12.秘密の会議 (シェアト視点1)
遅くなりました。
ハーディエンス学院の会議室。
普段は先生方の会議などで使われており、生徒が使用することはほとんどない。
なので、僕がここへ足を踏み入れるのは在校3年目にして初となる。
アームズは運営会で使用したことがあるらしいが。
ドアを開けると、すでに参加者のほとんどが揃っているようだった。
遅いと言わんばかりの視線が向けられたので、軽く頭を下げてから入室する。
一番前の議長席にいるのが、クリシュナ殿。
そのすぐ脇の上席が2つ空いており、そこからは順に生徒たちが並んで座っている。
ざっと数えて5人。クリシュナ殿を合わせたら6人。
その顔触れは、見事に高位貴族の息子ばかり。・・・いったい何の集まりだ?
見た感じ、向かって右側の一番末席が空いているのでそこが僕の席だろう。
瞬時に理解したので、さっさとそこへ向かって席に着く。
アームズが軽く舌打ちしたのがわかったが、彼もすぐに理解したようで向かって右側の一番前の席へと向かった。2つの上席のうち、下座の方だ。
上座じゃないのか、と思ったがクリシュナ殿が満足そうにうなずいたので、それであっているようだ。ということは、あの席は・・・。
「すまない、待たせたかな」
耳ざわりの良いバリトンボイスが後ろから聞こえて、さっとクリシュナ殿が起立する。
それに弾かれたように皆がガタガタと椅子を引いて、立ち上がった。
僕も誰かはわからないまま立ち上がって振り向き、目を見開いた。
アデルフェル・クレイモス公爵閣下。
王族に次いで高貴なその方が、男でも見惚れんばかりの優雅な姿でそこに立っておられた。
「クレイモス公爵閣下、ご足労いただきありがとうございます。どうぞこちらへ」
クリシュナ殿が負けず劣らずの優雅な仕草で、クレイモス公爵様を案内する。
「どうぞ、ここではアデル先生と呼んで欲しい。ね、クリシュナ君」
クレイモス公爵様、いやアデル先生は穏やかにそう言うと、案内された席へと座る。
一番の上座は、彼のために開けてあったのか。
その向かい側のアームズは、露骨に眉をひそめている。
シャルの一件で気に食わないのはわかるが、もう少しノルディス殿を見習ってポーカーフェイスを身に着けて欲しいものだ。
再び席について前の席をふと見ると、よく知っている顔だということに気づいた。
会釈をされたので、僕も会釈を返しておく。
ゼファス・アルトゥース。アルトゥース侯爵家の長男だ。
入寮も遅い時間だったし、入学式もシャルに気を取られていたのであまりちゃんと話などはしていないのだけれど。
昨年の秋の学院祭以来か。また背が伸びたのかな?小柄な自分としては、単純に羨ましい。
きっとシャルが見惚れたんだろうなあと思うと、ちょっと複雑だけど。
「全員揃ったようですね。話を始める前に、顔を合わせるのが初めてという方もおられるでしょうから、私から簡単にご紹介しましょう」
クリシュナ殿がやはり議長をするようで、順番に出席者が紹介されていく。
左側の上席からアデル先生、その隣がラルフ、その隣がレイリー侯爵家のデイモン。左側の末席にゼファス。
右側の上席からアームズ、バートン侯爵家のセドリック、シェリンガム侯爵家のエルマー。右側の末席が僕。
僕以外は見事に高位貴族で、アデル先生とゼファス殿以外は全員3年生だ。
「・・・それで、何の話なんだ」
紹介が終わると同時に、不機嫌さを隠すこともなくアームズが言う。
もう少し遠慮しろよお前、と思うが無理もない話なのだ。
何も聞かされることなく、明日のこの時間に集まれと昨日いきなり聞かされた僕らの身にもなって欲しい。
しかも、今年入学されたマリーアンジュ王女様に関する話ときた。
それは僕は関係ないだろうと思ったが、呼び出すメンバーに選ばれていると言われては仕方がない。
クリシュナ殿は軽く片手を上げてアームズをなだめ、両手を組んで話を始めた。
「話というのは、今夜の芽吹きの宴の夜会についてです。単刀直入に言いましょう。今夜の夜会がデビューとなるマリーアンジュ王女様のエスコートの件です」
・・・エスコート、だって?
「本来なら国王陛下かあるいは王太子殿下が王女様のエスコートをなさるのが筋なのですが、現在王太子殿下は留学中につき、本日もお戻りになっておられません。国王陛下がマリーアンジュ王女様をエスコートなさると、王妃殿下がお一人でご入場されることになります」
ああ、それは無理だ。
夜会に出席する女性に対し、男性のエスコートはマナーとして必須だ。単独での入場などありえない。
婚約者のいない令嬢は普通近親者の男性にエスコートしてもらうことが多く、僕も今夜の夜会ではシャルをエスコートすることが決まっている。楽しみで仕方がない。
そうか、だけどそれではマリーアンジュ王女様のエスコート相手が必要になるのか。
それは理解したが、僕たちが呼び出される意味はやっぱりわからない。
「おわかりですか?そうです、マリーアンジュ王女様のエスコート相手をこの中から選びたいということです」
・・・はあ?
