10.久しぶりの家族団らん
「剣術か・・・」
案の定、シェアト兄様はすこし渋い顔をした。
王城へと向かう馬車の中、私は早速モーリス先生に聞いた履修の話を兄様にする。
「シャルがエレメンタル・プリンセスを目指すためには必要だってことはわかるんだ。だけど、授業以外でもやらなくちゃいけないかい?」
「そうなんですけどね・・・」
私だって、正直剣術や体術の予習はやりたくない。多分向いてない。
前世から変わってないのだけど、とにもかくにもどんくさいのだ。
ゲームでもそうだった。
近接武器を使いこなすキャラはカッコいいなと思っていたし、私もそういったキャラを使いこなしてみたかったのだけど、どうにも性に合わないのだ。
いわゆる格闘ゲームは「え?どのボタン押すの?え?」とかなってるうちにやられてしまうし、FPSは敵を見つけることは出来ても、えっとロックオンして・・・とか思っているうちに倒される。
頭と手足がリンクしていない、典型的な運動音痴タイプだと思う。
なので、遠くから味方に隠れてちまちまと相手を攻撃する魔法使いが好きだったというか。
いくら頑張ったところで昨年兄様とアームズ様に見せていただいた模擬戦のような動きが出来るかと聞かれたら、かなり疑問だ。
だけど、だからこそやらなきゃいけないのだと思う。
「・・・まずは、体力作りからかな」
シェアト兄様は、ぽつりとそう言う。
「剣は思った以上に重いんだよ。僕も最初はびっくりした。女性用の剣は少し軽めだから、それを手に入れて重さに慣れるのがいいと思うよ。それを持って振れるだけの体力がないとね」
やっぱり、基本は素振りからってことかな。素振り100回!みたいな?
胴着を着て、庭で竹刀を振り下ろす図が思い浮かぶ。
なんだか学園青春ドラマじゃなくて、スポ根じみてきたけど・・・。
そんな話をしているうちに馬車は王城へと到着し、私と兄様は馬車から降りる。
もうすでにほとんどの学生が帰っていたため、馬車に乗っていたのは私たちだけだった。
降り立った先に、懐かしい顔がニコニコ笑っているのを見つけた。
「シェーラ!お久しぶり!」
「まあ!覚えていてくださいましたか、シャルリアお嬢様。すっかりお綺麗になられて」
去年の芽吹きの宴でもお世話になったシェーラが、迎えてくれたのだ。
「先ほど、フロンターレ伯爵御夫妻もお着きになられましたよ」
ふくよかな顔で笑うシェーラを見ていると、なんだか安心する。
去年、ここでパティに出会ったりデイジーに出会ったり、そして・・・ゼファス様に出会ったりした園遊会が思い出される。
シェーラに案内された先の部屋は、大体去年と似たような位置にあった。
兄様曰く、来城する顔ぶれはさほど変わらないから、大きく変わることはないそうだ。
そうだよね、毎年コロコロ変わってたらきっと混乱しちゃうよ。私、方向音痴だし。
ドアの前には去年と同様に、護衛のブランダンが立っていた。
「おお、お嬢様」
「ブランダン!お役目、ご苦労様」
数日会わなかっただけなのに、なんだかちょっとその厳つい顔が懐かしい。
そんなやり取りが聞こえたのか、中からドアが開いた。ヨアンがドアを押さえてくれている。
「シャル!」
父様と母様が中で立っておられるのがわかって、私は駆け寄って母様に飛びついた。
「まあ、シャル。なんですか、子供みたいに」
母様はたしなめながらも、ちょっと目が潤んでいる。
私もなんだか泣きそうになったので、慌てて少し離れてきちんとカーテシーをした。
「シャル、制服似合うじゃないか。とても可愛いよ」
父様が満足げに微笑みながら、何度もうなずいてくれた。
そうなのだ。身体の採寸表はすでに学院側に提出してあり、それを元に作られた制服が寮へと納品されていたために、父様や母様が私の制服姿を見るのは初めてなのだ。
以前は各自で制服は用意していたらしいが、無駄に豪華な感じになっていたり、逆にやたら貧相になっていたりといったことがあったらしい。
その結果、今では学院の方で均一のものを一括して発注しているらしい。
