第23話 竜の兆候
王都南西区、財務局倉庫群。
深夜。
見張りの兵士が、足元の違和感に気づいた。
「……揺れている?」
最初は、かすかな振動だった。
次の瞬間。
地面が裂けた。
石畳が崩れ、倉庫の壁が内側から押し上げられる。
「退避しろ!」
叫び声。
地中から、赤黒い蒸気が噴き上がる。
魔物が現れたわけではない。
だが――
空間が歪んでいる。
倉庫の一角が崩落し、保管されていた国債証書が炎に包まれる。
兵士たちが水を運ぶ。
だが火は通常の炎ではない。
赤黒い、燻るような光。
翌朝。
王都は混乱に包まれた。
「地盤崩落だと?」
「いや、魔術暴走だ」
「聖剣の影響ではないのか?」
噂が飛び交う。
財務局会議室。
ドミニクは崩落報告を読んでいた。
「人的被害は?」
「軽傷者三名。死者なし」
「原因は」
「不明。魔力残滓を検出」
沈黙。
彼の視線は、焼失した国債倉庫の項目に止まる。
偶然とは思えない。
「聖剣発動との時間差は?」
「半刻以内です」
会議室が静まり返る。
誰も口にしない。
だが皆が思っている。
関連があるのではないか、と。
そのとき、窓の外で空が歪んだ。
黒雲が、明らかに渦を巻く。
そして――
一瞬だけ。
巨大な翼の影が、雲間に見えた。
「……見たか」
ドミニクの声は低い。
「な、何を」
「……いや」
気のせいかもしれない。
だが心臓が嫌な音を立てている。
王城。
聖剣の間。
レオハルトは剣を見つめていた。
刃が、微かに赤黒く脈動している。
「……重い」
聖女エレノアが苦しげに息をする。
「外で、何かが目覚めています」
「何がだ」
「分かりません」
だが確実に近い。
その瞬間。
王城の塔が揺れた。
石壁に亀裂が走る。
衛兵が叫ぶ。
「南西区で再び地割れ!」
レオハルトは空を見上げた。
黒雲の奥に、巨大な影が確かにある。
それは幻ではない。
王都全体が、ざわめき始める。
一方、ヴェルグ。
港の空は曇っている。
だが地面は揺れない。
信用証書の取引は安定。
物資は独自海路で確保。
アシュレイは報告書を受け取る。
「王都で崩落事故」
右目が熱を持つ。
視界が切り替わる。
王都上空。
赤黒い竜が、ほぼ輪郭を持っている。
巨大な胴体。
翼が雲を裂く。
尾が城壁をなぞる。
その下で、財務局が崩れかけている。
「……半顕現」
「何が」
リシェルが問う。
「竜が」
言葉にすると、現実味を帯びる。
「聖剣が振るわれるたび、育っている」
「止められないの?」
「今のままでは無理だ」
連盟の光は強くなった。
だが王都を覆うにはまだ足りない。
「時間が縮んだ」
「どれくらい」
「……一か月」
リシェルの顔が強張る。
「三か月あったはずよ」
「加速している」
王都の歪みが、竜を呼び出している。
そして竜は、王都を喰らい始めている。
港の少年が空を見上げる。
「なんか、空おかしくないか?」
雲がゆっくりと渦を巻く。
まだ誰も竜を見ていない。
だが感じている。
何かが来る、と。
王都では、初めて“恐怖”が形を持った。
連盟は安定しつつある。
だが世界の天秤は、大きく傾き始めていた。
赤黒い影は、確実に現実へと降りてきている。
嵐は、もう目に見える。
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