第22話 市場封鎖
王国通達から五日後。
それは、静かに始まった。
ヴェルグへ向かう主要街道の検問強化。
王国税関による積荷の再検査。
「安全確認」を名目にした通行遅延。
最初は、半日。
次に、一日。
やがて三日。
港に届くはずの穀物が、届かない。
「……止められている」
町長の声は重い。
倉庫の在庫表が机に広げられている。
小麦残量、六日分。
塩、四日分。
薬草、三日分。
「公式な封鎖ではない」
リシェルが言う。
「だが実質的には封鎖よ」
アシュレイは数字を追う。
右目に、赤が広がる。
今までとは違う。
外部からの圧迫。
「恐怖」ではなく「欠乏」の赤。
「輸送経路を変える」
「海路は?」
「東港を経由すれば通る」
「だが時間がかかる」
そしてコストも上がる。
信用証書の安定は続いている。
だが物資が止まれば意味がない。
その日の夕刻。
港で小さな口論が起きた。
「穀物が足りねぇってどういうことだ!」
「値段が上がってるぞ!」
ざわめきが広がる。
赤が、ゆっくりと濃くなる。
少年が不安そうに父親の袖を掴む。
「また崩れるのか?」
胸が締めつけられる。
「崩させない」
自分に言い聞かせる。
夜、緊急会議。
オルテナからの通信。
「我々の農産物も検問で止められている」
グラン。
「鉱石輸送が滞留。資金繰りに影響」
連盟は、締め上げられている。
「王都は本気だ」
リシェルが低く言う。
「連盟を“兵糧攻め”にしている」
「国家は敵ではない」
アシュレイは言う。
「だが恐れている」
恐れは強硬策を生む。
右目に、王都の赤黒い影が映る。
負債の竜が、王都の上空で身をくねらせる。
その尾が、物流路に絡みつく幻視。
「……間接的だが、確実だ」
「何が見えているの」
「歪みが」
具体的には言わない。
だが確信している。
聖剣の発動と王都財政の歪みが、何かを呼んでいる。
翌朝。
王国税関から正式通知。
《連盟都市への物流検査を強化する》
文面は穏やか。
だが実質封鎖。
ヴェルグの市場価格が上昇を始める。
信用証書の交換率は安定している。
だが物資が不足すれば、信用も揺らぐ。
「……選択だ」
アシュレイは静かに言う。
「何を選ぶの」
「信用を守るか、物資を守るか」
「両方よ」
「理想はな」
沈黙。
町長が言う。
「備蓄は?」
「七日分」
「足りない」
「オルテナと直通海路を開く」
リシェルが目を細める。
「王都を迂回するのね」
「国家と戦う気はない」
「でも結果はそうなる」
分かっている。
その日の夕刻。
連盟は独自海路を開設すると発表した。
《緊急物資輸送路の確立》
小さな港町の決断。
だが王都から見れば、越権だ。
その夜。
王都、財務局。
「連盟が独自海路を」
部下が報告する。
ドミニクは沈黙する。
「強硬策を?」
「……いや」
窓の外を見る。
王都上空の黒雲が、以前より低い。
財務局の壁の亀裂が広がっている。
「市場を壊すな」
低く言う。
「だが圧力は維持」
「はい」
一方、王城。
聖剣が再び振るわれる。
雷鳴。
城壁が揺れる。
その瞬間。
王都郊外で、地面が裂けた。
小さな亀裂。
だが確実に、広がっている。
ヴェルグ港。
夜の海に、小さな灯りが浮かぶ。
オルテナからの輸送船。
ゆっくりと入港する。
人々が安堵の息を漏らす。
少年が笑う。
「来た!」
赤は、広がらない。
だが空は重い。
アシュレイは夜空を見上げる。
負債の竜が、王都の上で巨大な影となりつつある。
その視線は、確実に連盟を捉えている。
市場封鎖は始まった。
だが。
連盟は、まだ折れていない。
嵐は、いよいよ本番へ向かう。
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