4.学院生活の始まり
姿見の前で全身を映し、きゅっと胸のリボンタイをしっかり結ぶ。
濃紺のブレザーと白に近いベージュのプリーツスカートが、朝日を浴びて淡く輝く。
「よし」
自分の姿を確認して、満足げにひとつうなずいた。
今日は、いよいよハーディエンス学院の入学式だ。
本当ならこの背中まである長い髪もすっきりとポニーテイルにしたいところだけれど、この世界では髪を上げるのは夜会の時だけだ。昼間は下ろしておくのがマナー。
下ろした状態で裾だけ結ぶのはOKなんだけど、今日は両サイドから少しだけ取って後ろに流し、後頭部で紐で留めてその上にレースのリボンを結んだ。
・・・やっぱり、髪飾りを早く注文するべきだったな。
この世界の髪飾りはいわゆるバレッタのようなものだけど、普通は入学時に用意しておく。
私もせっかくなのでとアルトゥース工房へ注文したかったのだけれど、数か月待ちと言われて断念したのだ。
多分、アルトゥース侯爵様か、侯爵夫人に直接頼めばなんとかなったような気はするけど、いくら知り合いだからってそういうのもなんだか、ねえ。
だからといってすぐに手に入るようなものはあまり品質も良くなくて、学院で使用するには向かない。
毎年、そんな買いそびれた生徒たちのために芽吹きの宴の時に貴族街で売られるらしいので、それを見に行こうかと思っている。
部屋から出ると、ちょうど横の部屋からカリーナ様が出て来られたところだった。
そう、カリーナ様はお隣の部屋なのだ。私とパティの部屋に挟まれている。
反対側の一番奥がマリーアンジュ王女様で、その周りをイザベラ様やアンジェリカ様の部屋で固められていることを思うと、やっぱりこの方はちょっとないがしろにされがちな立ち位置なのかもなあ。
「おはようございます」
挨拶すると、彼女はふんっとそっぽを向いて小走りで去ってしまった。
どうやら、すっかり嫌われたらしい。
・・・もう少しスカートの裾は短いぐらいがちょうどいいと思うけどな。あの長さだと、少し野暮ったく見える。
靴下も、あれだけレースで飾り立てたものじゃなくて、シンプルなものの方が制服には似合うけどなあ。
去っていくカリーナ様を見ながら、そんなことを思う。
まあ、この世界の人にとっては制服は気慣れないものだから仕方がない。
その時、1つ向こうのドアが開いてパティが顔を出した。
「パティ、おはよう」
「あ、おはよう、シャル!あの・・・おかしくないかしら、私」
パティはおずおずといった感じで部屋の外に出てくると、自分の姿を見おろす。
昨日も制服は来ているけど、ここに来るまでの一瞬だった。今日改めて入学式のために着てみると、今までの服と違いすぎて違和感があるのだろう。
「うん、素敵よ」
言いながらも私は素早くパティのリボンタイを結び直す。結びなれないのか、自信なさげにリボンの形が小さい。
「ほら、これぐらい大きくても平気よ。ブレザーからしっかり見える方が素敵」
パティは自分と私を見比べて、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、シャル」
2人並んで階段を降りると、下で待っているデイジーの姿が見えた。
「おはよう、デイジー!」
「おはよう、シャル、パティ」
デイジーは、すらりとしたその身体に制服を着こなしている。
なんというか、前世ならば「カッコいいお姉さま」として下級生からキャーキャー言われそうな、そんな出で立ちだ。
デイジーは、柔らかくその目を細めて私たちを見た。
「やあ、2人ともとても可愛いね。昨日は会えたのが嬉しくて気づき損ねたけど、とても似合っているよ」
「・・・言動もカッコよすぎるからなあ」
「え?」
「いや、なんでもない」
ごまかした私の横で、パティがほぅっと息を吐く。
「本当に、デイジー様も素敵ですわ・・・下手な殿方より人気が出そうですこと」
あ、同じこと考えてたみたい。
「パティ、様はなしって言ってるだろ」
そう言いながらちょんとパティの額をつつくそのしぐさも、なんというかイケメン臭に溢れていて恐ろしい。
