことを!

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