9.チュートリアルをどうする?
さて、どっちを取るべきか。私は、校舎の廊下で頭を悩ませる。
あの後、クラスで待機していた私たちの前に現れたのはモーリス先生だった。
モーリス先生は1年A組の担任として、私たちをご指導いただけるらしい。
これには、とても嬉しかった以上にほっとした。クレイモス公爵様・・・じゃなかった、アデル先生が担任だったらどうしようかと真剣に思ってたので。
アデル先生はさすがに新任だからか、クラス担任は持たなかったようだ。
さっきも女生徒に絡まれていたところを見かけたが、視界に入らない様にこっそり通り過ぎてきた。
あの分なら、きっとしばらくは誰や彼やにつかまっていそうな気がする。
モーリス先生による履修の案内が終わり、これで入学式はすべて終了だった。
明日は休日な上に芽吹きの宴があるために、王都住まいの生徒たちは大体邸へ帰るらしい。
デイジーも、先程アンドレア侯爵家からの使いの馬車が来て、帰って行った。
いよいよ明日の宴では、デイジー様と共に久々にリンナ様が社交界へと顔を出されるらしい。
それは準備にも気合をいれなくてはね!と心から激励しておいた。
そういえばラルフィード様をお見かけしなかったなと思ったのだけど、どうやら今日は騎士団訓練の方に参加していたらしい。
入学式には上級生は参加自由らしく、アームズ様のように仕事があって来ている者やシェアト兄様の様に弟妹の入学で来ている者、あとは猛禽類の・・・いやいや、新入生に興味がある上級生たちのみが来ていたらしい。
あー、それで女子生徒があんなに多かったのか、とちょっと納得。
学院は「お相手探しの場」でもあるわけだから、優良物件(多分ノルディスとかゼファス様とか)が入学してくるんだもの、そりゃ確認しておこうってなるわよね。
もちろん男子生徒もお相手探しはしたいのだろうけど、今年の目玉はなんといってもマリーアンジュ王女様だからなあ。
さすがにあの美貌を見た後じゃ、他の女子生徒なんてかすれちゃうのは想像に難くない。
後日ゆっくり探そう、ぐらいの感じなのかもしれないな。
パティは、すでにご家族が王城へと到着されているらしく、王城へと送迎してくれる生徒用の馬車に乗ると言っていた。
どうやらマウリとアルのご家族も来られているらしく、久しぶりにその面々で交流を持つらしい。
それはなかなか賑やかな集まりになりそうで、ちょっと楽しそうだ。
実際パティはとても嬉しそうにしていたので、よかったなと思う。
そうやって幼馴染との新たなお付き合いが始まるのも、学院生活のいいところだよね。
そして、私はというと。
父様と母様が勿論王城へ来られるのだけど、到着は今日の夕方頃なのだ。
そんなぎりぎりでいいのかとちょっと思ったけど、明日は朝一で国王様の謁見がある以外は、夜まで時間があるからいいのだそうだ。
去年は園遊会に出るために早めに来ていたものの、今回はそれもないからということらしい。
なので、私と兄様は夕方に揃って王城へ赴くことになっている。
さっき兄様と一緒に学院の食堂で昼食を取った時に、そう教えてもらった。
食堂もガランとしていて、ちらほらとしか生徒たちがいない。
教室に迎えに来てくれた兄様を見たクラスメイトたちの中には、「またこの子に新たな男性が?!」的睨みを効かせてくるのもいたのだけれど、兄だとわかると納得したようだった。
「マリーアンジュ王女様じゃあるまいしね」とささやきあってたの、聞こえてますから。
そうそう、マリーアンジュ王女様は当然だけどAクラスで同じでした。
モーリス先生と何か話しながらクラスに入って来られた時は、その輝きがまぶしすぎて直視出来なかったよ。
間近で見ると、本当に美しい。園遊会の時も思ったけれど、気慣れないはずの制服もどこのアイドルだってレベルで着こなして、その波打つ金の髪は同じ金色の髪飾りで留めてある。
・・・ああ、これ、そうだった。
マリーアンジュ王女様の金の髪には、金の髪飾りはあまり映えなくて。
