第19話:魔導デフレと、新通貨の夜明け。――信用の価値、わたくしが決定いたしますわ。
「……消えましたわね。退屈な映像でしたわ」
女帝セレスティアの投影が消え、静寂が戻った執務室。わたくしは扇を閉じ、窓の外を見つめました。
再起動した帝都の灯りは、今や連盟の管理を離れ、わたくしの数式によって冷たく輝いています。
「ヴィクトリア。セレスティアの言った『大陸中の商人を敵に回した』という言葉……。奴は単なる脅しで済ませる女ではないぞ」
カエルス陛下が、わたくしの肩に置いた手に力を込めました。その掌から伝わる微かな熱が、夜の冷気の中で唯一の現実感を持っていました。
「ええ、陛下。……彼女は今、この瞬間に『精算』の準備を終えたはずです。……物理的な灯りを取り戻したわたくしたちに対し、彼女が次に奪うのは――人々の『安心』という名の数字ですわ」
その予言は、翌朝の太陽が昇ると同時に、血の混じった絶叫となって帝都に響き渡りました。
「報告いたします! 大陸商業連盟が声明を発表! 『帝国が管理権を強奪した魔導具に対し、一切の保証を破棄する。それに伴い、帝国通貨ゴルドでの決済を今後全面的に拒否する』とのことです!」
伝令の声が震えています。
朝の市場が開いた瞬間、帝国全土の経済が「心臓麻痺」を起こしました。
連盟の保証がない魔導具は価値が疑われ、それに関連する全ての証券が暴落。さらに、大陸標準通貨である『連盟金貨』への交換が拒否されたことで、帝国通貨ゴルドは、一夜にしてただの『汚れた紙切れ』へと成り下がったのです。
「パンの値段が昨日の十倍になっている!? これじゃ何も買えないぞ!」
「銀行の前に長蛇の列だ! 預金を引き出せ! ゴルドが紙屑になる前に!」
窓の下からは、市民たちのパニックが濁流のように押し寄せてきます。
これが『魔導デフレ』。……文明の利器を維持する信用が消え、通貨の価値が底なし沼に沈んでいく、目に見えない虐殺。
「……クク、ハハハ! なるほど、セレスティア。国を物理的に焼くのではなく、数字で窒息させるか。……ヴィクトリア、どうする。近衛騎士団を出して銀行を封鎖させるか?」
カエルス陛下が不敵に笑いながら、剣の柄に手をかけました。
わたくしは、そんな陛下の手を扇で優しく制しました。
「いいえ、陛下。……暴力で数字は抑えられませんわ。……数字には、さらに巨大な『数字』をぶつける。――それが監査官の流儀です」
わたくしは、クロエに向き直りました。
「クロエ。……地下の『神の貯蔵庫』を開放なさい。……陛下が神々から奪い返した、あの純度百パーセントの魔導水晶を、中央銀行の金庫へと運び込むのです」
「……承知いたしました。……既に、輸送の準備は完了しております。……お嬢様、世界を驚かせる準備は?」
「ええ。……精算の仕上げに、新しい『価値』を定義して差し上げましょう」
数時間後。
帝都最大の中央銀行、そのバルコニー。
預金を引き出そうと殺到し、今にも暴動を起こしそうな数万の群衆の前に、わたくしは姿を現しました。
「静まりなさい。――負債に塗れた哀れな子羊たち」
わたくしの声は、魔導拡声器を通じて帝都中に響き渡りました。
怒号が止まり、絶望に満ちた数万の視線が、わたくしという「異邦の令嬢」へと集中します。
「大陸商業連盟は、帝国通貨を見捨てました。……彼らは、自分たちの都合で発行した紙切れこそが世界の中心だと信じている。……ですが、わたくしはこう思いますの。――姿も見せぬ他人の信用など、泥水以下の価値もございません」
わたくしは、懐から『錆びた鉄のペン』を取り出し、背後に置かれた巨大な透明のケースを指しました。
そこには、神界の輝きをそのまま封じ込めたような、青白く脈打つ魔導水晶が鎮座しています。
「本日をもって、帝国通貨ゴルドの『連盟保証』を廃棄いたします。……代わりに、すべてのゴルドに対し、わたくしが管理する『純粋魔力』による裏付けを付与いたしますわ」
わたくしは、ペンを水晶へと突き立てました。
キィィィィン……!
耳を劈くような高音が響き、水晶から溢れ出した魔力が、帝都の空を青く染め上げました。
「これより、帝国通貨は『魔導本位制通貨・アストレア』へと強制換装されます。……この新通貨は、大陸商業連盟の機嫌に左右されません。……なぜなら、この通貨の価値は――わたくしが神から奪い返した『命のエネルギー』そのものによって、永遠に保証されているからですのよ!」
群衆が、息を呑みました。
連盟が発行する「信用」という不確かなものではなく、目の前で輝く「絶対的なエネルギー」が通貨の担保になる。
それは、大陸の歴史上、誰も成し遂げられなかった『経済の神格化』。
「……パンの値段が戻っていくぞ……?」
「それどころか、連盟金貨よりもこの『アストレア』のほうが魔力の含有量が高いじゃないか!」
パニックは、一瞬にして歓喜へと変わりました。
帝国の市場は、崩壊するどころか、かつてないほどの『超硬貨』を手に入れ、大陸中の資金を吸い込み始めたのです。
わたくしは、震えながら自分たちの全財産を連盟金貨へ換えようとしていた商人たちを、冷ややかに見下ろしました。
「あら。……連盟の保証を信じてゴルドを投げ売りした方々。……おめでとうございます。……あなたたちが手にしたその連盟金貨、明日にはわたくしの『新通貨』によって、ただの重たい金属へと格下げして差し上げますわ。――精算、完了です」
バルコニーの奥。
カエルス陛下が、わたくしの腰を引き寄せ、耳元で低く笑いました。
「……ヴィクトリア。貴公は、神の次は『世界銀行』そのものを破産させるつもりか」
「いいえ、陛下。……わたくしが、新しい『銀行』になるだけですわ」
帝都に、新しい夜明けが訪れました。
ですが、わたくしの帳簿には、まだ消し去るべき名前が一つ残っています。
セレスティア様。
あなたの財布の中身、すべてわたくしの色に染めて差し上げますわ。
「わたくしが、新しい『銀行』になるだけですわ」
セレスティアの仕掛けた経済攻撃を、通貨制度そのものの刷新で跳ね返したヴィクトリア様。
「神から奪った魔力」を担保にするという、これ以上ない説得力のある逆転劇、いかがでしたでしょうか。
次話、ついに追い詰められたセレスティアが「経済」を捨て、「実力行使」の暗殺者を帝都へと送り込みます。
執行官ヴィクトリアを守るため、カエルス陛下の「死神」としての刃が再び振るわれる!?
「新通貨発行のスケールが大きくてワクワクする!」
「セレスティアの顔が屈辱で歪む様が目に浮かぶ」
と少しでも感じていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで、わたくしへの「投資(評価)」をお願いいたしますわ。
利息以上の「カタルシス」を、次話の直接対決でお約束いたします。
それでは、精算は……まだ終わりませんわよ。