「私、デイジーの傍にいたら殿方を見る目が厳しくなってしまいそうですわ・・・」
パティの言葉には、全面的に同意するよ、うん。
「あなたたち!おしゃべりしている時間はないわよ!」
あら、またメリッサ先輩に怒られた。
他にいくつも話をしているグループがあるのに、視線がこちらを向いているところを見ると完全に目を付けられたのだろうか。
でも、すぐにその視線は外れて、別の上級生と何か話をしておられるようだ。
メリッサ先輩を含む、数人の上級生たちが寮を出たり入ったりしながら、入学式へと向かう新入生たちを誘導している。
じゃあ、私たちも行こうかと2人に声をかけようとした時だった。
玄関ホール全体が、ざわっと騒めく。皆の視線は、外からの入口に集中している。
「メリッサ、王女様は控室へ案内した。挨拶の原稿はお渡ししたか?」
そう言いながら入って来たのは、アームズ様だった。
しばらく会ってなかったので、一瞬誰かわからなかったけど。
ぐんと背が伸びて、顔つきもすっかり大人の男性だ。初めて見たけど、制服姿もとても似合っていて女生徒の視線を独り占めしている。
いや、だから攻略対象じゃなかったよね???ノルディスの兄なんだからかっこよくて当然かもしれないけど、モブでこれは反則だろ。
集まる視線にも慣れているのか、それを気にすることなくメリッサ先輩と軽い打ち合わせをしたアームズ様は、また外に戻ろうとしてなんとなくこちらに目を向けられた。
視線が合う。
アームズ様の一瞬見開いた目が、次の瞬間とろけるように細められる。
周りの声にならない悲鳴が聞こえる。いや、私もその笑顔の破壊力にはちょっとやられそうになったからわかる。
軽く片手を上げて、去って行かれるその姿に少しほっとする。
やっぱりアームズ様はよくわかっておられる。
ラルフィード様なら、絶対空気読まずに話しかけてきたところだわ。
それでもインパクトは絶大だったようで、今度はホール中の視線が私たちに集まっている。
私たち・・・いや、どちらかといえばデイジーに。
そりゃそうだよ、アームズ様と付き合いがあるとすれば絶対デイジーだって思うもの。
「あの・・・今の、は。ハーディエンス家の・・・」
パティがデイジーにそう問いかけたのも無理はない。
「え?ああ、シャルに・・・」
「さ、行きましょう!入学式に遅刻する訳にいきませんから!」
言いかけたデイジーの言葉を遮るようにして、声を張り上げる。
そんな私の声に弾かれるようにして、メリッサ先輩もまた声を上げられた。
「ほら、早く講堂へ向かいなさい!」
講堂へ向かいながら、パティに説明する。
アームズ様と私の兄が親友で、その関係でよく存じ上げているということを。
「妹みたいに可愛がられているよ、シャルは。だから、さっきも私にじゃなくてシャルに対して微笑まれたんだよ」
デイジーはさっきのことを思い出したのか、おかしそうに笑う。
「そうなの・・・びっくりした。まさか、あんな風に笑われる方だとは思いもしなかったから」
パティは感心したように何度もうなずき、私はデイジーに向かって手を合わせる。
「ごめんね、デイジー。私が知り合いだってなるとなんか騒ぎになりそうだったから、とっさにデイジーになすりつけちゃった」
「私もてっきりデイジーがお相手なのかと思いましたわ。アンドレア侯爵家とハーディエンス侯爵家なら、だれも異論はありませんもの」
「お相手、って・・・」
デイジーはパティの言葉に戸惑ったような顔をする。
パティは慌てたように手を振った。
「あ、ごめんなさい。そういう意味ではないの」
一度は否定したものの、少し考えてうつむくパティ。
「・・・いえ、違うわね。そういう意味だわ」
講堂の前には新入生たちが集まりだしているものの、まだここから入れとか並べとかそういう指示はない。
それをいいことに、私たちは他の生徒たちから少し距離を取ってパティの話を聞く。
「今年から、学院には宰相の息子であるアームズ様とノルディス様、それから騎士団長の息子であるラルフィード様、大司教の息子であるクリシュナ様が在籍なさっているわ。皆さん、王配候補とも言われているの」
・・・あれ?ゼファス様は?