だから、それに目を止めたゼファス様が自分で作られるんだよ。
最近ハイゴッサム王国から輸入されたばかりで、まだ扱いが難しかった白金・・・プラチナをどうにか加工して、見事な細工の髪飾りを。
それを壊してしまったシャルリアのイベントも同時に思い出してしまって、ちょっとため息をついちゃったけど。
相変わらず取り巻きーずがまとわりついていたので、話は出来なかったけど構わない。
前に一度園遊会で挨拶しているとはいえ、マリーアンジュとシャルリアの出会いというのはゲーム上ではこの後のことになるのだ。
兄様と別れて再び校舎へと戻ったところで、話は冒頭へと戻る。
私が悩んでいたのは「マリーアンジュ王女様とのチュートリアルをするかどうか」ということだった。
チュートリアル。どんなゲームでも大体最初にある、練習モードあるいは説明モードのようなものだ。
『エレプリ』の初回プレイは、かならず主人公はマリーアンジュになる。
入学式を終えて、履修掲示板というものがある場所で、マリーアンジュはサブヒロインに出会う。つまりは、履修についてよくわからなくて困っているシャルリアに出会うのだ。
そこで、マリーアンジュは丁寧に説明をしてあげる。
「火のエレメンタルの加護を伸ばしたいなら、剣術や攻撃魔法の授業を受ければいいわ」
「午前で2つ、午後で2つの授業を受けられるわ。放課後は自習してもいいし、誰かとお話してもいいわね」
「お休みの日は街にどなたかとお出かけしたり、買い物も出来るわよ」と、いった具合に。
その説明をすることによって、プレイヤーである自分も履修方法や学院での過ごし方がわかるということだ。
このチュートリアルイベントはスキップも出来ないし、多分2週目以降も同じだと思う。
2週目からはマリーアンジュでプレイしてないのでわからないけれど。
サブヒロインであるシャルリアを選べるようになってからは、このチュートリアルイベントはスキップできる。
(履修方法を聞いたけど、ちょっと不安だな・・・掲示板に確認しに行こうかな?)
→ そうね、行ってみましょう。
→ 別に行かなくてもいいかな。
という感じの選択肢が出て、行くとマリーアンジュルートと同じイベントが始まるし、行かなくてもチュートリアルが行われないだけなのだ。
その場合もモノローグで後日(マリーアンジュ王女様はお優しい方で、違うクラスの私にも声をかけてくださる)という文章が出てくるので、知り合いになっているようだけど。
なので、私は周回プレイ時は最初の1回以外はすべてスキップしていた。
同じ説明を聞くのは面倒だし、わからなくなっても掲示板というものを見れば同じ説明が書かれていたので。
それに、取り巻き扱いをされると何かとマリーアンジュの引き立て役なイベントが起こるので、なんとかその辺りを回避できないかと考えていたからなのだけど。
結局、そういったイベントは回避できなかった。
プレイヤー目線では別にマリーアンジュとは知り合いレベルの話だったのだけど、どうもキャラクターであるシャルリアは王女に対してものすごく憧れを抱いていたようだから。
何かと近くへ寄って行くからこそ攻略対象者とも知り合えたのだから、それはそれでありなのかもしれないけど。
このまま履修掲示板の方へ行けば、おそらくチュートリアルが始まるのではないだろうか。
それはそれで見たい気もするけれど、すでに知っていることを長々と説明されたところで役に立つとは思えない。
それにマリーアンジュ王女様と親しくなることは、ゲーム上では攻略対象者と知り合うきっかけにはなったかもしれないが、今は特に必要ないだろう。
水のクリシュナ様はお見かけしただけでまだ話すらしていないが、そのうちまた会う機会もあるんじゃないだろうか。
他の3人とはそれなりに交流もあるし、なんとかなるかな。
「よし、決めた」
口に出して改めて言うと、少し抱いていた不安が薄くなった気がする。
学院という舞台に立ってしまうと、ゲームと違うことをするというのは少し緊張するし不安になる。
