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『赤字を見る眼(バランス・アイ)』 追放鑑定士は国家の嘘を暴く ~聖剣が育てた負債の竜を、信用で倒します~  作者: 黒翼ルシオ


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第16話 欠陥は制度にある

 翌朝。


 ヴェルグの空は曇っていた。


 港に立つ船は、明らかに減っている。


 掲示板の信用証書交換率は、さらに一段下がっていた。


 それでも。


 ヴェルグ単体の収支は、まだ黒字だ。


 アシュレイは役所の会議室で、一人帳簿を広げていた。


 右目に浮かぶのは、連盟の光の網。


 一本切れ、一本濁り、細く揺れている。


「……欠陥は、制度にある」


 呟く。


 焦りではない。


 事実だ。


 リシェルが扉を閉め、向かいに座る。


「ようやく認めたわね」


「私は、連結の速度を優先した」


「ええ」


「内部統制より拡大を」


 グランの粉飾は偶然ではない。


 急拡大の副作用。


「信用証書は、発行基準が甘かった」


 数字が脳裏を走る。


 発行上限。

 担保比率。

 監査頻度。


「自己申告比率が高すぎた」


「相互監査が機能する前に広げた」


 リシェルが補足する。


 痛い。


 だが正しい。


「二重監査では足りない」


「三重?」


「違う」


 アシュレイは顔を上げる。


「監査主体を分離する」


「……どういうこと?」


「発行主体と監査主体を完全に分ける」


 今までは各都市が発行し、連盟が監査していた。


 だが連盟自体が拡大途中で脆弱だった。


「独立監査機関を設立する」


「連盟外に?」


「連盟内だが、収益を持たない」


 利害を切り離す。


「監査人は報酬固定」


「成功報酬ではなく?」


「固定」


 リシェルが目を細める。


「動機を消すのね」


「利害を削る」


 右目の光が、わずかに強くなる。


「そして発行上限を厳格化」


「短期的に流通量が減る」


「構わない」


 拡大より強度。


「まずヴェルグ単体で、新制度を試す」


 連盟は一度縮小する。


 点を、鋼にする。


 そのとき、町長が入ってきた。


「商会が二つ、撤退した」


 重い報告。


「想定内です」


「想定内で済む話か!」


 怒気が混じる。


 赤がわずかに揺れる。


「済ませます」


 アシュレイは静かに言う。


「信用証書を一時停止します」


「停止?」


「発行も交換も」


 室内が凍る。


「市場を止めるのか?」


「暴落を止める」


 リシェルがすぐ理解する。


「一時凍結でパニックを遮断」


「強制力は?」


「連盟規約に緊急条項を追加する」


 まだ未整備だ。


 だが今整備する。


 町長は沈黙し、やがて頷いた。


「……やれ」


 その日、掲示板に通達が貼られた。


《信用証書の一時凍結。制度再設計のため七日間停止》


 ざわめきは起きたが、暴落は止まった。


 右目に映る光の網は、これ以上細くならない。


 夜。


 港は静かだ。


 少年が近づいてくる。


「また止めたのか?」


「ああ」


「失敗か?」


 真っ直ぐな目。


「……途中だ」


 正直に答える。


「失敗はした」


 少年は少し考え、言う。


「父さん、言ってた。網は破れたら縫えばいいって」


 胸がわずかに軽くなる。


「いい父親だな」


「うん」


 少年は走っていった。


 リシェルが隣に立つ。


「感情も、制度の一部よ」


「……痛感している」


 王都の方向で、聖剣の光が閃く。


 負債の竜が、さらに大きくなる。


 だが。


 ヴェルグの赤は、戻らない。


 凍結は正解だった。


「七日で設計する」


「無茶ね」


「慣れている」


 わずかに笑う。


 焦りはある。


 だが今は冷えている。


 制度を強くする。


 それだけだ。


 右目に、新しい光の骨組みが浮かぶ。


 細く、だが硬い線。


 連盟は一度崩れた。


 だが。


 再構築は、前より強くなる。


 曇天の向こうで、雷が鳴る。


 負債の竜は迫っている。


 だがヴェルグは、まだ立っている。


 ここが、再出発点だ。


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