11.ノルディスと過ごす午後
説教・・・ハーディエンス侯爵様ならやりかねないけど、公爵様相手にいいのかな?
「あの・・・確かに迷惑だなとは思いましたが、そんなハーディエンス侯爵様のお立場が悪くなるようなことまで・・・」
おそるおそる言った私の言葉に、アームズ様は思い出したくもないとばかりに不機嫌な顔つきになる。
「だから、心配しなくていいから。あの後、来賓でいらっしゃっていた父上を捕まえてすぐに報告した。父上は聞くと直ちに学院にある公爵様の執務室まで乗り込んでおられたから、相当怒っておられたのだと思う」
「・・・いやでも、ハーディエンス侯爵様がそこまで怒るほどの・・・」
「いいや、父上が怒って当然だ。あれはない」
「ないな」
「ないですね」
アームズ様が腕を組み、兄様とノルディスが異口同音に告げてうなずく。
「大体、教師とあろうものが1人の生徒にあんな風に触れるべきではない。ましてや、相手はあと数年で成人する女性である。おまけに・・・」
「クレイモス公爵様は夫人もいらっしゃらず、未だお相手を探しておられるとの話だ」
意気込んで言うアームズ様の言葉を、兄様が受け取って続ける。
「そんな中、1人の女生徒に親し気に声をかけた挙句頭を撫でるなど、まるで意中の相手が存在するかのように周囲に誤解を与えかねない」
2人の言葉にノルディスもうなずいて、眉を寄せて厳しい表情になる。
「実際、あの状況は多くの生徒たちが見ていた。それによって周囲、特に高位貴族の女生徒たちが一気にシャルに対して悪感情をいだいてしまったように思える」
う、うん。そうね。人から指摘されると改めてショックだけど、それは間違いない。
「あ、そうだ。アームズ様、昨日はありがとうございました」
忘れてた、ちゃんとお礼言っておかなきゃ。
「おう。大っぴらに声かけたら、またお前が何か言われかねないからな。ああいう形でしか助けてやれなくて、すまなかったな」
ちょっと申し訳なさそうにするアームズ様に、とんでもない!とぶんぶん首を振って否定すると、兄様も言ってくれた。
「いや、助かったよ。僕たちにはクレイモス公爵様に抗議するだけの力はないから。ありがとう」
親友からの礼の言葉に、アームズ様も少し照れ臭そうに笑って、私に向かって言う。
「とりあえずシャルは、もう何もなかったかのように振舞え。アデル先生として接するだけでいい。そのうち、皆忘れるだろう」
「それを願うしかないですね」
アームズ様の言葉にうなずくと、手が伸びてきてよしよしと頭を撫でられた。いいのか?
案の定、兄様にペシッとその手を払いのけられていたし。
俺はいいんだよ、と謎の理屈を展開するアームズ様に、兄様が冷たく「伝言は終わりか?」と聞く。
「まだある。今度は母上から」
おりょ?今度はアムリータ様から?なんだろう。
「あとで、ここに来るって」
「え、ここってこの部屋にですか?母様は知っておられます?」
驚いてそう聞くと、アームズ様は苦笑して続ける。
「フロンターレ伯爵夫人には、多分今頃伝わっているはずだ。頼み込んでいるはずだけど、了解を得られたかどうかはわからないな」
その姿を想像しているのか、クスクスと笑っているアームズ様の言葉を、ノルディスが引き取る。
「どうしても母上は、シャルの夜会準備がしたいのだそうだ。デイジー殿の準備にも関わっていたはずだが、直前の支度はリンナ様に任せるらしい」
ああ、なるほど。
それはうちとしても、ありがたいんじゃないかな?多分、母様は断らないだろう。
「アムリータ様には、私も準備から相当お世話になりましたから。問題ありません」
なにせ、準備のためにわざわざ王都からフロンターレ領まで来てくださった恩人だ。
あの時も当人の私そっちのけで、母様と真剣に話し合っておられたしな。
「よし、じゃあこれで伝言終わりだ。やれやれ、ここまではいいんだけどな」
アームズ様は大きなため息をついて紅茶を一口飲み、「あ、このお茶うまいな」とつぶやく。
それから持ってきてくださったチョコレートを1つつまんで、口の中に放り込む。
「・・・甘いな。これならシャルが作ったケーキの方がうまい」
んなわけないだろう、と思いつつも私もチョコレートをつまんで食べる。美味しいのに。
「確かに少し甘すぎますね」
ノルディスもそんなことを言っている。
この兄弟は、あまり甘いものが好きではなかったんだっけ。
まあ確かに、前世と違って甘さ控えめなチョコレートなどはまだ存在せず、これぞチョコレートといった甘さだ。それが美味しいのだけど。
「でも、王都では受けるだろう。手に入れるのも大変だっただろうに」
「もうずいぶんましになったさ。一度食べたからもういいな、今度は幸福堂のお菓子買ってくるさ」
アームズ様は相変わらず幸福堂を贔屓にされているようだ。
そういえば寝込んだ時のお見舞いも幸福堂のお菓子だったので、そのお礼も改めて言うと、気にするなと笑われた。
「さて、と」
紅茶を飲み干すと、アームズ様が立ち上がった。
あれ、もう行っちゃうのかな?
