第12話 王都の赤い加速
監査団の到着から半日。
ヴェルグ役所の会議室は、重苦しい空気に包まれていた。
王国紋章を刻んだ外套を纏う三名の監査官。
その中央に立つのは、壮年の男――王国財務局・特別監査官エドガル。
視線は鋭く、感情は読ませない。
「まず確認する」
エドガルが口を開く。
「ヴェルグ港の使用料半減、ギルド手数料再編、成功報酬制度導入。すべて、貴殿の提案か」
「はい」
アシュレイは即答する。
「正式な王国承認は得ていないな」
「自治権の範囲内です」
「解釈の問題だ」
室内の空気が冷える。
リシェルは一歩後ろで、静かに状況を見守っている。
エドガルは続ける。
「黒字化は確認した」
書類を掲げる。
「だが、その急激な変動は市場攪乱にあたる可能性がある」
「市場は安定しています」
「短期的に、だ」
鋭い指摘。
「周辺港湾の税収減少が確認されている」
「競争です」
「国家全体の調整を無視した競争は、秩序破壊だ」
秩序。
その言葉に、右目が反応する。
王都の方向に、赤黒い竜が大きく脈打つ。
聖剣の光が閃いた。
その瞬間。
アシュレイの視界に、王都の財務指標が走る。
国債利回り急騰。
流動資金不足。
緊急増税案検討。
「……加速している」
思わず漏れる。
「何がだ」
エドガルが問う。
「王都の赤字です」
室内がざわつく。
「推測で語るな」
「推測ではありません」
アシュレイは机に置かれた王国公報を示す。
「昨日の聖剣大規模発動。軍費増額。国債追加発行」
エドガルは目を細める。
「戦時だ」
「ええ」
「ならば地方の利益は国家へ還元されるべきだ」
核心。
「ヴェルグの余剰を、王国財政へ一部拠出せよ」
町長が息を呑む。
「それは……」
「命令だ」
赤が、一気に濃くなる。
ヴェルグの黒字が吸われる。
餌。
竜への餌だ。
リシェルが口を開く。
「拠出率は?」
冷静な声。
「暫定三割」
室内が凍る。
黒字の三割。
再投資資金が削られる。
成長が止まる。
アシュレイは静かに言った。
「拒否すれば?」
「国家反逆の疑いで再調査」
明確な圧力。
右目の奥で、竜が大きく身をよじる。
王都の赤が、ヴェルグへと細い糸で伸びる幻視。
「……今、拠出すれば」
アシュレイはゆっくりと言葉を選ぶ。
「短期的には王国財政は延命する」
「当然だ」
「だが、構造は変わらない」
エドガルの視線が鋭くなる。
「何が言いたい」
「赤字は消えません。膨張を遅らせるだけです」
「貴様」
エドガルが一歩前に出る。
「追放された身で国家を語るな」
リシェルが前に出ようとするが、アシュレイは手で制した。
「私は国家を語っているのではありません」
静かな声。
「構造を語っています」
沈黙。
「ヴェルグの黒字は、制度によって生まれました」
「……」
「それを拠出するなら、同時に制度を広げる必要があります」
エドガルが眉を動かす。
「広げる?」
「都市連携」
はっきりと言う。
「黒字を点で吸い上げるのではなく、線で繋ぐ」
「国家の許可なく?」
「国家のために、です」
エドガルは沈黙した。
リシェルが補足する。
「王都財政は臨界に近い。単独の吸い上げでは間に合いません」
エドガルの背後に、赤が揺れる。
迷い。
「……証明できるか」
低い声。
「拠出と並行して、他都市を黒字化できると?」
「できます」
即答。
だが内心は静かではない。
右目に映る未来予測は、不安定だ。
都市連携は、まだ構想段階。
失敗すれば、信用は崩壊する。
それでも。
「三か月ください」
「長い」
「最低限です」
沈黙が続く。
外で雷鳴が響いた。
王都の方向から。
聖剣が再び振るわれたのだ。
その瞬間、アシュレイの視界に巨大な幻が広がる。
負債の竜が、王都の上空で翼を広げる。
その体表に、無数の赤い亀裂。
臨界。
「……時間がない」
思わず呟く。
「何だと?」
「王都は三か月持たない可能性があります」
室内が凍る。
リシェルが息を呑む。
エドガルはじっとアシュレイを見つめた。
「根拠は」
「累積負債と聖剣発動頻度」
「証拠は」
「ありません」
正直に言う。
「だが、兆候は明確です」
エドガルの拳が握られる。
彼も感じているのだ。
王都の不穏を。
「……三か月だ」
ついに口を開く。
「拠出は一割に減ずる。その代わり、他都市黒字化の成果を示せ」
町長が安堵の息を吐く。
リシェルが小さく頷く。
「条件付き承認だ」
エドガルの視線は冷たい。
「失敗すれば、連盟構想は即時凍結。貴様は再拘束される」
「承知しました」
覚悟はできている。
監査団が去る。
室内に静寂が戻る。
リシェルが低く言う。
「三か月。無茶よ」
「分かっている」
「しかも拠出しながら」
「分かっている」
だが、他に道はない。
王都の赤は、加速している。
聖女は倒れ、勇者は振るい続ける。
時間はない。
「都市連盟を、急ぐ」
窓の外、ヴェルグ港は動いている。
小さな黒字は、生きている。
だがその上空に、赤黒い影が重なる。
負債の竜が、ゆっくりとこちらを見ていた。
試練は始まったばかりだ。
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