第33話 契約改訂
王都中央広場。
崩れた石畳の中央に、聖剣が立てられている。
黒雲が渦を巻き、その下で竜が完全な姿を現していた。
城壁を越える巨体。
赤黒い鱗。
胸部には、裂け目のような亀裂。
その奥に――
条文が刻まれている。
『担保範囲を王国未来歳入に限定する』
竜が咆哮するたび、亀裂が赤く脈動する。
民衆は退避し、広場には限られた者だけが残った。
勇者レオハルト。
聖女エレノア。
財務卿ドミニク。
監査院長セレスト。
そして――アシュレイ。
「始める」
勇者が聖剣を握る。
だが全力ではない。
限定出力。
光は鋭く、しかし爆ぜない。
竜の動きを抑えるための最小限。
その間に、アシュレイが前へ出る。
契約原本を掲げる。
「三代前の改訂条文」
声を張る。
「一点集中は終わらせる」
竜の視線が向く。
巨大な瞳が、こちらを射抜く。
『奪うか』
低い声が空間を震わせる。
「奪わない」
即答する。
「分ける」
セレストが監査式を展開する。
空中に幾何学的な光の陣が浮かび上がる。
「再分散比率、算出済み」
リシェルが補助式を走らせる。
「王国歳入、連盟信用、市場流動性、民間資本」
「接続可能」
ドミニクが頷く。
「王国財政、接続承認」
聖女が目を閉じる。
「契約改訂、合意確認」
風が逆巻く。
竜が翼を振るう。
広場の石畳が割れ、瓦礫が舞う。
勇者が踏みとどまる。
「急げ!」
アシュレイは原文にペンを走らせる。
『担保範囲を世界総体の信用へ再分散する』
その瞬間。
聖剣が強く輝いた。
赤黒い脈動が一瞬止まる。
だが竜はまだ消えない。
胸の亀裂がさらに広がる。
『未来を、戻せ』
叫び。
「戻さない」
アシュレイは顔を上げる。
「未来は戻すものじゃない」
「選ぶものだ」
最後の一文を刻む。
『未来は担保ではない』
光が走る。
王都中に、金色の線が広がる。
王国財政。
連盟信用。
地下流通。
民衆の取引。
それぞれの小さな光が、竜の胸へ流れ込む。
亀裂が、赤から金へ変わる。
竜が大きく仰け反る。
咆哮が悲鳴に変わる。
『……分かれる』
「そうだ」
アシュレイは答える。
「一つに縛らない」
聖剣が、完全に金色へと変わった。
赤黒さは消え、澄んだ光が広場を包む。
竜の輪郭が揺らぐ。
巨体が、粒子へと崩れ始める。
だがまだ終わらない。
亀裂の奥から、最後の衝撃波が放たれる。
中央塔が崩れ落ちる。
地面が割れる。
勇者が叫ぶ。
「持ちこたえろ!」
金色の光がさらに強まる。
分散された信用が、衝撃を吸収する。
竜の身体が、赤黒い霧へと分解されていく。
完全な消滅ではない。
解体。
分散。
空が晴れ始める。
黒雲の隙間から、青がのぞく。
竜は、消えた。
負債は消えていない。
だが、一点ではない。
広く、薄く、世界へ溶けた。
広場に静寂が落ちる。
勇者が剣を地面に突き立てる。
「……終わったか」
アシュレイは空を見上げる。
「終わりじゃない」
「始まりだ」
青空の下、金色の光が静かに消えていった。
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