第18話:魔導デフレと、特許の強制徴収。――独占、という言葉の定義を書き換えましたわ。
「……冷えますわね。陛下」
暗闇に沈んだ皇宮の執務室。わたくしは、カエルス陛下から贈られたばかりの『星涙石』の温もりを掌で転がしながら、窓の外を見下ろしました。
先ほどまで帝都を彩っていた魔導灯の海は、いまや黒い墓標の群れ。
人々の悲鳴と、止まった魔導揚水ポンプの代わりに溢れ出した水の音が、夜の静寂を切り裂いていました。
「……ヴィクトリア。騎士団からは、中央銀行の魔導金庫が固く閉ざされ、強制解錠の魔術すら弾かれたと報告が来ている。……経済が、物理的に止まったぞ」
カエルス陛下の声は低い。怒りではなく、獲物を定める猛獣のような、静かな殺気が籠もっていました。
「ええ。商業連盟のやり口は、いつも通り『傲慢』ですわ。……自分たちが開発した技術を、他人が自由に使うのが我慢ならないのでしょうね。……ですが、陛下。わたくしに言わせれば、これは『所有権の放棄』に等しい行為ですわよ」
「放棄だと? 奴らは権利を主張して、ロックをかけたのだぞ」
「あら。……契約書の第百四条、『保守義務の不履行』に関する項目をお忘れ? ……クロエ」
闇の中から、クロエが魔導ランタンの淡い光を灯して現れました。
その手には、商業連盟が帝国全土の商店や役所と交わした、数万枚に及ぶ『利用規約』の要約が握られています。
「……お嬢様。……全規約を確認いたしました。……いずれの契約にも『連盟は、利用者の生命および財産の安全を担保するため、常時正常な稼働を保証する義務を負う』との一文がございます。……今回の遠隔ロックは、この義務に対する明白な違反ですわ」
「お聞きになりまして、陛下?」
わたくしは、懐から『錆びた鉄のペン』を取り出しました。
暗闇の中で、ペン先が冷たく青い火花を散らしています。
「彼らは『利用規約』という名の盾を自ら壊しました。……なれば、わたくしが執行官として、その『壊れた盾』を没収しても文句は言わせませんわ」
わたくしは執務室の壁に設置された、沈黙したままの巨大な魔導回路図へと歩み寄りました。
帝都のすべてのエネルギーを制御する、心臓部。
そこには、商業連盟の紋章が刻まれた「ブラックボックス(遠隔制御装置)」が、侵入を拒むように赤く発光していました。
「……ヴィクトリア、何をするつもりだ」
「再起動ですわ。……ただし、彼らが設定した『利息』を支払わない、クリーンな形での、ね」
わたくしは、錆びたペンをそのブラックボックスの隙間に、迷いなく突き立てました。
「――監査開始。……特許番号:帝1009号『遠隔魔導遮断システム』。……その所有権を、契約不履行につき『帝国の公共財産』へと強制移転しますわ」
ペン先から溢れ出した漆黒の数式が、ブラックボックスを侵食し始めました。
ジ、ジジ……と、機械が悲鳴を上げるような音を立てます。
『――警告。……不当なハッキングを検知。……本技術は大陸商業連盟の独占資産であり――』
装置から無機質な合成音声が響きました。わたくしは、その音声に被せるように、冷徹な一言を放ちます。
「独占? ……あら、それは昨日までの言葉ですわ。……今日からこの技術は、わたくしへの『損害賠償金』の一部として、没収いたしましたの。――精算なさい!」
わたくしがペンを一気に引き抜くと、ブラックボックスを覆っていた赤い結界が、ガラス細工のように粉々に砕け散りました。
その直後。
ドォォォン……!
執務室の魔導回路から、眩いばかりの青白い奔流が噴き出しました。
一分。二分。
瞬く間に、帝都の灯りが端から順に、以前よりも力強く点灯し始めました。
魔導揚水ポンプが唸りを上げ、中央銀行の金庫が、音もなく開錠される音が遠くから聞こえてきます。
「……灯りが、戻った」
カエルス陛下が、驚愕の面持ちで窓の外を見つめました。
そこには、商業連盟の支配から解き放たれ、ヴィクトリアという新しい「主人」に忠誠を誓った帝都の夜景が広がっていました。
「陛下。……ただ灯しただけではありませんわよ」
わたくしは、ペンを回しながら不敵に微笑みました。
「先ほどの処置で、連盟が設置していた『マナの中抜き回路』をすべて切断いたしました。……明日から、帝都のエネルギーコストは従来の半分になりますわ。……一方で、商業連盟の収益計算書からは、帝国という巨大な市場が消え去る。……彼らが今日支払った代償は、金貨一兆枚でも足りませんわよ?」
「……クク、……くははは! 貴公は、本当に……!」
カエルス陛下が、愉快そうに、そして誇らしげにわたくしの肩を抱き寄せました。
「……略奪者よりも酷いな。……彼らの宝を、彼らの目の前で『ゴミ』に変えてしまったのだから」
「あら、陛下。……ゴミではありませんわ。……これからは、わたくしたちの『共有財産』ですもの。大切に使いましょうね?」
その時。
回路図のモニターに、ノイズが走りました。
先ほど砕いたはずのブラックボックスから、青白い光が収束し、一つの立体映像を形作ります。
そこに現れたのは、金色の髪を冷厳に編み上げ、玉座に座る一人の美女。
大陸商業連盟の頂点、女帝セレスティア。
『――見事な手際ね。……アストレア公爵家の“はぐれ令嬢”』
彼女の冷徹な声が、執務室に響き渡りました。
セレスティアは、画面越しにわたくしを射抜くような視線で射すくめました。
『我が特許を奪い、規約を書き換えたその蛮行……。……大陸全土の商人を敵に回したと、理解しているのかしら?』
「あら、セレスティア様」
わたくしは、カエルス陛下の腕に寄り添ったまま、優雅に扇を広げました。
「敵に回した? ……いいえ、勘違いしないでいただけます? ……わたくしはただ、あなたたちが使いこなせなくなった『資産』を、有効活用して差し上げているだけですわ」
わたくしは、懐の『星涙石』に触れながら、最高の嘲笑を浮かべました。
「……楽しみですわね。……明日、市場がオープンした瞬間、大陸商業連盟の株価がどこまで垂直落下するのか。……ああ、そうそう。――落ちる前に、わたくしが買い取って(・・・・)あげてもよろしくてよ?」
セレスティアの眉が、微かに、けれど激しく震えました。
帝都の夜。
勝利の祝杯を挙げるには、まだ早いかしら。
精算の第二幕、世界を賭けた「買収劇」の始まりですわ。
「明日、あなたの株価がどこまで垂直落下するのか楽しみですわ」
……ふふ、商業連盟の女帝相手に、初対面で「お前の会社を買い取ってあげる」と言い放つヴィクトリア様。
まさに、冷徹なる執行官の真骨頂ですわね。
特許という盾を奪われたセレスティアが、次にどのような「実力行使」に出るのか……。
次話、大陸経済が揺れ動く「魔導恐慌」の中、ヴィクトリア様が仕掛ける「全大陸規模の市場操作」!
数字の奔流が、誰を溺れさせ、誰を浮上させるのか、どうぞお楽しみに。
「ペン一本で街の灯りを戻すの、かっこよすぎる!」
「女帝のプライドを粉々にするヴィクトリア様、最高!」
と少しでも感じていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで、わたくしへの「投資(評価)」をお願いいたしますわ。
利息以上の「知的快感」を、次話の市場開放でお約束いたします。
それでは、世界を買い叩きに行きましょうか。




