第10話:神の強制退去。――わたくしの領地(じごく)へようこそ、不法占拠者様。
『――不遜なり、不遜なり、不遜なりッ! 我が奇跡を、我が光を、単なる貸借の理で測ろうとは!』
神の代理人が叫ぶ。黄金の翼が猛然と羽ばたき、貯蔵庫の空気が過加重で軋む。
だが、わたくしは扇で口元を隠し、冷ややかに笑うだけ。
怒声は敗者の鳴き声。威圧は理屈で勝てない者の最後の手札に過ぎませんわ。
「やかましいですわね。閣下、ここは既にわたくしの管理下にありますの。不許可の騒音は、追加の損害賠償対象になりますわよ?」
『死ね、傲慢な小娘が!』
代理人が放った光の奔流。それは触れるものすべてを分解し、無へと還す神の裁き。
だが、その白銀の閃光がわたくしに届く寸前――。
漆黒の斬撃が、光を縦一文字に切り裂いた。
「――私の執行官に、気安く触れるなと言ったはずだ」
カエルス陛下が、わたくしの前に立っていた。
その背中からは、今まで見たこともないほど濃密な、漆黒の魔力が溢れ出している。
三年間、彼を苛んでいた「不眠」という名の督促状。それをわたくしが『債務整理』で一時停止させた今、彼の魂は、数代前の皇帝すら凌駕する真の『死神』として覚醒していた。
『な……っ、なぜ動ける!? 貴様の魂には、代々の“原罪”という名の債務が刻まれているはずだ!』
「ヴィクトリアの帳簿によれば、それは既に支払い済みだそうだ。……ならば、お前に支払う義理は、一ゴルドも残っていない」
カエルス陛下が地を蹴る。
速い。それは時間の概念すら「差し押さえた」かのような、絶望的な速さ。
神の代理人が防壁を張る間もなく、漆黒の刃が黄金の翼を根元から断ち切った。
『ぎ、あああああああッ!? 我が、我が神聖なる翼がぁッ!』
「クロエ、精算の最終確認を」
わたくしは冷静に命じる。
影から現れたクロエが、淡々と「錆びたペン」の機能を拡張した魔導盤を操作する。
「……確認終了。神界側の『不法占拠』認定より三十秒経過。現時刻をもって、代理人個体の存在権を『資産凍結』。……および、強制消去による“物理的退去”を開始します」
「お聞きになりまして? ……さようなら、神様。未払いの利息は、そちらの天界の資産を売却して補填させていただきますわ。――“法的強制執行”」
わたくしが『錆びた鉄のペン』で虚空に一線を引くと、代理人の周囲の空間が、帳簿の頁が閉じられるように折り畳まれた。
黄金の光が、内側から黒い数式に喰い破られていく。
『おのれ……おのれぇえええ! 後悔するぞ! 我らを拒めば、この世界は光を失い――』
「光なら、わたくしが新しく『発行』いたしますわ。……既存の、汚れた通貨ではなく、わたくしの信用に基づいた、クリーンな魔力をね」
神の代理人は、最後の一言すら許されず、空間の隙間へと吸い込まれ、霧散した。
後に残ったのは、静寂。
そして、毒気を抜かれ、純粋な青い輝きを取り戻した巨大な魔導水晶だけ。
「……終わったか」
カエルス陛下が剣を引き、大きく肩で息をした。
その顔には、三年間消えることのなかった隈が、嘘のように消え去っている。
「ええ。ひとまずは、ね。……お疲れ様ですわ、陛下。これでようやく、安眠していただけますかしら?」
「……ああ。……驚くほど、体が軽い。……ヴィクトリア。貴公は、本当に、世界そのものを敵に回して、勝ってしまったのだな」
カエルス陛下は、ふらりと体を揺らし、わたくしの肩に頭を預けた。
かつて死神と恐れられた皇帝の、あまりにも無防備な重み。
わたくしは少しためらった後、その頭を優しく扇で叩いた。
「……倒れられるのは、わたくしの部屋まで我慢してくださる? 陛下をここまで運ぶ労力、わたくしの時給換算では相当高くつきますのよ」
「……ふ。……請求書を、……楽しみにして……いる……」
そのまま、スウスウと規則正しい寝息が聞こえてくる。
大陸最強の男が、貯蔵庫の冷たい床の上で、泥のように眠りに落ちた。
「お嬢様。……素晴らしい成果です。ですが、問題が一つ」
クロエが、外部の魔導通信機を手に、表情を険しくさせた。
「……何かしら?」
「帝国の『魔導負債』が整理された影響で、世界中の魔力バランスが崩壊しました。……特に、帝国からの『不当融資』に依存していた王国――アストレア公爵家を捨てた、あの国の魔力供給が完全にストップした模様です」
わたくしは、眠る陛下の髪を撫でながら、不敵に目を細めた。
「あら。それは、大変ですわね。……“聖女の光”という名のキャッシングで生き延びていたあの方たちが、今日からどうやって『支払い』を済ませるのか……。ふふ、見ものですわ」
王国の空から、光が消える。
一方的な婚約破棄という名の『倒産』を選んだ代償、今こそその身で支払っていただきましょう。
「光なら、わたくしが新しく発行いたしますわ」
神の独占市場を破壊し、エネルギー革命まで起こしてしまったヴィクトリア様。
そして、ついに訪れたカエルス皇帝との「安眠」。二人の信頼関係は、もはや契約以上のものになりつつありますわね。
次話、ついに王国側へ視点が移ります!
「光の聖女」の魔法が使えなくなり、パニックに陥るジュリアン王子。
彼らがヴィクトリア様にしたことの「真の恐ろしさ」を、暗闇の中で噛み締めていただくお時間です。
「神をゴミのように蹴り出すカタルシス、最高!」
「寝落ちした陛下を運ぶヴィクトリア様、可愛い……」
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投資していただいた分は、次話の王国の「無様な崩壊」で、たっぷり配当させていただきますわ。