そう思いながらつられて立ち上がると、兄様も渋々といった感じで立ち上がる。
「・・・僕が行く必要あるのか?」
不満げな兄様の口調に、こちらも不満げな口調でアームズ様が答える。
「俺だって行く必要ねーよ。だけど、仕方ないだろうが」
そして、2人揃ってため息。一体どこへ行くというのだろう。
「兄様、どこか行かれるのですか?」
「うーん・・・まあ、ね。ちょっと行ってくるよ。宴の準備時間までには戻るから」
そう言って兄様は私の頭を撫でる。
アームズ様も「悪いな、シェアト借りていくよ。じゃあまた、宴で」と私たちに軽く片手をあげて、ドアの方へと向かって歩いて行った。
この格好でもいいのか?、構わないだろ、などと会話をしながら部屋を出て行く2人を見送り、ノルディスと顔を見合わせる。
「どこ行くんだろうね?」
「さあ・・・昨日、何か学院で聞いたらしいが。なぜ自分が関係あるんだ、とやたら憤慨しながら帰って来られたから」
ノルディスもわからないらしい。
考え込んでいるその立ち姿はゲーム内で何度も見た絵だったけど、やっぱり本物はいいなあ、眼福だなあとしげしげと見つめてしまう。
「・・・また、君は、そうやって・・・」
「え?」
はあ、と顔を片手で覆うノルディス。見すぎちゃったか?失敬失敬。
「じゃ、私も邸に戻るから」
「え!ノルディスも忙しいの?!」
帰るというノルディスに思わずそう言うと、彼はびっくりしたように少し体を引いた。
「いや、別に忙しくはないが・・・もう用事は終わったので」
「じゃあ、ゆっくりしていってよ!兄様もいなくなって、退屈なんだもの!」
「いや、しかし、伯爵御夫妻もシェアト殿も居ない部屋に私がいるというのは・・・」
ノルディスはもごもごとそう言うけれど、逃がしてなるものかと私は言い募る。
「両親はいないけど、みんないるもの!別に構わないんじゃない?」
確かに2人きりだと人聞き悪いだろうけど。でも、この場合は全然2人きりじゃない。
周囲を見回したけどヨアンもニーナもアルルも、皆笑顔でうなずいてくれている。なぜか、エスバンだけちょっと不満そうだったけど。チョコレートもらったくせにね。
そんな使用人の皆の反応を確認するように見ていたノルディスも、仕方ないなとばかりに少し苦笑してまた席についてくれた。
「じゃあ、あと少しな」
「うん!」
ニーナが再度紅茶を入れ直してくれたので、それを2人で飲む。
「あ、そうだノルディス。昨日はありがとう」
「昨日?」
いぶかしげなノルディスに、昨日の教室でかばってくれたことに対する礼を言う。
ああ、と思い出したような表情になった彼は、その目つきを少し険しくする。
「まったく、嘆かわしい。これから学びを共にする同窓のものに対しての態度ではない」
「いやー・・・よそ者を警戒したんでしょ、仕方ないよ」
それに、と私は続ける。
「アデル先生のあれも見ていた人がいたみたいだしさ」
ああ、確かにとノルディスはますます眉をひそめる。
ノルディスの話によると、あの時すでに教室には3分の1ぐらいの生徒がいたらしい。
ちょうどノルディスはアームズ様に名簿を渡されていた時らしくて、ついでに横にいたゼファス様もアームズ様に無理やり書類を手渡されたのだとか。
この間、お知り合いになっちゃったものね。上級生だし、断れないよねゼファス様も。
その時、窓側に立っていた女生徒が「まあ!」と声を上げたものだから、皆が窓の外を注目したらしい。
そして目撃されたのだ。
「あの方は誰ですの?!」「クレイモス公爵様があんなに親しそうに・・・!」という悲鳴とも怒号ともつかないようなざわめきを背に、アームズ様が部屋を飛び出して行ったのだとか。
「おそらく兄上がどうにかするとわかっていたけれども、私は・・・」
そう言って握りこぶしをぎゅっと固めるノルディス。
