第30話 未来の担保
ヴェルグ港に、王城直属の白旗が掲げられた。
その下に立つ男は、誰の目にも分かった。
勇者レオハルト。
蒼い外套、聖剣を背負い、静かに桟橋を歩く。
民衆が息を呑む。
敵ではない。
だが、伝説の象徴。
役所会議室。
机を挟み、三者が揃う。
勇者レオハルト。
財務卿ドミニク。
連盟代表アシュレイ。
背後に、聖女エレノア、セレスト、リシェル。
沈黙が重い。
最初に口を開いたのは勇者だった。
「……あの影は、お前が言う“竜”か」
アシュレイは頷く。
「負債の集合体」
「聖剣の契約と連動している」
レオハルトは視線を伏せる。
「振るうたびに濃くなる」
自覚している。
部屋の空気が変わる。
もはや否定ではない。
「止めれば防衛線が崩れる」
勇者の声は低い。
「だが振るえば竜が育つ」
「だから改訂が必要です」
アシュレイが言う。
「契約の担保を変える」
「未来価値を担保にするのをやめる?」
ドミニクが問う。
「完全には無理だ」
「なら分散する」
セレストが補足する。
「未来価値を一点集中で担保にするから歪む」
「信用を広く、薄く、持続的に」
勇者が眉を寄せる。
「具体的には」
「聖剣発動を段階制にする」
アシュレイは続ける。
「全力解放ではなく、限定出力」
「その不足分を?」
「連盟信用で補完」
沈黙。
レオハルトはゆっくりと剣に触れる。
「……剣は力を求める」
「求めるのは契約だ」
セレストが言う。
「契約は修正できる」
「契約は絶対ではないのか」
聖女が小さく首を振る。
「契約は合意です」
静かな言葉。
「合意は更新できます」
勇者の瞳が揺れる。
王都で見た竜の胸部。
刺さる金色の線。
連盟信用。
「……お前の制度は、王都を支えている」
初めて、正面から認める。
アシュレイは静かに答える。
「支えられるのは、一部です」
「だが可能性はある」
レオハルトは立ち上がる。
「契約改訂に応じる」
随員が息を呑む。
「だが条件がある」
「何でしょう」
「王都を見捨てないこと」
即答する。
「連盟は国家を壊すためにあるのではない」
ドミニクが小さく笑う。
「若いが、愚かではない」
窓の外で、黒雲が渦を巻く。
竜が、ゆっくりとヴェルグ方向へ首を向ける。
距離が縮まる。
「時間は?」
勇者が問う。
「あと十日」
アシュレイが答える。
静寂。
「なら十日で準備する」
聖剣を握る。
「次の発動は、改訂後だ」
決断。
未満ではない。
勇者の“選択”。
セレストが即座に動く。
「監査院は緊急枠組みを策定」
「王国財政の一部を連盟基準へ接続」
リシェルが補助する。
「信用証書発行枠を一時拡大」
「だが基準は維持」
急拡大はしない。
強度を保つ。
夜。
ヴェルグの海が揺れる。
王都の空の竜が、ゆっくりと移動する。
その胸部の亀裂が大きく開く。
だが同時に。
金色の線が増えている。
国家と連盟。
対立から接続へ。
未来を担保にするのではなく、
未来を守るための信用へ。
アシュレイは夜空を見上げる。
「間に合うか」
隣に立つリシェルが言う。
「間に合わせるの」
遠くで咆哮が響く。
だが恐怖は、以前ほど濃くない。
恐怖の中に、意志が混じっている。
第2章、終幕。
戦いは武器ではなく、構造へ。
そして竜との最終対峙が、すぐそこまで迫っていた。
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