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第21話:異端審問と、奇跡の原価計算。――神聖なるお祈り、一回につき銀貨三枚のコストですわね。

宮殿の厚い石壁を突き抜けて、重々しい鐘の音が帝都に響き渡る。

 それは祝祭の合図でも、葬列の導きでもない。北の聖教国が、不都合な存在を「浄化」する際に鳴らす、呪いの旋律メロディ


「……陛下。……お客様は、正面玄関からお通しするのが礼儀ではありませんの?」


 わたくしは、カエルス陛下の腕に寄り添ったまま、謁見の間の大扉を見据えました。

 扉が音もなく左右に開き、白銀の法衣を纏った一団が、冷徹な行進曲のように入廷してきます。

 先頭に立つのは、黄金の杖を握った初老の男。聖教国の筆頭審問官、バチカン。


「ヴィクトリア・フォン・アストレア。……そして、カエルス・ヴォル・ノワール」


 バチカンの声は、感情を排した無機質なものでした。

 彼はわたくしたちの前に立つと、仰々しく羊皮紙を広げ、地を這うような低音で告げます。


「貴公らは神界の禁域を侵し、聖なる魔力を私物化した。……これは全大陸への裏切りであり、神への冒涜である。……聖教国は、その身柄を“異端審問裁判”へ送ることを要求する」


 謁見の間の温度が、数度下がったような錯覚を覚えました。

 騎士たちが息を呑み、控えの間からは文官たちの怯えたような囁きが聞こえてきます。

 「異端審問」。……それは、生きたまま魂を「帳簿」から消されるのと同義の宣告。


「……ハ、ハハハ! 面白いな、バチカン。……我が帝国を救った執行官を、神の泥棒呼ばわりか」


 カエルス陛下が、愉悦に満ちた、けれど殺気の籠もった笑い声を上げました。

 陛下の背後で「死神」の魔力が渦巻きます。


「この女を連れて行きたければ、まずはこの帝都を血の海に沈めてからにしろ。……私の『眠り』を邪魔した負債、その命ですべて精算させてやるぞ」


「……陛下、お待ちなさいませ」


 わたくしは、扇で陛下の胸元を軽く制しました。

 暴力で応じれば、彼らの「被害者」としての立場を強化するだけ。……ここは、数字の暴力・・・・で応じるのが、わたくしの流儀です。


「バチカン様。……異端、とおっしゃいましたかしら? ……わたくしの帳簿によれば、貴国こそが現在、大陸最大級の『不透明な資金運用』を行っている疑いがございますけれど」


「……何だと? 小娘、言葉を慎め。……神への寄付は、すべて天界の意思によって――」


意思こころで、お腹は膨れませんわよ」


 わたくしは一歩、審問官の前へ踏み出しました。

 クロエが影から現れ、一冊の、驚くほど厚い帳簿を提示します。


「聖教国が昨年、大陸商業連盟から受け取った『特別献金』……金貨五億枚。……名目は『聖地の修繕』ですが、実際にはその八割が、連盟の競合相手を陥れるための“宣伝工作費”として流用されていますわね。……さらに言えば」


 わたくしは懐から『錆びた鉄のペン』を取り出し、バチカンが掲げる黄金の杖を指しました。


「その杖に宿る『癒やしの奇跡』。……先ほどから、わたくしのペンが不快なノイズを立てていますの。……クロエ、その奇跡の『原価』を報告して」


「はい。……審問官様が先ほど歩きながら発動させた、空気清浄の奇跡。……消費魔力は一般家庭の三日分。……さらに、周囲の騎士たちから微量ながら『感謝の念』という名のバイタルエネルギーを無許可で徴収しております。……市場価格に換算すれば、一分につき金貨二枚の過剰請求ですわ」


 バチカンの顔が、一瞬で土気色に変わりました。

 聖なる力。神秘。……それを単なる「エネルギーの不当利得」として解体されるのを、彼は最も恐れていたのでしょう。


「貴様……! 神聖なる光を、金銭で測るとは……! やはり悪魔の所業! この場で浄化してくれよう!」


 バチカンが杖を振り上げました。

 眩いばかりの光が溢れ出し、周囲の者を跪かせようと圧力がかかります。

 

 ですが、わたくしは、その光の中を優雅に歩み寄りました。


「……眩しいだけですわ。……陛下。この光、単なる『魔導反射による視覚攪乱』です。……お祈りのたびにこんな無駄な演出をしているから、貴国の帳簿はいつも火の車なのですわよ?」


 わたくしは、ペンを杖の宝珠へと突き立てました。

 パキィィィィン……!

 乾いた音と共に、神聖なはずの光が、ガラス細工のように砕け散ります。


「審問を受け入れる準備はできておりますわ。……ただし。――わたくしが『検察官』として、貴国のすべての隠し口座を開示することを条件に、ね」


 わたくしは、扇をカチリと閉じ、最高の嘲笑を浮かべました。


「バチカン様。……神様は、嘘を吐かないかもしれませんが……。……帳簿を付けるのは、人間ですもの。――そこに付け入る隙がないとでも、お思い?」


 審問官たちの顔に、初めて「恐怖」が宿りました。

 彼らが連れて行こうとしたのは、異端の令嬢ではない。

 自分たちの腐敗した楽園を、根こそぎ差し押さえに来る「経済の死神」だったのだと。


「……精算のお時間ですわ。……さあ、異端審問裁判、始めましょうか。……大陸中の皆様の前で、あなた方の『神聖な嘘』を、一ゴルド単位で暴いて差し上げますわよ」


 帝都に鳴り響く鐘の音。

 それはもはや、わたくしへの葬送曲ではなく、聖教国の破滅を告げるカウントダウンへと変わっておりました。

「お祈り一回につき、銀貨三枚のコストですわね」


聖教国の審問官すら「ただの浪費家」として扱うヴィクトリア様。

「奇跡」という曖昧なものを、冷徹に「エネルギーの浪費」として解体するカタルシス、いかがでしたでしょうか。


次話、ついに大陸全土が注目する「異端審問裁判」が開廷!

ヴィクトリア様が聖教国の「裏帳簿」をどうやって手に入れたのか、そして商業連盟との癒着の証拠をどう突きつけるのか。


「神聖な杖をペン一本で割るの、最高にスカッとする!」

「ヴィクトリア様が検察官になる展開、ワクワクする!」

と少しでも感じていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いいたしますわ。


利息以上の「知的蹂躙」を、次話の法廷劇でお約束いたします。

それでは、神の財布、覗かせていただきましょうか。

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