第15話:事後処理と祝杯の紅茶。――大陸の帳簿、その一頁目が捲られましたわ。
「……静かですわね。陛下」
旧王国の王宮……いえ、現在は『ノワール帝国・アストレア特別行政区』の総督府となった建物のバルコニー。
わたくしは、かつてジュリアン王子が誇示していた紋章が削り取られ、代わりに帝国の双頭鷲が刻まれる音を背に、温かな紅茶を口に含みました。
眼下には、王都の街並みが広がっています。
数日前までの絶望的な暗闇は消え、アストレア商会が供給を再開したクリーンな魔導灯が、優雅に夜を彩っていました。
「ああ。……あんなに騒がしかったゴミ共が、一掃されたからな」
隣に立つカエルス陛下が、深く背を預けて夜風に目を細めています。
その顔に、かつての死神のような険しさはもうありません。彼は今、わたくしの「監査」によって得られた、数年ぶりの深い眠りの余韻を惜しむかのように、穏やかな空気を纏っていました。
「陛下。……旧王族および、大公派の貴族たちの移送は完了いたしましたわ」
影から現れたクロエが、一冊の報告書を差し出しました。
わたくしがページを捲ると、そこにはかつて贅沢の限りを尽くしていた者たちの「新しい職場」が記されていました。
「ジュリアン氏……ああ、今はただの『債務者A』でしたわね。彼は帝都の地下水路掃除の研修に。エララ様は帝国の魔導研究所にて、無害な魔力抽出の被検体として。……その他の貴族たちも、その肥え太った体に見合うだけの労働を、新しい行政区の開墾地で提供していただくことになっております」
「……あいつらが、土に触れるのか。見ものだな」
カエルス陛下が不敵に笑います。
彼らにはもう、身分も、誇りも、わたくしへの憎しみを叫ぶ気力すら残っていません。
あるのは、明日の食事を得るために必要な「労働」という名の、あまりにも誠実な数字だけ。
「精算とは、単に奪うことではなく、あるべき姿に戻すことですわ。……彼らはようやく、自分が消費していたものの『重み』を理解するのでしょう。……ふふ、実に教育的ですわね」
わたくしが扇を閉じると、カエルス陛下がわたくしの手を取り、その指先に自分の指を絡めました。
契約の握手ではなく、確かめるような熱。
「ヴィクトリア。……貴公は、この国を救うためにこれほどの劇薬を用いたのか?」
「救う? まさか。……わたくしはただ、不渡りを出した店を畳み、優良な顧客に資産を譲渡しただけですわ。……陛下、あなたという『顧客』が、わたくしを最も高く買ってくださった。それだけのことです」
「……相変わらず、可愛げのない回答だ。……だが、その冷徹さが、今の私には何よりも愛おしい」
カエルス陛下が顔を近づけ、わたくしの耳元で低く囁きました。
「……世界が動き始めたぞ、ヴィクトリア。貴公が王国を解体したことで、大陸の均衡が崩れた。……北の聖教国、南の商業同盟……奴らは今頃、自分たちの帳簿を隠すのに必死だろう」
「あら、隠しても無駄ですわよ。……わたくしのペンの前では、どんな偽造も、どんな虚飾も、すべては透けて見えますもの」
わたくしは懐から『錆びた鉄のペン』を取り出しました。
月光を浴びたそのペン先が、微かに、そして激しく拍動しているのを感じます。
……おかしいですわね。
王国の資産はすべて清算したはずなのに。……このペンは、まだ「次の負債者」を指し示している。
「クロエ。……北の方角から、妙な数字の音が聞こえなくて?」
クロエが目を細め、夜の静寂に耳を澄ませました。
「……お嬢様。……『大陸商業連盟』の特使が、国境を越えたとの報が入っております。……彼らは、今回の王国解体に際し、旧王家が結んでいた『不平等な通商条約』の継続を要求しているとのこと」
「通商条約……? ああ、あの『吸血鬼の契約』と呼ばれた、王国を干上がらせるための搾取書のことかしら?」
わたくしは、手元の空になったティーカップを見つめ、残酷な笑みを浮かべました。
「陛下。……どうやら、お祝いの時間はここまでのようですわ」
「……ほう。次は、大陸中の金貸しどもを相手にするつもりか?」
「いいえ。……彼らに教えるのですわ。――わたくしの許可なく、この地から一ゴルドの利息も持ち出すことは許さないと。……精算の舞台は、今ここから大陸全土へと広がります」
わたくしはペンを掲げ、夜空に一筋の直線を引きました。
それは新しい「国境」であり、新しい「支配」の始まり。
第一部、王国差押編。――これにて帳簿を閉じます。
そして第二部、大陸再編編。――最初の一頁、書き記させていただきますわ。
「精算のお時間ですわ。……世界中の皆様。わたくしの請求書、届くのを楽しみにしていてくださいな」
「大陸の帳簿、その一頁目が捲られましたわ」
第一部完結、おめでとうございます!
ヴィクトリア様とカエルス陛下の勝利、そしてクズたちの労働刑……。
これ以上ないスッキリした終わり方でしたわね。
ですが、ここからが本番です。
王国の「外」には、さらに狡猾で、さらに強欲な「世界規模の怪物たち」が潜んでいます。
彼らがヴィクトリア様に「契約」という名の鎖をかけようとする時、彼女がどのようなロジックで彼らを破滅させるのか。
「陛下との距離が近くなっててニヤニヤする!」
「第二部の敵も徹底的にボコボコにしてほしい!」
と少しでもワクワクしていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで、第二部への「準備金(評価)」をお願いいたしますわ。
利息以上の「知的蹂躙」を、次なる章でお約束いたします。
それでは、大陸全土を舞台にした「精算の旅」へ、ご一緒いたしましょう。