だけど、今まで学院に入るまでは、さんざん好き勝手をやってきたのだ。
今更少しルートを変えたところで、どうってことはないだろう、うん。
私は履修掲示板ではなく、教科担任の先生たちがいらっしゃる教務室の方へ足を向けた。
いくつか並んでいるドアの表示を順番に見て、1つの部屋の前で立ち止まる。
「地理歴史科・・・ここかな」
ノックをすると、返事があったのでドアを開いて中を覗き込んだ。
中にはモーリス先生と私の父様ぐらいの年代のオジサマ先生、それから事務担当の女性がいらっしゃった。
「おお、シャルリア嬢。よく来てくれました」
モーリス先生がわざわざ立ち上がってくださり、小さな応接セットを示して入りなさいと言ってくれる。
その様子を見てもう1人の先生・・・確か、オーガスト先生だったかな?その方も笑顔でうなずいてくださったので、私は遠慮なくお邪魔することにした。
応接セットのソファに腰掛けると、事務の方がお茶を淹れてくださる。
「すみません、ありがとうございます」
声をかけると、ちょっとびっくりしたように目を瞬かれた。
「グレタ、シャルリア嬢はいい子じゃろう。わしの自慢の生徒なんじゃよ」
そう言って、おかしそうにふぉ、ふぉ、と笑うモーリス先生。
グレタさんという名前らしい事務の方も「そうですね」と笑顔で返された。
え、皆お茶入れてもらってお礼言わないの?それもちょっとどうなんだろ。
「それで、どうされましたかな」
「実は・・・」
私が考えたのは、履修のことはマリーアンジュ王女様ではなくてモーリス先生に聞けばいいんじゃないの?ということだ。
なんといっても、モーリス先生は王都内務省の元エリート文官だ。そして、たくさんの後輩を育ててきた教え上手な方だ。
その上で、このハーディエンス学院に教師として招かれたということは、エレメンタル・プリンセス育成のためにご尽力いただく必要があったからなのだ。
そして、一時期生徒として教えを受けていた私自身のこともまた、モーリス先生はよくご存じだということも大きい。
きっと、モーリス先生なら適切なアドバイスがいただけるに違いない。
「・・・マリーアンジュ王女様がいらっしゃるのに、こう言うのもおこがましいのですが。でも私は、エレメンタル・プリンセスを目指したいのです」
私の話を聞いて、モーリス先生は何度もうなずかれた。
「素晴らしい考えですな。さすがにロートレック様のお孫さんだ」
「えっ?!」
モーリス先生の言葉に、驚いたような声を上げてこちらに来たのはオーガスト先生。
「ロートレック様のお孫さん?じゃあ、ひょっとしてエルド殿の娘さん?」
「父をご存じなのですか?」
聞いてみると、オーガスト先生は私を真っ直ぐに見て、大きくうなずいた。
「学院時代、仲良くしていたんだ。私は王都務めなので、卒業してからはあまり会えなくなってしまったんだけど」
そう言いながら、目を細めるオーガスト先生。
「やあ、やっぱり似ているな。シェアト君はあまり似ていないけど、君はよく似ている」
父様の面影を私の中に見つけたようで、満足したように笑うオーガスト先生は、「いや、失敬した」と言ってまた席に戻って行った。
それを見送って、モーリス先生は具体的なアドバイスをという私に、すぐに答えてくださった。
「シャルリア嬢の場合、やはり剣術と体術ですかな」
「・・・ですよね・・・」
わかってた。わかってたけれど、思わずため息が出る。
そんな私を見て、モーリス先生が好々爺の顔でふぉふぉふぉと笑った。
前世でも運動は不得意だった。それは今世でも同じで、そもそも剣術とかやったことない。
体術って何?レベルで、予習もしようがなかった。
誰かに相手して特訓してほしかったのだけど、過保護な兄様や父様がそれを許してくれるはずもなく。
そして、エスバンやヨアンといった過保護な使用人たちが相手をしてくれるはずもなく。
ダンス程度にしか動かないことが多い貴族のお嬢様には、なかなかの難敵であるのは間違いなかった。




