第24話:聖域の門と、差押予告状。――神の領土、本日をもって「競売物件」となりましたわ。
「……馬車が揺れますわね。陛下」
北へと向かう、漆黒の装甲馬車の中。わたくしは扇を広げ、窓の外に広がる荒涼とした雪景色を眺めておりました。
帝都を離れて三日。周囲の魔力の密度は、北へ進むほどに不自然な高まりを見せています。それは敬虔な祈りの結晶などではなく、無理やり一点に掻き集められた「歪なエネルギー」の奔流。
「……すまないな、ヴィクトリア。教会の連中が道路の補修費まで『神への献金』として吸い上げているせいで、国境付近のインフラは最悪だ」
向かい側に座るカエルス陛下が、苦笑しながらわたくしの手を取りました。
かつての「死神」と呼ばれた冷徹な影は、今やわたくしの前では、ただの思慮深く、少しだけ独占欲の強い殿方に過ぎません。
「あら、構いませんわ。……路面の凹凸一回につき、聖教国の残債に遅延損害金を一%ずつ上乗せしておりますから。……わたくし、揺れれば揺れるほど、帳簿が潤う仕組みになっておりますの」
「……クク、やはり貴公は恐ろしいな。……敵に回さなくて本当に良かった」
陛下が愉しげに目を細めた、その時。
馬車が緩やかに速度を落とし、静かに停止しました。
「お嬢様。……『聖なる城壁』の前に到着いたしました。……バチカン氏が用意したと思われる、最後の手続き(あがき)が立ち塞がっておりますわ」
クロエの声。
扉が開かれると、そこには天を突くような白亜の巨大な門と、それを包み込む眩いばかりの光の結界がそびえ立っていました。
『絶望を阻む、神の吐息』。
そう謳われる聖教国の第一結界は、物理的な攻撃も、魔導的な干渉もすべて跳ね返すとされています。
門の前には、バチカンに代わって派遣されたであろう、白銀の法衣を着た司祭たちがずらりと並び、わたくしたちを蔑むような視線で見下ろしていました。
「――止まれ、異端の者ども。……ここから先は、選ばれし信徒のみが足を踏み入れることを許される、神の聖域なり。……穢れた死神の王と、数字に魂を売った魔女に、通るべき道はない」
司祭の代表が、仰々しく経典を掲げて叫びました。
カエルス陛下が剣の柄に手をかけ、瞳に漆黒の殺気を宿します。
「陛下、お待ちなさいませ。……剣を振るうのは、わたくしの『通知』が届いてからでも遅くはありませんわ」
わたくしは馬車を降り、雪を踏み締めて門へと歩み寄りました。
司祭たちは鼻で笑い、結界の輝きを一層強めます。
「無駄だ、小娘。……この結界は数千年の信仰によって編まれたもの。……お前の安っぽい計算機では、一ミリも傷つけることは――」
「あら。……計算機、使いませんわよ?」
わたくしは懐から『錆びた鉄のペン』を取り出し、目前の光の壁に、そっとペン先を当てました。
「監査――。……対象:聖教国第一城壁および結界システム。……鑑定を開始しますわ」
ペン先から、漆黒の数式が血管のように結界の表面を駆け巡ります。
その瞬間、結界の輝きが不気味に明滅し始めました。
「な……っ、何をしている!? 結界の魔力が……乱れているだと!?」
「……報告いたしますわ、司祭様。……この結界の維持コスト、年間に換算して金貨二億枚。……ですが、その魔力の出処……。……昨夜、わたくしが『帝国』で魔力供給の元栓を閉めたの、お忘れかしら?」
「ば、馬鹿な! これは神の奇跡によって――」
「いいえ。……これは帝国からの『不当な魔力流用』によって維持されていた、ただの違法建築ですわ。……さらに言えば」
わたくしは、ペンをぐいと押し込みました。
バリバリと、空間が割れるような不快な音が響きます。
「この土地、三百年前に帝国から『聖地への寄進』という名目で無償貸与されたものですが……。……契約書の第十五条、『貸与目的以外の利用』が認められた場合、即座に返還される、とありますわ。……司祭様、あなた方がこの聖域の地下で『魔力の闇取引』を行っているという証拠……、わたくし、既に掴んでおりますの」
わたくしは、ペンで虚空に大きな『×印』を描きました。
「よって、本物件は現在、重大な契約違反につき――“差押”の対象となりました。……執行官としての権限を行使し、結界の機能を『停止』。……および、門の所有権を帝国へと移転しますわ」
パキィィィィィィィンッ!!
聖教国の誇りであった『絶対不可侵の結界』が、まるで見捨てられた安物の電球のように、一瞬で掻き消えました。
司祭たちは、腰を抜かして雪の上にへたり込みます。
「あ……あ……。……神の、神の結界が……壊れた……?」
「壊した、のではありませんわ。……『支払不能』で凍結しただけです。……さあ、陛下。……道は開けましたわ。……お掃除を続けていただけますかしら?」
カエルス陛下が、愉悦に満ちた声を上げ、わたくしの腰を抱き寄せました。
「……見事だ、ヴィクトリア。……神の門を、不法占拠の物件として処理するとはな。……さあ、司祭ども。……『管理人』である私の入城を、誰が拒むというのだ?」
わたくしたちは、もはや障害のなくなった門をくぐり、聖都の内側へと足を踏み入れました。
ですが。
門をくぐった瞬間、わたくしの『錆びたペン』が、かつてないほど激しく震え始めました。
「……っ」
鼻を突く、吐き気をもよおすほどの「数字の死臭」。
聖都の地下深くに、この世界そのものを破産させかねない、巨大な『負債の化け物』が眠っている――。
わたくしのペンが、そう警告しておりました。
「……陛下。……この聖都、見かけ倒しですわ。……中身はすべて、底なしの『負債』でできておりますのね」
光り輝く街並みの裏側に隠された、神々すらも沈黙する地獄の帳簿。
さあ、精算の最終段階の始まりですわ。
「この聖域、中身はすべて底なしの負債でできておりますわ」
聖域の門を「違法建築の差押物件」として一蹴するヴィクトリア様。
信仰という曖昧な盾が、彼女の冷徹なペンによって剥ぎ取られていく様、いかがでしたでしょうか。
次話、ついに聖都の中枢へ!
そこで二人が目にするのは、奇跡の対価として「国民の魂」を担保にした、あまりにも醜悪な巨大装置だった……!?
「結界を事務的に停止させるの、かっこよすぎる!」
「地下に眠る負債の正体が気になる!」
と少しでも感じていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで、わたくしの「出張監査費」の支援をお願いいたしますわ。
利息以上の「絶望と快感」を、聖都の最深部でお約束いたします。
それでは、神の財布の底まで、ご一緒いたしましょう。