まあ、そりゃそのほうがいいよね。特に今年は王女様もいることだし。
「ええ、とっても似合っているわ。まるでそういう服を着なれているかのように」
母様もそう言うので、ちょっとドキッとした。
着なれていて当然だ。前世の話とはいえ小学校も制服がある学校だったので、12年間ずっと制服を着ていたのだから。
「シャルは何着ても可愛いですよ」
そう言って、ね?と笑ってくれる兄様。ひょっとして、フォローしてくれたのかも。
相変わらず優しくてよく気が付く兄様に、学院でもきっといっぱいフォローしてもらうんだろうな。
「お茶が入りましたよ」との声に奥を見ると、応接セットのところには去年と同じニーナとアルル、エスバンの姿があった。
嬉しくてそちらへと行くと、ニーナとアルルがキラキラした目を向けて意気込んで言う。
「お嬢様、本当に制服がお似合いです!こんなに可愛らしいとは!」
「ええ、今までのドレスの中で一番似合っておいでです!」
それもどうなんだ、とちょっと思いつつも嬉しくて「ありがとう!」と返す。
エスバンはどうかな?とますます伸びているその背の高い姿を見上げると、彼はまぶしそうに目を細めていた。
「エスバン?」
「・・・ん、まあ、上出来ってとこじゃないか」
彼はそう言いながらいつものように私の頭に手を伸ばしかけ、そしてその手を引っ込めた。
「もう、気楽に頭を撫でられないな。姫さんは、立派なレディだよ」
そんな風に少し肩を落としてつぶやくエスバンに、なんだかちょっと寂しくなってしまう。
小さな頃から2人目の兄の様に慕ってきただけに。
子供時代の終わりを迎えたのだと、否応なしに思い知らされた気がした。
久しぶりのニーナのお茶をいただきながら、父様と母様に学院の話をする。
2人はお世話になったモーリス先生が担任になったことを喜んでくれ、アデル先生の奇行に頭を抱え、シェアト兄様の「アームズがハーディエンス侯爵様に言ってくれたらしいから」との言葉に少し肩の力を抜いた。
「ハーディエンス侯爵様にはお世話になってばっかりね。夜会でお会いした時に、お礼を言えたらいいのだけれど」
ふうっと息を吐いて母様が言うと、父様もうなずいて同意する。
「あ、そういえば父様。モーリス先生と同じ地理歴史科に、オーガスト先生という方がいらっしゃいました。父様のお知り合いだそうです」
「オーガスト・・・ああ、オーガスト・ブルームか!」
ちょっと考えるようなそぶりを見せた父様はすぐ思い出したようで、笑顔でうなずかれた。
「学院時代の友人の1人だよ。頭が良くて穏やかで、よく世話になったんだ」
うん、なんかそんな感じの先生だった。多分間違いないよね。
「オーガスト先生って父様のお友達だったのですか」
知らなかったみたいで、シェアト兄様も驚いている。
オーガスト先生も去年来られた先生らしく、すでに地理歴史に関してはすべての履修が終わっている兄様は習ってないらしい。
でも先生は兄様のことを知っているようだったから、直接教えていなくても名前を聞いて父様の息子だとはわかっていたってことね。
そうやって久しぶりの家族団らんの時間は穏やかに過ぎていき、いよいよ芽吹きの宴の当日となった。
この日は朝一で国王様の謁見がある。
学院を卒業した16歳以上が全員出席する式典だから、父様と母様が朝から身支度を整えて謁見の大広間へと出かけて行った。
まだ学生である、私と兄様はお留守番。
昼過ぎには園遊会が始まるけれど、今年は関係ないのでそれにも参加しない。
流石に夕方ぐらいからは初めての宴に参加するので、身支度を整える必要はあるけれどそれまでの時間は何をしたらいいのか。
「兄様。・・・暇なんですけど」
思わずぼやくと、兄様はクスクス笑って「そう言うと思ったよ」と答えた。
「大丈夫、もう来るはずだから」
「・・・誰がですか?」
聞き返すと同時ぐらいに、ドアがノックされる。
今はブランダンが父様たちについて行っているので、誰も外にはいないのだ。
ヨアンがドアを開け、相手を確認するとすぐにこちらを振り返った。