ゼファス様も攻略対象者だし、れっきとした高位の侯爵家の跡取りなんだから、その中に含められて当然なんだけど・・・。
「王配候補ではあるけれど、実際に王配になられるのは1人。他の方々は、この学院に集まる女生徒たちからしたらまさに理想的なお相手だわ」
まあそりゃ狙うよね。園遊会の時もノルディスにあれだけ猛禽類の目を向けていたのだもの、ノルディスと同じぐらい、いやそれ以上の好条件の男性がそろい踏みってところだし。
それでアームズ様の相手がデイジーか、って皆が思ってざわめいたってことか。
「いや、ちょっと待って欲しい」
デイジーが先生に質問するように、軽く片手を上げる。
「兄上にそういった話が出ているということは父上から聞いているんだが、その時にも違和感は感じたんだ。・・・王太子様がいらっしゃるのに、王配っておかしくないか?」
確かにおかしい。
王配とは女王陛下の夫である男性のことで、兄である王太子様がいらっしゃるのならばマリーアンジュ王女様はいずこかへ「降嫁」されることになる。王配を選ぶ必要はないのだ。
「多分、王太子様不在の期間が長すぎるから・・・でしょうか」
パティが考え込むようにして言う。
現在、王太子様はナシャーヴ連合へと留学されている。あちこちの集落を転々とされているらしく、なかなか連絡が取れないためフランズベルト王国ではもう何年もそのお姿を拝見していないという話だ。
実際、私もどんな方なのか全く知らない。ゲーム内にも存在だけはあったものの、全く出てこなかったのだ。
「存在が薄くなりすぎてるってこと?」
「他国では身の危険もあるから、念のためかもしれないな」
私たちは色々と推測してみたものの、わからないものはわからない。
「とにかく、アームズ様とは別にどうこうはないよ。実際、去年シャルも来てくれたあのお茶会でお会いしたのが最後だしね」
デイジーがそう笑って言うと、私たちもうなずいた。
「どうしてもそういうのが付きまとっちゃうのかな?そういえば、メリッサ先輩とアームズ様も親しそうだったのにね」
「メリッサ様でもお相手としては十分でしょうから、すでに噂になってたりするかもですね」
ふむふむと考えているパティ。なんか、意外だなあ。
「パティは、なんかうちの兄様に似てる。色んな事調べて、色々考えているところが」
そう言って笑うと、パティも照れ臭そうに「性分なんです」と笑った。
「侯爵家のものは前へ!先に入場して、座席に着席すること!」
「あ、私だ」
案内の声に、デイジーが顔を上げる。
さすがに入学式だけは若干の序列がつくのか、侯爵家や王都住まいの伯爵家など王都の中心を担う家系の子息たちは前の方に座席を設けられていた。
忖度されてるのかもしれないけど、おそらく長話を聞かされるであろうことを考えると、それもあまり嬉しくはないよね。
デイジーはもちろん侯爵家なので、軽く手を振って講堂の入口へと駆けて行った。
その姿を見送って、私はノルディスとゼファス様が入口の少し手前でこちらを見ていることに気づいた。
・・・ああ、知っている姿だ。ゲームが始まった後、出会う姿。
だけど、ゲームとは違う。決して見れなかった表情。
ゼファス様は、ゲームの中では向けてくれなかった微かな笑みをたたえている。
そしてノルディスは、少しまぶしそうに目を細めてなんだか困ったような顔をしている。
あれだけ遠かった存在だけど、今は「友人」として話せるぐらいの距離にいる。
2人ともすっかり子供っぽさが抜けて、少年ではなく青年に差し掛かろうとしている。
たった1年会わなかっただけなのに、2人は見違えるほどのオーラを身にまとい、精霊の加護も上がっているのがよくわかる。
・・・私も、負けないように頑張らなくてはいけない。
この世界を、存続させるために出来るだけのことはしたい。
ようやくゲームが開始する・・・いや、ゲームではないのだ。
大事な友人と、そして憧れの人と過ごすという、夢見た学院生活が始まろうとしている。
そこへ向けて、私は一歩踏み出した。
明日は日曜日なのでお休みします。
また月曜日から投稿再開しますので、よろしくお願いいたします。
次回はノルディス視点です。




