第28話:経済封鎖と、朝食のクロワッサン。――飢えているのは、わたくしではなく世界の方ですわ。
「……サクサクですわね。陛下。バターの香りが、絶望に満ちた帝都の空気に彩りを与えてくれますわ」
帝都ノワール、皇宮のテラス。
眼下では、大陸商業連盟による経済封鎖の報を受け、物資の買い出しに走る市民たちが蟻のように右往左往していました。
商店の棚は空になり、パン一つの値段が昨日の五倍に跳ね上がっている……。
そんな「終わりの始まり」のような光景を眺めながら、わたくしは優雅にクロワッサンを一口、口に運びました。
「ヴィクトリア……。貴公の胆力には恐れ入る。……軍部からは、あと三日で帝都の魔石在庫が底を突くと悲鳴が上がっているのだが?」
対面に座るカエルス陛下が、苦笑混じりにコーヒーを啜りました。
彼の瞳には鋭い光が宿っています。皇帝として、民の困窮を放っておけるはずがない……。
ですが、わたくしは扇を広げ、その心配を優しく「非承認」といたしました。
「陛下。……飢えているのは、帝国ではなく『連盟』の方ですわ。……クロエ、定時報告を」
影から現れたクロエが、一束の羊皮紙をテーブルに置きました。
「……お嬢様。……予定通りです。……連盟が帝国への物資流通を停止した直後、連盟に加盟する主要都市において『極度の通貨不足』が発生しております。……彼らは帝国通貨アストレアを拒絶した結果、自らの資産(連盟金貨)の価値を下落させ、取引そのものが成立しない状態に陥っていますわ」
「な……どういうことだ?」
カエルス陛下が眉を寄せました。
「簡単な理屈ですわ。……陛下、わたくしの『アストレア』は、神の魔力を担保にしています。……対して、連盟金貨の担保は、連盟が支配する『特許』。……わたくしが先にその特許を無効化し、かつ連盟加盟店の『未払い負債』をすべてアストレア商会で買い取った(・・・・・・)ら、どうなるかしら?」
わたくしは、懐から『錆びた鉄のペン』を取り出し、テーブルの上に広げられた大陸地図の一角――商業連盟の本拠地を指しました。
「今、連盟に属する大商人たちは、帝国に物を売れないのではありません。……帝国に物を売らなければ、自らの借金が返せず、破産する瀬戸際なのですわ。――彼らにとって、帝国は『排除すべき敵』ではなく、『唯一現金を払ってくれる超優良顧客』なのですから」
その時。
皇宮の門前で、大きな騒ぎが起きました。
封鎖を命じたはずの商業連盟の紋章を付けた商隊が、強引に門を突破しようと詰めかけていたのです。
「……入れなさい、と命令したのか?」
「ええ。……ただし、『連盟価格の十分の一』で売ることを条件に、ね。……彼らは背に腹は代えられませんわ。……わたくしの手元には、彼らの借用書が山ほど積まれているのですもの」
わたくしは立ち上がり、ペンを空へと掲げました。
ペン先が冷たく輝き、目に見えない「数字の鎖」が、大陸全土の市場を締め上げる音が聞こえるようです。
「セレスティア様。……あなたは帝国を孤立させたつもりでしょうが……。……実際には、あなたの足元に広がる巨大な市場を、まるごとわたくしの『私有地』へと変えてしまいましたのよ」
わたくしは、カエルス陛下に向き直り、最高の微笑みを浮かべました。
「陛下。……朝食の後は、お散歩に行きましょうか。……大陸商業連盟、その『敵対的買収(TOB)』……本日、完了させて差し上げますわ」
帝都の物価が、一瞬にして逆転していく。
恐怖の悲鳴は、やがて連盟への怒りと、ヴィクトリアへの崇拝へと塗り替えられていきました。
精算、最終段階です。
世界そのものを買い叩く快感……。……陛下、あなたにも分けて差し上げますわね。
「連盟価格の十分の一で売ることを条件に、ね」
……ふふ。封鎖を仕掛けてきた相手を、逆に「借金」で縛り上げ、商品を二束三文で献上させる。
ヴィクトリア様の真の恐ろしさは、剣よりも鋭い「帳簿の暴力」にありますわね。
次話、ついに女帝セレスティアとの直接対決。
黄金に囲まれた玉座で、ヴィクトリア様が突きつける「商業連盟の全株式譲渡要求書」。
大陸経済がひっくり返る、歴史的な精算の瞬間をどうぞお楽しみに。
「朝食の余裕がかっこよすぎる!」
「経済で世界を調教するの、最高にスカッとする!」
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完結まで、残りの残高はわずか。
最後まで、わたくしがしっかりと監査(執筆)させていただきます。