「シェアト様、シャルリア様。ハーディエンス侯爵家のアームズ様とノルディス様がお越しです」
!!兄様が言ってたのは、アームズ様とノルディスのことだったのか。
もちろん断る理由はなく、ヨアンがドアを大きく開けてくれるとシャツにズボンというシンプルな恰好をした2人が中へと入ってきた。
「よぉ」
「おはようございます」
片手を上げて軽く挨拶するアームズ様と、きちんと礼をするノルディス。相変わらず対照的な兄弟だ。
すっとお茶の準備をしようとキッチンの方へ行こうとしたナタリーを呼び止めて、アームズ様が2つの箱を渡す。
「これ、一緒に出してくれ。あと、こっちは使用人の皆で食べてくれていいから」
ナタリーはびっくりしたように箱とアームズ様の顔を見比べる。
「で、でもこちらは確か王都で人気の菓子店の・・・」
「お、よく知ってるね。さすがシャル付きのメイド殿だ」
アハハ、と笑うアームズ様。どういう意味ですかと聞きたいけど、答えは聞かなくてもわかる。
「アームズ・・・えらく気を使ってくれるんだな」
兄様が驚いたように言う。確かに、私達へのお土産だけじゃなくて使用人の皆にまで渡すなんてすごい気づかいだよね。
感心していると、アームズ様は苦笑して答えた。
「俺じゃないよ、ノルディスがそうしろって」
「そうなのか、さすがノルディス殿だね」
それならば納得、というようにうなずく兄様にアームズ様が軽くパンチを繰り出す。
仲のいい2人のじゃれ合いの横で、やるねえという気持ちでノルディスを見ると、彼はちょっと照れたようにメガネを押し上げた。
「・・・その、君がいつもそうしていただろ」
「え?私?」
「外へ出かけた時には、いつもお世話になっているからって使用人の皆にちょっとしたお菓子を買って帰っていただろう」
ああ、そういえばそうだった。
いやでもあれは別に大したものじゃなくて、私用のおやつを買うついでに買ったものなのだ。多分ハーディエンス侯爵家の使用人ともなれば、もっといいもの食べてるだろうし。
それに引き換え、さっきアームズ様が差し出してくれた箱は見覚えがある。
多分、クレイモス公爵様が贈ってくださったチョコレート菓子の店の箱だ。
うちはもちろんだけど、多分王都の貴族邸に勤めている使用人でも食べたことある人なんてほんの一握りだと思う。
「レベルが違いすぎない?子供のおすそ分けレベルだったよ、私なんか」
「そういうシャルの気持ちが、うちの使用人たちはすごく嬉しかったんだってよ」
アームズ様が横からそう口を出すと、シェアト兄様がとりあえず座ろうとソファを指し示してくれたので座ることにする。
ニーナが淹れてくれた紅茶は、先日パティ様からいただいたエスタンス領の春摘のものだ。
その香りを楽しむように目を細めるアームズ様の前に、使用人の皆が集まってくる。
「アームズ様、ありがとうございます。お気遣いいただきまして」
ヨアンが代表して礼を言うと、アームズ様は「いいよいいよ」と手をひらひらさせた。
・・・昨日は、あんなにテキパキ仕事してかっこよかったのになあ。
こうやって見ると、やっぱりなんか適当でやんちゃなお兄ちゃんなんだよね。
そんなことを思っていると、アームズ様もしげしげと私を見て言う。
「・・・なんか、こうやって見るとシャルも普通なんだけどなあ」
「どういう意味ですか?」
「いや、制服という同じ格好をしていると、お前の良さが際立つというか・・・まあいいや」
アームズ様は言いかけた言葉を飲み込んで、話を変える。
「とりあえず、あまり時間がないから絶対言わなくちゃいけない伝言からだ。まずは父上から」
アームズ様は、そう一気に言って改めて私の顔を見る。
「シャルリア嬢には迷惑かけて申し訳なかった、淑女に対しての所業じゃなかったとクレイモス公爵様が詫びられたと伝えてくれ、だそうだ。父上がきつく説教したらしいから、もう心配するな」
・・・え。説教ですか。
説教しちゃったんですか、ハーディエンス侯爵様がクレイモス公爵様に?
いいの、それ?
明日は日曜日なのでお休みします。
また月曜日から投稿再開いたします。




