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第11話:暗黒の王国と、不渡りの奇跡。――「聖女の光」は、本日をもってサービス終了ですわ。

「……消えた? 何だと、何が消えたと言っているのだ!」


 王城の執務室。

 かつてヴィクトリアが完璧に管理し、常に適温と柔らかな光に満ちていたその部屋は今、凍てつくような静寂と、鼻をつく脂の臭いに支配されていた。


 ジュリアン王子は、デスクの上に置かれた煤だらけの安価な蝋燭を見つめ、震える声で叫んだ。

 彼の自慢だった特注の魔導暖房も、室内を照らしていた精霊灯も、すべてがただの鉄屑と化している。


「報告いたします! 王都全域の魔導回路が沈黙! 隣国ノワール帝国からの魔力供給が突如遮断されました! 現在、王都は完全な停電状態にあります!」


「馬鹿な! 帝国との供給契約は、あと十年は残っているはずだぞ!」


「それが……その契約の保証人・・・・がヴィクトリア様本人であったため、彼女の国外追放に伴い『信用の失墜』とみなされ、強制解約された模様です!」


 ジュリアンはデスクを叩いた。

 暗闇の中で、彼の顔は恐怖と怒りで醜く歪んでいる。

 だが、絶望はそれだけではなかった。


「ジュリアン様ぁ……! 助けて、何かがおかしいの……!」


 部屋の扉を激しく開けて飛び込んできたのは、聖女エララだった。

 だが、その姿に、かつての可憐な面影はない。

 彼女の指先からは、無理に魔力を絞り出そうとした反動か、どす黒い「すす」のような光が漏れ出し、彼女自身の肌を蝕んでいた。


「エララ!? その光はどうした! 早く私の心を癒やしてくれ、この暗闇を払ってくれ!」


「無理よ、できないの! 祈っても、祈っても……『残高が足りません』って、頭の中で誰かの声がするのよぉ!」


 エララが床に泣き崩れる。

 彼女が「奇跡」と呼んでいた力は、ヴィクトリアが帝国から引き出し、王国の口座へ振り込んでいた「借入魔力」に過ぎなかった。

 供給源が断たれ、支払いが滞った今、彼女が使おうとする魔法はすべて「無登録の闇金」からの取り立てに変わっていた。


 ジュリアンが彼女を助け起こそうとした時、老齢の宰相が、血相を変えて転がり込んできた。


「殿下! 大変です! 王都の民衆が暴徒化しております! 『聖女の治療を受けた者が、次々に急死している』との噂が広まり、教会の前は死体の山だと……!」


「なっ……何だと!? 聖女の光は、人々を救う救済の力ではなかったのか!」


「いいえ、殿下……。ヴィクトリア嬢がいなくなった今、ようやく判明したのです。エララ様の治癒魔法は、病を治していたのではない。対象者の『十年後の寿命』を今に前借りして、無理やり傷を塞いでいただけだったのです……!」


 宰相の言葉に、エララが悲鳴を上げた。

 彼女が振り撒いていた「慈愛」の正体は、国民の命を担保にした、あまりにも無計画なキャッシングだったのだ。


「そんな……。じゃあ、私が今まで救ってきた人たちは……」


「皆、支払い期限・・・・が来たのです。帝国での魔力革命の影響で、この世界の魔力相場が激変した。……その結果、前借りしていた寿命が一気に回収され始めたのですな」


 ジュリアンは、椅子に崩れ落ちた。

 暗闇の中で、彼はようやく理解し始めた。

 自分が捨てたのは、「可愛げのない婚約者」ではなかった。

 この国の経済、エネルギー、そして国民の命までもを一手に引き受け、帳尻を合わせていた「生ける安全保障」だったのだと。


「……ヴィクトリア。ヴィクトリアを、今すぐ連れ戻せ! あいつなら、この状況を何とかできるはずだ! 一千二百億ゴルドだろう? 払ってやる! いや、あいつの公爵家を再興させてやると言えば、喜んで戻ってくるはずだ!」


 ジュリアンの傲慢な叫びに、宰相は力なく首を振った。


「……無理です、殿下。アストレア公爵家の全資産、全使用人、そしてヴィクトリア嬢の戸籍すら、すでに帝国によって『買い上げ』られました。……現在の彼女は、帝国の『国家執行官』。……我が国が彼女に触れることは、帝国への宣戦布告と同義です」


「くそっ……! あいつめ、私を裏切って、敵国に魂を売ったのか! 卑怯な魔女め!」


 ジュリアンは、暗闇の中で空しく拳を振り回した。

 かつて彼を照らしていた贅沢な光も、彼を称賛していた取り巻きの声も、今はもうどこにもない。

 あるのは、脂臭い蝋燭の火と、自業自得という名の、終わりのない夜だけ。


「……精算のお時間ですわ、殿下」


 ふと、ジュリアンの耳の奥で、あの冷徹な声が響いた気がした。

 彼は怯えたように辺りを見回すが、そこにはすすり泣くエララと、冷え切った闇があるだけだった。


 王国の崩壊は、まだ始まったばかり。

 彼らが次に支払うべきは、金ではなく、残されたわずかな「プライド」すべてになるでしょう。

「祈っても、残高が足りません」


……ふふ、聖女様の「命のキャッシング」がついに不渡りを出しましたわ。

暗闇の中、自分たちの無能さを噛み締める王子たちの姿、いかがでしたでしょうか。


次話、ついに追い詰められた王国が、ヴィクトリア様を「国家反逆罪」で国際法廷に訴えようとする暴挙に出ます。

しかし、その法廷を支配しているのは……?


「エララの魔法が煤になる描写、最高!」

「王子がまだ自分の立場を分かってなくて笑える」

と少しでも感じていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いいたしますわ。


投資していただいた分の「絶望」は、次話の裁判劇でたっぷりお返しいたします。

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