13.結果は決まっていた? (シェアト視点2)
「クリス、それでマリー王女のエスコート相手ってどうやって決めるんだ?」
ラルフが手を上げて聞く。
彼の家でのお茶会に参加したのをきっかけに、ラルフとはすっかり仲良くなった。
目立つ奴と関わるのはアームズだけで十分だと思っていたけれど、いざ関わってみるとラルフは気もいいし裏表もなく素直なので、とても友人として付き合いやすかった。
普段はアームズ同様身分差を気にせず話をしているが、こうやってクリシュナ殿ともマリーアンジュ王女様とも親し気な感じを見せられると、少し遠い存在に見える。
クリシュナ殿は軽くうなずいて、周りを見回した。
「実はそれは決めてないのです。どなたか、こういう決め方はどうかなって提案はありますか?」
提案はともかく、僕は辞退がしたい。そう思って声を上げようとした時、先にセドリック殿が言った。
「推薦でどうですか?王女殿下に相応しい人間を、皆で推薦するのです。家の格を考えれば、自然に誰かに集中すると思うのですが」
自分が選ばれるとでも思っているのだろうか?彼は嫌に自信たっぷりな口調で、胸をはってそう主張する。
と、すぐにエルマー殿が手を上げる。
「はい!俺はセドリックを推薦するぜ!」
・・・そういうことか。元からそうやって手を組んでいたってことね。
セドリック殿は満足そうに目をつぶってうなずいているが、とんだ茶番だな。
まあそれでもいいか、と思ったのだが。
「・・・それならば、私はアデル先生を推薦しよう」と静かな声がその茶番を邪魔した。
さっきまで一言も発していなかった、デイモン殿だ。
顎に軽く手をあてて、向かいに座っているセドリック殿をじっと見つめる。
「この中で、立場的にアデル先生より上の者などいないだろう。家の格にしても、だ」
それは間違いなくその通りだ。実際に王都外務省を牛耳っているのはバートン侯爵様かもしれないが、家の格というのならアデル先生が断トツだ。
それはこの座り順を見てもわかることだ。アデル先生、アームズ、ラルフ、その次がセドリック殿なのだから。
エルマー殿1人を味方につけても、上手くいかないだろうに。
「しかし・・・!」
セドリック殿が言い募る。
「アデル先生はこの学院の教師だ。教師が1人の女生徒をエスコートするのは、ひいきだと言われるのではないか?!」
まあ、そりゃ一般生徒ならそうだろう。シャルが周りからにらまれたようにね。
だけど、相手はマリーアンジュ王女様だ。そして、王族に次ぐ立場のクレイモス公爵様。
どこの誰がその組み合わせに文句をつけるのか、ちょっと聞いてみたいぐらいだ。
個人的にはセドリック殿がマリーアンジュ王女様のエスコート役を射止めて調子に乗られるよりは、アデル先生の方がまだマシかなとは思う。
「そうですね、残念ながらそういう意見はあるでしょうね」
アデル先生は微笑みを絶やすことなく、穏やかにそう言われた。
「軽率な行動をしてまた怒られたら教師を辞めさせられかねないので、私は辞退させていただきたいですね」
また、ってひょっとしてあれか。ハーディエンス侯爵様に怒られた件か。
「もし私が教師でなければ、是非エスコートしたい方もおられたのですが・・・残念です」
・・・その言葉を、僕に向かって言うのはやめて欲しい。
エスコートしたかった相手は、マリーアンジュ王女様であって欲しい。
どこまで気に入られてるんだよ、君は・・・とここにはいない妹を責めたくなるので。
「そうですか・・・残念です」とデイモン殿が引き下がると同時に、アームズが不機嫌極まりない声で言う。
「王女様に選んでもらったらいいんじゃないのか?そしたら多分、ラルフかクリシュナ殿かになるだろ。それで誰も文句ないだろ」
彼がぶっきらぼうに言い放ったのは、多分僕と同じくアデル先生の発言が気に障ったのだろう。
・・・アームズの気持ちもよくわからない。
僕と同じようにシャルが可愛くて仕方がないのはその態度から察せられるのだけれど、まさか本当にシャルのことを女性として見ているのだろうか・・・妹ではなく。
