第13話 連盟構想
三か月。
短い。
港の高台からヴェルグを見下ろしながら、アシュレイは静かに計算を重ねていた。
拠出一割。
再投資七割。
予備資金二割。
単独都市なら回る。
だが連盟を組むなら、初期信用が必要だ。
「時間がないわよ」
隣に立つリシェルが言う。
「分かっている」
「分かっている顔じゃない」
彼女は腕を組む。
「三都市は最低限必要。ヴェルグだけでは網にならない」
「候補は?」
「北の農業都市オルテナ。東の鉱山都市グラン。南の交易中継地ラーデン」
リシェルは地図を広げる。
点が三つ。
ヴェルグと繋げれば、三角形ができる。
アシュレイの右目に、光の線が浮かぶ。
赤い霧を押し返すように、淡い金の網が広がる幻視。
「三都市で、王都周辺の流通を抑えられる」
「抑える、ではなく安定させる、でしょ」
軽く睨まれる。
「言葉が強い」
「……すまない」
彼は息を吐いた。
「まずはオルテナだ」
農業都市。
食料供給の要。
ここを押さえれば、王都の兵站に影響する。
数日後。
オルテナ市庁舎。
穏やかな田園風景とは裏腹に、市長の表情は固い。
「連盟だと?」
初老の男が眉をひそめる。
「ヴェルグの黒字は認める。だが我々は安定している」
右目に映る赤は、薄い。
だが停滞している。
成長はない。
「安定は、緩やかな衰退です」
アシュレイは静かに言う。
「王都の増税が始まれば、農産物価格は押さえられる」
「王都が潰れるわけがない」
「潰れません」
はっきりと言う。
「だが削られる」
聖剣発動。
国債増発。
緊急徴収。
「今のうちに、独立した信用基盤を」
市長は腕を組む。
「保証は?」
「相互監査制度」
リシェルが補足する。
「各都市の収支を公開し、連盟内で監査を行う」
「内輪の甘さが出る」
「出ません」
アシュレイは即答する。
「監査は二重にする。内部監査と外部監査」
「外部?」
「連盟外の独立監査人を置く」
市長の背後の赤が、わずかに揺れる。
迷い。
「担保は?」
「信用証書」
ヴェルグで試験運用した証書を示す。
「流通と税収を裏付けに発行する」
「紙切れだ」
「信用は最初は紙です」
リシェルが淡々と続ける。
「だが繰り返し履行されれば、通貨に準ずる」
沈黙。
市長は窓の外を見た。
黄金色の麦畑。
「王都が圧力をかける」
「すでにかけています」
アシュレイは隠さない。
「三か月で成果を示せなければ、構想は潰れます」
「賭けだな」
「はい」
正直に答える。
市長は長く沈黙した。
「一か月」
短く言う。
「試験参加だ。一か月で利益が出なければ撤退する」
「十分です」
握手。
その瞬間、右目に線が一本繋がる。
ヴェルグとオルテナ。
淡い光が流れる。
だが。
帰路の馬車で、リシェルが低く言った。
「順調すぎる」
「……同感だ」
「グランはもっと厄介よ」
鉱山都市グラン。
利益は大きいが、汚職も多い。
数日後、グラン市庁舎。
空気は重く、赤が濃い。
「連盟?」
若い市長が鼻で笑う。
「ヴェルグの奇跡を信じろと?」
「奇跡ではありません」
アシュレイは帳簿を差し出す。
「制度です」
「制度は人が動かす」
市長の背後に、濃い赤。
粉飾。
「貴殿の収支には不自然な偏りがある」
淡々と指摘する。
市長の表情が凍る。
「何の根拠で」
「数字です」
右目が熱を持つ。
赤い滞留が、鉱山収益の一部に集中している。
「このままでは一年以内に資金繰りが破綻する」
室内が静まり返る。
「……脅しか」
「警告です」
リシェルが静かに言う。
「連盟に入れば監査が入る。不正は消える」
「入らなければ?」
「いずれ露見する」
市長の拳が震える。
赤が大きく揺れる。
「……条件がある」
絞り出すように言う。
「監査は段階的に」
妥協。
完全透明ではない。
だが入口としては十分。
「了承します」
握手。
だが右目の幻視は警告を発する。
グランの赤は消えていない。
薄くなっただけだ。
夜。
ヴェルグへ戻る途中、アシュレイは空を見上げた。
赤黒い竜が、以前より近い。
翼の端が雲を裂いている。
「時間が足りない」
呟く。
連盟は形になりつつある。
だが内部は脆い。
小さな歪みが、いつ崩れるか分からない。
リシェルが静かに言う。
「あなた、焦っている」
「……否定はしない」
「焦りは制度を歪ませる」
その通りだ。
だが王都の赤は、待ってくれない。
遠くで雷鳴が轟く。
聖剣の光がまた閃いたのだ。
竜の咆哮が、耳鳴りのように響く。
連盟はまだ三都市。
網としては弱い。
だが動き出した。
三か月の時計は止まらない。
小さな黒字の点が、線になり始めた。
だが。
その線が切れれば、すべては崩れる。
嵐は、確実に近づいていた。