思わずぽかんとしてしまったのは、僕とアームズとラルフだ。前のゼファスは表情を変えていないが、少し目が泳いでいるので多分動揺しているのだろう。
アデル先生は笑みをたたえたままだし、ラルフの横のデイモン殿も似たような表情だ。
そもそもデイモン殿はあまり口数が多い方ではなく、これまでの2年間でもほとんど話をしたことはない。
大人しいというか、僕と同様影の薄い存在だともいえる。
だけどめちゃくちゃ優秀で、特にナシャーヴやハイゴッサムといった国外の情勢や地理、歴史等に異常に詳しい。
そういえばクレイモス公爵家とも遠縁にあたるらしく、ナシャーヴとハイゴッサム両方の血をひいているらしい。それもあるのだろうか。
アームズと僕の間にいるセドリック殿とエルマー殿は、事前に聞いていたのか不敵な感じで顔を見合わせて笑っている。仲が良いのだ、この2人は。
アームズとは違って、この2人は典型的な高位貴族の考え方の持ち主だ。
本人の資質ではなく家の格で何事も判断するし、僕のような王都外の出身者は歯牙にもかけない。
1年時からずっと同じA組に所属しているが、デイモン殿とは違う意味でほとんど口をきいたことはない。向こうがこちらを相手にしていないのだから。
「なるほど、いわば婚約者候補といったところか?光栄だな」
セドリック殿が笑っているのか、その口元を歪めながらそう言う。
彼の父親であるバートン侯爵様は、現在王都外務省のナンバー2だ。ただ、ナンバー2といってもトップがまだ年若くて執務経験の浅いクレイモス公爵様であり、今年からハーディエンス学院の教師を兼任するとあっては実質トップのようなものだ。
その威光を全面的に笠に着て、さぞかしいい気分だろうと思う。
「オウハイ候補、なんだろ!」
エルマー殿が迎合するように言い、慌ててセドリック殿が「婚約者候補、だ」と言い換える。
・・・ふうん。王配候補、ね。
僕がちらっとアームズを見ると、彼も僕を見ていて一瞬目が合った。誰にも悟られないように、そっと視線を外したけれども。
ここ最近、急に「王配候補」についての噂を聞くようになった。
王女様の婚約者候補なら話が出て当然のお年頃ではあるが、よりによって女王陛下の夫となる=王配の候補が上がっているという。王太子殿下がいらっしゃるのにも関わらずだ。
普通はそんな話はありえない。ありえないのだが・・・。
今から1年と少し前、ハーディエンス侯爵様に頼まれて僕とアームズが学院内の噂を調査したことがあった。
最初は王太子殿下のお姿を最近見たか、見たのはいつが最後か、といった話だったのだけれど、王太子殿下は留学中だというのが公式の見解だ。
正式に発表があったわけではないが、そのように扱われているというのが正しいだろうか。
それだけならいいのだが、「王太子殿下は国へは戻られないのでは」「留学先で何かあったのでは」「もういらっしゃらないのでは」という噂に変わっていった。
だけど表立って噂されているのではなく、出所も不明なのでそれ以上調べようがなく。
続いて今度は「王配候補が近々選ばれるらしい」という噂が広がり始めた。今度は学院内だけでなく、貴族社会全体でささやかれているとか。
まるで、王太子殿下の存在自体を消そうとしているかのようなそんな噂。
王配候補、という不用意な言葉を口に出したのはエルマー殿だ。
エルマー殿の父親であるシェリンガム侯爵様は、王都騎士団の所属だ。残念ながら先代は優秀だったらしいが、現在の侯爵様はそこまで剣術や攻撃魔法に優れているわけではなく、後方部隊の隊長をやっているのだとか。
エルマー殿はラルフにはかなわないもののかなりの剣の使い手で、おそらく父親よりも騎士団の要職に就けると言われている。父親の期待を一身に背負っているらしい。
残念ながら頭の出来は今一つで、セドリック殿の用心棒のように扱われていた。
おそらく普段から家で、あるいはセドリック殿との会話の中で「王配候補」という言葉がひんぱんに出てきているに違いない。
バートン侯爵家とシェリンガム侯爵家か。そういえば、確かどちらかにはシャルと同じ学年の妹がいたのではなかったか?
そのようなことを考えていた僕が見ていたことに気づいたのか、セドリック殿がこちらに目を向けてフンと鼻で笑う。
「クリス殿。そのような用件でしたら、別に我々だけでも良かったのでは?辺境伯爵家の息子など、王女様のお相手に相応しいとは思えませんが」
バカにした口調は気に食わないが、その内容的には僕も同意だったのでうなずいた。
「確かに、私がなぜこの場へと呼ばれたのかがわからないのですが。もし間違いなら、すぐにでも辞去いたしますが」
そう言ったものの、クリシュナ殿はまあまあとなだめるかのように微笑んだまま答えた。
「シェアト殿は、伯爵家の中で一番優秀なのだそうですよ。侯爵家の中だけでエスコートのお相手を決めたとなれば、文句も出るでしょうから」
確かに、王都内の伯爵家の方にはいつか陞爵して侯爵家にという野望を抱いておられる方もいるという。それならば、王女殿下が降嫁されるというのはいい材料だ。
共に学院生活を送れたら、伯爵家とはいえその可能性はゼロではない。王都に住む伯爵家なら十分実現可能だと言えるだろう。
しかし、僕が一番優秀とは。誰がこの会議への出席者を決めたのかはわからないが、ずいぶんと買いかぶってくれたものだ。
おそらく王都ではない辺境伯爵家出身なので、万が一にもエスコート相手に選ばれることはないだろうという安全策といったところか。
それに、僕に王女殿下と同じ年の妹がいるので、そちらのエスコートを優先するようにと辞退させることも出来るからな。
「フン、シェアトは伯爵家どころか下手したらお前らより優秀だよ。優秀さだけを考えるなら、シェアトで決定してもいいぐらいだ」
・・・そんなフォローしなくていいよ、アームズ!
気持ちは嬉しいけど、セドリック殿とエルマー殿が顔を真っ赤にしているじゃないか。
せっかくあまり目立たないまま2年間を過ごせたんだから、あと1年もそっとしておいて欲しいんだけどなあ。
シェアト視点続きます。