いや、それは無いと思いたい。
アームズはいい相手だ。間違いなくいい相手だ。
だけど、次期宰相の妻などといういばらの道を可愛いシャルには歩ませたくない。
身分違いの恋愛が、どのような結果をもたらすかなんてリンナ様の話を聞けばわかっただろう。
シャルには、ごく普通の相手と幸せになって欲しいのだ。
そして、アームズにも。出来れば、苦労をさせることのない身分相応な相手を選んで欲しいと真剣に思う。
愛する妻に苦労をかけることを平気に思うほど、あいつは冷たい男じゃないから。
アームズの提案には誰も何も言わない。
さすがのセドリック殿も、反論が思いつかないようだ。セドリック殿が悔しそうに唇を噛んでいるのをチラチラ見つつも、エルマー殿も何も言えない。
確かに、3人は幼馴染だと聞いている。マリーアンジュ王女様からしても、全く知らない男にエスコートされるよりかは、よく知っている相手の方がいいに違いない。
「では、そうしますか?」
にこやかにクリシュナ殿がそう言い、僕としてもそれで全然かまわないな、と思っていると今度はラルフが声を上げた。
「いや、ダメだよ俺は!デイジーのエスコートをしなくちゃいけないから」
ラルフは慌てたように周りを見回すと、僕に視線を止めて言う。
「な、シェアトもだろ?シェアトもシャルのエスコートするんだろ?」
「あ、ああ。そうだな」
そんな僕とラルフをクリシュナ殿が、あまり感情のこもらない目つきで交互に見る。
顔は笑っているのに、目が笑ってないというやつだ。何が気に入らないのか知らないが。
「ラルフ」
クリシュナ殿が声をかける。あくまでもその声は穏やかだ。
「きっと、マリー王女は僕たち2人にエスコートしてほしいと言うのではないかな・・・いや、そんな感じのことをおっしゃられててね」
すでに、王女様の希望は聞いていたのか。言ってくれたらよかったのに。
アームズもデイモン殿も、鼻白んだ顔つきになっている。
ひょっとしたら、会議をしたという事実が欲しくて、誰からも案が出なければ王女様の希望を聞くという形に持っていくつもりだったのだろうか。
それが、ラルフが断りそうになっているものだからついそれを明かしてしまったと。
・・・一体、この会議は誰の指示で行われているのだ?
「君も、妹よりもマリー王女の方がいいだろう?父君にお願いすればいいじゃないか」
クリシュナ殿が畳みかけるが、ラルフは首を振って答える。
「いいや、父上は母上のエスコートがあるんだ。なので、デイジー・・・妹のエスコートは出来ない」
「・・・アンドレア侯爵夫人が、お越しになるのか」
知らなかった、というように目を見開くクリシュナ殿。
フン、とセドリック殿が鼻を鳴らす。
「・・・噂の平民上がりのご夫人ですか。それはそれは」
その嫌な言い方に、ぎろっとラルフはセドリック殿をにらみつける。セドリック殿はそっぽを向いて知らん顔をしているが、騎士団繋がりのエルマー殿は横でオロオロしている。
それをとりなすように、アデル先生が声を上げる。
「それでは、妹さんのエスコートをしないわけにはいかないですね。他に頼める方はいらっしゃらないのですか?」
ラルフは黙って首を振る。そしてぱっと顔を上げると、僕の方を向いて言った。
「ねえ、シェアト。君、デイジーのエスコート出来ないかな?」
「えええ?!」
思わず声を上げてしまう。さっき、シャルのエスコートがあるって言ったばかりなのに。
「デイジーは、あまり男性と接触したことがなくて。君なら、多分、そんなに怖がらないと思うんだよ」
「いや、でも・・・」
デイジー殿ってそんな方だっけ?けっこう豪胆そうだったけど??
困っていた僕に、横からアームズが「いいんじゃないか?」と声をかける。
「シャルは、俺がエスコートしてやるから」
「はぁ?!何言ってんだよ、アームズ!」
ノルディス殿ならともかく、なんでアームズの相手なんだ。そんなことをしたら、またシャルが変な噂の餌食になるだけだろう!
