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『赤字を見る眼(バランス・アイ)』 追放鑑定士は国家の嘘を暴く ~聖剣が育てた負債の竜を、信用で倒します~  作者: 黒翼ルシオ


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第7話 破綻寸前

 翌朝、ヴェルグの空は澄んでいた。


 だが港の空気は重い。


 桟橋には閑散とした風が吹き、縄に繋がれたままの小舟が軋んでいる。


 アシュレイは町長室の机に広げられた帳簿を見つめていた。


「過去三年分、すべて出してください」


 町長が眉をひそめる。


「そこまで見る必要があるのか?」


「あります。問題は昨日今日で生まれたものではない」


 帳簿をめくる。


 右目に赤が浮かぶ。


 三年前。

 東の大港が関税を引き下げた年。


 その翌年から、ヴェルグの入港数は減少。


 焦った町は使用料を引き上げた。


 結果、さらに船が減った。


「典型的な価格弾力性の誤読です」


「何だそれは」


「値を上げれば収入が増えるとは限らない、ということです」


 アシュレイは指で数字を示す。


「使用料半減で入港数が倍増すれば、総収入は変わらない。さらに流通量が増えれば、付随税収が上がる」


 町長は腕を組む。


「理屈は分かる。だが……」


 彼の背後に、赤が濃く漂う。


 不安だ。


「もし増えなかったら?」


「短期赤字が出ます」


「それをどう埋める」


 当然の問い。


 アシュレイは少し考え、言う。


「ギルドの手数料構造を再設計します」


「奴らが従うと思うか?」


「従わせます」


 町長が笑う。


「ずいぶん自信があるな」


「ありません」


 即答だった。


「ですが、数字は味方です」


 そのとき、扉がノックされた。


 入ってきたのは、昨日揉めていた商人だった。


「町長、また船が引き返した」


 顔には苛立ちが滲む。


「使用料が高すぎるってよ」


 町長が舌打ちする。


 赤が一段濃くなる。


 アシュレイは立ち上がった。


「今すぐ、臨時通達を出してください」


「何を?」


「港湾使用料、本日より半減」


 商人が目を丸くする。


「本気か?」


「条件付きです」


 アシュレイは続ける。


「半年間の試験導入。その間、入港数と税収を毎週公開」


「公開?」


「透明性が信用を生む」


 町長が腕を組んだまま考える。


 背後の赤が揺れる。


「……やってみろ」


 決断は早かった。


 通達は昼前に出された。


 港にざわめきが広がる。


「本当に半額か?」

「裏があるんじゃねぇか?」


 疑念は当然だ。


 アシュレイは桟橋に立ち、船乗りたちに直接説明した。


「使用料は半減。ただし、滞在日数の上限を設ける。回転率を上げるためです」


「ギルドは?」


「交渉中です」


 その言葉通り、午後にはギルド会館を訪れた。


 建物は立派だが、内部の赤は濃い。


 腐敗ではなく、過剰な取り分。


 ギルド長は肥えた男だった。


「監査官? ここは王都じゃないぞ」


「承知しています」


「手数料一本化? 冗談だろう」


「今の二重取りは持続しません」


 帳簿を指で叩く。


「入港数が減れば、あなた方の取り分も減る」


「だから値を上げている」


「それが間違いです」


 ギルド長の背後に赤が膨らむ。


「証拠は?」


「明日から三日間、入港数を見てください。使用料半減で船は戻る。あなた方が一本化に応じなければ、商人は直接契約を選ぶでしょう」


「そんなことができるか」


「できます。町長の承認を得ています」


 沈黙。


 ギルド長は目を細めた。


「失敗したらどうする」


「そのときは、私が町を去ります」


 リスクを背負う。


 それが信用の第一歩。


「……三日だ」


 ギルド長は言った。


「三日で結果を出せ」


 会館を出る。


 夕暮れの港は、まだ静かだ。


 赤い霧は薄いが、消えてはいない。


 夜、宿で帳簿を整理していると、窓の外で小さな影が動いた。


 十歳ほどの少年が、桟橋を見つめている。


「どうした」


 声をかけると、驚いたように振り向く。


「船、減っただろ」


 ぶっきらぼうに言う。


「父さん、漁に出られなくなったんだ。魚が売れないから」


 少年の背後には、淡い赤。


 家庭の負債。


「船が戻れば、魚も売れる」


「本当か?」


「本当だ」


 少年はじっと見つめる。


「約束だぞ」


「……約束だ」


 その言葉が、胸に重く落ちる。


 数字は読める。


 だが、この目は期待までは測れない。


 翌朝。


 水平線の向こうに、小さな帆が見えた。


 一隻。


 そしてもう一隻。


 桟橋がざわつく。


「船だ!」


 商人が走る。


 少年が目を輝かせる。


 アシュレイの右目に、数字が浮かぶ。


 入港数、前日比三倍。


 赤い霧が、ほんの少しだけ薄れる。


 だがまだ足りない。


 三日。


 勝負は始まったばかりだ。


 遠く、王都の方向。


 赤黒い竜が、わずかに身をよじる。


 小さな黒字は、巨大な負債に対抗できるのか。


 アシュレイは海を見つめた。


 証明しなければならない。


 希望は、削らずとも生めると。


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