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『赤字を見る眼(バランス・アイ)』 追放鑑定士は国家の嘘を暴く ~聖剣が育てた負債の竜を、信用で倒します~  作者: 黒翼ルシオ


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第8話 改革は敵を作る

 三日目の朝。


 ヴェルグ港は、かつてないほどの喧騒に包まれていた。


 帆船が五隻、同時に入港する。


 荷下ろしの掛け声。

 魚の匂い。

 久しぶりに響く笑い声。


 入港数は、試験前の四倍。


 帳簿上の推移も、予測曲線通りに跳ねている。


「……戻ってきやがった」


 桟橋で腕を組むギルド長が、低く呟く。


 背後の赤が、揺らいでいる。


 腐敗の色が、焦燥へと変わりつつある。


 アシュレイは淡々と告げた。


「本日より、手数料一本化を」


「分かっている」


 苦々しい声。


「だが、半減はできん」


「では何割なら?」


「……三割」


「五割です」


「三割だ」


 沈黙。


 アシュレイは計算する。


 三割では不十分。


 だがゼロよりは良い。


「四割で妥結を」


 ギルド長が睨む。


 やがて、舌打ち。


「……四割だ」


 握手はない。


 だが合意は成立した。


 その瞬間、港に漂っていた赤が、わずかに薄れる。


 だが。


 その日の午後、問題は起きた。


「町長!」


 書記が駆け込む。


「東の大港が、緊急通達を出しました!」


 紙を広げる。


 《ヴェルグ港利用船舶に対し、関税優遇を停止》


 圧力だ。


「くそ……」


 町長が机を叩く。


「向こうも黙っていないか」


 アシュレイは冷静だった。


「予想通りです」


「予想通りだと?」


「競争相手が動くのは当然です」


 右目に数字が走る。


 関税優遇停止で、一部の船が戻らなくなる。


 だが価格差はまだヴェルグが有利。


「耐えられます」


「根拠は?」


「回転率と在庫量です」


 港倉庫の滞留在庫が減っている。


 資金回転が速まっている。


 短期的打撃はあるが、致命傷ではない。


 だが、もう一つ問題があった。


 夕刻、桟橋で怒号が上がる。


「報酬が減っただと!?」


 討伐帰りの冒険者が怒鳴っている。


 成功報酬型制度の導入で、固定報酬が削られたのだ。


「危険を冒してんのは俺たちだぞ!」


 赤が一気に濃くなる。


 感情の赤。


 アシュレイは前に出た。


「討伐数が増えれば、総報酬は増えます」


「保証できるのか!」


「できます」


「どうやって!」


 剣を抜きかける者もいる。


 そのとき、少年が桟橋の端から叫んだ。


「船、増えたじゃねぇか!」


 皆が振り向く。


 入港船がさらに一隻、帆を下ろしている。


「魚、売れてる!」


 少年の父が、網を抱えて笑っている。


 ざわめき。


 赤が、ほんの少しだけ揺らぐ。


 アシュレイは続ける。


「流通量が増えれば、依頼も増える。討伐数が増えれば成功報酬も増える」


 冒険者たちは顔を見合わせる。


「……三日だけだぞ」


 リーダー格の男が言う。


「三日で増えなきゃ、元に戻せ」


「承知しました」


 夜。


 アシュレイは宿で一人、帳簿を睨んでいた。


 順調だ。


 だが、脆い。


 外部圧力一つで崩れる。


 まだ基盤が弱い。


 窓の外に、赤い霧が漂う。


 王都ほどではない。


 だが、完全には消えない。


「構造を変えなければ、再発する」


 港だけでは足りない。


 信用の仕組み。


 担保制度。


 流通契約。


 やることは山積みだ。


 そのとき、右目が焼けるように熱を持った。


 視界の奥。


 王都の方向に、巨大な赤黒い影が揺れる。


 竜の輪郭が、より明確に。


 翼が広がる。


 そして。


 その背後に、少女の姿。


 静かな微笑。


 声が聞こえた気がした。


 ――小さな黒字では、足りない。


 瞬きをする。


 影は消える。


 だが、心に冷たいものが残る。


 港の赤は薄れつつある。


 だが王都の赤は、膨張している。


 その翌朝。


 帳簿を開いたアシュレイは、わずかに息を止めた。


 総税収、試験前比で一・二倍。


 黒字転換、目前。


 少年が走ってくる。


「約束、守れそうか?」


 期待に満ちた目。


 アシュレイは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「……ああ」


 数字は、嘘をつかない。


 だが。


 遠くの竜は、確実に育っている。


 ヴェルグの小さな勝利は、王都の巨大な負債に届くのか。


 それを証明するために。


 アシュレイは、次の一手を考え始めた。


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