「そうか、そうでしたね。私が妹さんをエスコートさせてもらっても構いませんよ」
アデル先生、頼むから目を輝かせながらアームズの冗談に乗らないで欲しい。
アームズは険しい目つきになってるし、「いえ、ハハ・・・」と乾いた笑いしか返せないから。
「いや、それならデイジーをシェアトがエスコートして、シャルを俺がエスコートしたらいいんだよ!そしたら丸く収まるじゃないか!」
ラルフがいいこと思いついた、とばかりに手をポンと叩くが、「馬鹿かお前は」とアームズに冷たく切って捨てられる。
「何の話をしてると思ってるんだよ、そもそもはだな・・・」
「マリー王女のエスコートの話だよ、皆」
寒気が全身を走る。魔の国から響いてきたような冷たい声。
見ると、クリシュナ殿はもう笑ってなどいない。常に笑みを絶やさずに微笑んでいるその顔は、今は一切の感情が抜け落ちたかのように無だ。
「もう結構。あなた方に相談した私が間違っていた」
がたっと音を立てて、彼は席を立つ。
「マリー王女のエスコートは、私が致します。全員、何らかの理由で辞退せざるを得なかったことにしますので、そのつもりでいてください」
何の感情も見えない声でそう言い放つと、クリシュナ殿はさっさと会議室を出て行った。
「・・・フン。最初からそう決まってただけではないか」
「そ、そうだよな」
ぶつぶつ言いながらセドリック殿とエルマー殿も立ち上がり、会議室を出て行く。
残った者たちで顔を見合わせ、ふーっと全員が息をついた。
「まったく、冗談も通じねえのかよ」
アームズが頭の後ろで手を組んで、椅子の背もたれにもたれかかる。
そんな彼に、ラルフが少ししょんぼりした顔で返事をする。
「あんなに怒ったクリス、久しぶりに見たよ。あいつは、昔からマリー王女がないがしろにされたらめちゃくちゃ怒るんだ」
「だから最初から自分でエスコートするって言えばよかったんだよ、何だよこの茶番は」
とにかく余計な時間を使わされたということ自体が腹が立っている様子のアームズに、デイモン殿が肩をすくめて言う。
「体裁だろ。明らかに婚約者のいない高位の侯爵家が、全員呼ばれているからね。アームズ殿、君の弟にも声がかかったのでは?」
ノルディス殿にも?
そういえば、確かにゼファス殿が来ているのだから、ノルディス殿が声をかけられていないのは不自然だ。
「確かにノルディスもってクリシュナ殿からは言われてたよ。でも、なんか嫌な予感がしたからあいつには言わなかった。なんか言われたら体調悪いことにするつもりだったし」
あっけらかんと言うアームズに苦笑する。
だけど、その判断はある意味正解だっただろう。
この会議の結果は、おそらく決まっていたのだ。
クリシュナ殿の意向では自分とラルフのどちらがエスコート役になっても構わなくて、でもかならずそのどちらかになるようにしたかったに違いない。
いや、クリシュナ殿の意向なのか後ろに誰かがいるのか。
王配候補、とセドリック殿たちが漏らした件についても、ハーディエンス侯爵様に報告しておいた方がいい案件かもな。
向かい側で、ふーっと大きく息をつくゼファス殿。
結局一言も発さないままこの場に居続けて、さぞかし気疲れしたことだろう。
「ゼファス殿、お疲れになったでしょう」
声をかけると、彼はハッと僕の顔を見た。
「あ、いえ。大丈夫です」
アームズが忘れてた、とばかりにゼファス殿の方を向く。
「ゼファス。悪かったな、巻き込んじまって。まさかお前も呼ばれてるとは思わなかったんだよ」
その言葉に少し肩の力を抜いて、彼は首を振る。
「いえ、俺は黙って聞いていただけなんで」
ふと、そんな彼を見つめていたアデル先生が思いついたように聞いた。
「君は、誰かをエスコートする予定があるのですか?」
「いえ」
ゼファスは否定する。
「姉妹がいるわけでもないので、それはないです」
その言葉にアデル先生は少し表情を曇らせて言う。
「ひょっとして、マリーアンジュ王女のエスコートをしたかったですか?」
その瞬間の彼の表情。
ああ、ここにシャルがいなくてよかったと心から思った。
少なくとも、僕以外の全員も察したに違いない。
彼が、心底マリーアンジュ王女様に憧れているのだということを。
この表情をみせていれば、クリシュナ殿もあそこまで不機嫌にならなくても済んだのかもしれない。
「・・・俺には、荷が重すぎますから」
そうポツリとつぶやいたゼファス殿の肩を叩き、デイモン殿が立ち上がる。
なんとなくそれに合わせて皆が立ち上がり、解散となった。
あと数時間もすれば、芽吹きの宴の夜会が始まる。
兄として、妹が悲しい思いをしなければいいと願うばかりだ。




