第29話 国家の選択
王都崩落から二日。
黒雲は依然として王都上空を覆っている。
竜は完全には姿を消さない。
半透明の輪郭のまま、ゆっくりと脈動している。
その胸部の亀裂は、いまも赤く光る。
そしてそこに――
細い金色の線が、幾筋も刺さっている。
財務局仮設会議室。
瓦礫の匂いが残る中、ドミニクは静かに言った。
「使者を出す」
部下が緊張した面持ちで問う。
「条件は?」
「条件を出せる立場ではない」
冷静な声。
「協議だ」
その言葉は重い。
国家が、連盟と“協議”。
かつて敵視した存在に。
――三日後。
ヴェルグ港。
王国旗を掲げた小型船が入港する。
港は静まり返る。
兵も剣に手をかける。
だが戦の空気ではない。
張り詰めた、静かな対峙。
桟橋に降り立ったのは、ドミニク本人だった。
随員は最小限。
威圧ではなく、誠意。
役所会議室。
アシュレイとドミニクが、初めて向き合う。
間に置かれた机は、ただの木製。
王都の豪奢な長机ではない。
「……若いな」
ドミニクが静かに言う。
「財務卿も」
アシュレイは淡々と返す。
リシェルとセレストが後方に控える。
王国側随員も同様。
「単刀直入に言う」
ドミニクの声は落ち着いている。
「王都は持たない」
空気が止まる。
「半顕現は確認済み」
アシュレイが答える。
「聖剣発動と連動している」
「……気づいていたか」
「視えています」
ドミニクはわずかに眉を動かす。
「視える?」
「構造が」
沈黙。
「連盟信用が、王都の崩落を局所的に抑制している」
ドミニクが言う。
「確認済みだ」
認めた。
「地下流通分が、負担を分散している」
「不完全ですが」
「それでも効果がある」
机上の緊張が変わる。
敵対ではない。
現実の共有。
「条件を提示する」
ドミニクが続ける。
「王国は連盟信用証書の禁止通達を凍結する」
随員が息を呑む。
「代わりに、王都財政へ正式導入を検討する」
重い提案。
リシェルが小さく息を吸う。
セレストは無表情。
「国家財政と連盟信用を接続する?」
アシュレイが問う。
「そうだ」
「危険です」
即答。
「王国の負債は巨大すぎる」
「理解している」
ドミニクの声は揺れない。
「だが今は延命が必要だ」
「延命では竜は消えない」
静かな衝突。
「竜は契約の歪み」
「未来価値の過剰担保」
言葉が交わる。
「聖剣契約を修正する必要がある」
アシュレイが言う。
随員がざわめく。
「それは国家存立の根幹だ」
「だからこそ」
視線が交錯する。
「勇者の理解が必要です」
ドミニクは目を閉じる。
難題。
だが避けられない。
「……レオハルトは揺れている」
初めて本音を漏らす。
「振るうほど竜が濃くなることを感じている」
沈黙。
「ならば三者協議だ」
セレストが初めて口を開く。
「王国、連盟、聖剣契約者」
冷静な声。
「信用制度だけでは竜は消えない」
「契約改訂が必要」
ドミニクはゆっくりと頷く。
「……国家の威信は傷つく」
「世界が消えれば意味がない」
静かな真理。
その瞬間。
空が揺れた。
ヴェルグ上空に、黒雲の一端が流れ込む。
遠い咆哮。
全員が窓を見る。
竜の影が、王都からこちらへわずかに動いた。
「時間がない」
アシュレイが言う。
「あと二週間」
ドミニクが小さく息を吐く。
「国家の選択は一つだな」
立ち上がる。
「協力する」
正式な宣言ではない。
だが事実上の同盟。
敵対から、共闘へ。
セレストが淡々とまとめる。
「緊急枠組みを構築する」
「監査院が接続条件を提示」
「王国財政の一部を連盟基準に移行」
歴史的転換。
ヴェルグの小さな港町が、国家の中枢と結ばれる。
空で竜が咆哮する。
だがその胸に刺さる金色の線が、確実に増えている。
戦いは武器ではなく、制度へ。
次に決断するのは――
勇者だ。
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