第25話 監査院長セレスト
ヴェルグ港に、一隻の小型船が入港した。
無駄のない白い外套。
風に揺れる銀髪。
その女は、桟橋に降り立つと周囲を一瞥した。
「……思ったより静かね」
セレスト・ヴァレンティア。
元王都法学院教授。
国家財政の破綻可能性を論文で指摘し、疎まれて去った女。
リシェルが出迎える。
「ようこそ、連盟へ」
「歓迎は不要」
冷たい声。
「状況は最悪に近いのでしょう?」
無駄がない。
役所会議室。
アシュレイと向かい合う。
視線が交わる。
「久しいわね」
「……面識が?」
「王都講義室で一度」
思い出す。
冷静な指摘を繰り返した若い教授。
「あなたは優秀だった」
セレストは言う。
「だが甘かった」
直球だ。
「甘さが、今回の揺らぎを生んだ」
痛い。
だが否定しない。
「その通りだ」
即答。
セレストの眉がわずかに動く。
「弁解しないのね」
「必要なら受ける」
「……成長したわ」
書類を広げる。
「連盟信用証書の再設計案、拝見した」
「不備があるか」
「ある」
即答。
「監査院の独立性が不十分」
「報酬固定だ」
「それだけでは足りない」
冷徹な声。
「任命権を誰が持つ?」
「連盟代表会議」
「それでは政治に左右される」
沈黙。
「監査院は連盟の上位に置くべき」
空気が凍る。
「上位?」
「監査院の決定は、都市代表会議を拒否できる権限を持つ」
「それは――」
「信用を守る唯一の方法」
強烈だ。
都市の自治を制限する。
「反発が出る」
「出るわ」
即答。
「だが信用は多数決で守れない」
正論。
リシェルが口を開く。
「そこまでやれば、離脱が増える」
「構わない」
セレストは冷静に言う。
「残る者だけでいい」
アシュレイは静かに問う。
「数を減らしても?」
「強度を上げる」
同じ結論。
だが彼女は徹底している。
「さらに」
書類を叩く。
「緊急停止権限は監査院に一本化」
「都市の判断を待たない?」
「恐怖は伝染する」
冷たい論理。
「恐怖より速く止める」
沈黙。
窓の外で雷鳴が響く。
王都の空は黒い。
「……やれるか?」
アシュレイが問う。
「あなたが決めることではない」
セレストは立ち上がる。
「私は監査院長として、権限を求める」
「拒否すれば?」
「連盟は崩れる」
断言。
右目に、連盟の光の骨格が浮かぶ。
今は細い。
だがセレストの設計では、さらに細くなる。
しかし硬い。
折れない。
「……承認する」
静かに言う。
リシェルが驚く。
「即断?」
「時間がない」
セレストが微かに笑う。
初めての表情。
「ようやく本気ね」
その夜。
監査院設立公告が出された。
《連盟監査院、独立権限を持つ》
都市代表会議の一部が反発する。
だがヴェルグは支持。
オルテナは様子見。
グランは沈黙。
王都。
ドミニクが報告を受ける。
「監査院が都市代表を上回る権限を持った?」
「はい」
「……愚かではないな」
小さく呟く。
連盟は崩れない。
むしろ強くなる。
窓の外。
王都上空で、赤黒い竜がほぼ完全な輪郭を持つ。
その巨体が、ゆっくりと下降している。
聖剣が光るたび、竜は濃くなる。
ヴェルグ。
セレストが窓辺に立つ。
「あなたは何を見ているの」
アシュレイは少し迷い、言う。
「王都上空の影」
「……竜?」
「そう呼んでいる」
セレストは空を見る。
彼女には見えない。
「証明できる?」
「まだ」
「なら制度で対抗するしかない」
冷たい答え。
だが正しい。
連盟は新たな形を得た。
強制ではなく、強度。
だが世界は、もう一段階壊れ始めている。
次に揺れるのは、王都か。
それとも――
信用そのものか。
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