そっか、心配かけちゃったなあ。申し訳ないな。
「ごめんね、心配かけちゃって」
ぺこりと頭を下げると、ノルディスは「いや、心配ではなくて心底腹が・・・」と言いかけて口ごもった。
「心配ではなくて、何?」
聞き返すと、目を伏せて「なんでもない」と返されたけど。
それからは、お互い離れていた時の話を色々とした。
今年の夏は猛暑で水不足だったので、ウォーターの魔術で水を農作地に撒きまくっていたら領民には感謝されたけど、父様には魔力の使いすぎだと怒られたこと。
でも、効率がいいとばかりに夏の休暇で戻ってきた兄様含め、皆でそれをやったこと。
そのおかげか秋の実りは近年まれにみる大豊作で、その結果死ぬほど忙しい秋の月だったこと。
冬の月は寝込んだのもあって、ノルディスからお見舞いで届いた本をずっと読んでいたこと。
そんなことを思いつくままに話したのにも関わらず、ノルディスは興味深そうに話を聞いてくれた。
ノルディスもこの1年で色々勉強したことなどを教えてくれた。
なかでも、わざわざ王都図書館で魔の森について調べたという話はなかなか興味深かった。
はっきりした位置はやはり不明なものの、モーリス先生がお話してくださったナシャーヴ族の童話の話の言葉遣いから、大体この辺りの地域なのではないかなどと、研究者も真っ青の徹底した調べっぷり。
よく調べたね、と感心すると「誰かさんがいつか行きたいと言っていたからな」と涼しい顔。
いや、そんな王都のスイーツ店を調べるのと同じように言われても・・・。
でも、なんだか嬉しくなってこれからも2人で引き続き調べようという話になって盛り上がった。
やっぱりいいやつだなあ、ノルディスは。
「・・・こんな時間か」
ノルディスが時計を見上げて、驚いたように言った。
私も確認してびっくりする。もうこんなに時間が経ってたのか。
「ありがとう、ノルディス。退屈な午後になるって思ってたのに、助かっちゃった」
「・・・こちらこそ、有意義な時間だった」
ノルディスも少し笑ってそう言ってくれて、ほっとした。無理やり引き止めちゃったしね。
彼は立ち上がると、ニーナたちに向かって「邪魔させてもらった。ありがとう」と告げる。
夜会のための最終チェックをしていたニーナたちは、笑顔で会釈していた。
ふと、ノルディスはその広げていたドレスに目を止めたようだった。
「・・・その、ドレスを着るのか」
「そだよ?綺麗な色でしょ」
何色にするかとても悩んだのだけど、薄いラベンダー色にした。
濃い紫だと似合わないだろうけど、この色ならば社交界デビューの初々しさが引き立つ、と母様やアムリータ様も絶賛してくださった。
もちろん『ソレイユ』で作ってもらったものだ。
「君からもらった、ハンカチと同じ色だな」
「ああ!そうだよね、すっごく綺麗な色に染まったから、ペンのお礼にノルディスにあげたくて」
「そうか。・・・愛用させてもらっている」
ノルディスへのお礼は、何を渡したらいいのかわからなかった。
イベントアイテムでもあるあの美しいペンは、ゲーム内ではもらえなかったから。
なので、何かせめて私らしいものをと思ってフロンターレ領の名産品でもあるブドウの皮で染めたハンカチを言付けたのだ。
今の反応からすると、多分喜んでくれたようでよかった。
「これ着て、とびっきりの淑女となって宴に現れるから、楽しみにしててね!」
そう意気込んで言うと、ノルディスは私の姿をしげしげと見てフッと笑う。
「・・・ちょっと?その笑いは何?」
「いや、失礼・・・」
謝りながらもクックックと笑うノルディス。
「見違えるような淑女姿を、楽しみにしてるよ。その時はぜひ、ダンスに誘わせてくれたまえ」
まだ目だけ細めながらそう言う彼に、ちょっと頬をふくらます。
見てろよ、ノルディス!参りましたって言わせてやるんだから!




