3.お茶会の続き
「・・・そんなことがあったのですか」
心底驚いたという顔つきで、パティ様がそう言った。
腕を組んで黙って聞いていたデイジー様も、「なんとも腹立たしい」とつぶやく。
2人には、去年の春に『ソレイユ』で起こった事件を全部話したのだ。
私の部屋へと場所を変えて、お茶会の続きだ。
さっき、メリッサ先輩が渡してくれたお菓子だってある。
パティ様が自室からエステンス領産の紅茶を持参してくださったので、さっそくそれを淹れて楽しませてもらっている。
去年の園遊会で飲んだ、春摘の紅茶だ。今年の紅茶もとても香りがよい。
うっとりとその香りを吸い込んでいると、デイジー様が憤慨した様子で言った。
「しかし、それだと悪いのはカリーナ殿とハイゴッサムの王子殿下だろう?シャルは何一つ悪くないし、あんなことを言われる筋合いはないと思うのだが」
「そうなんですよねえ。それが、私も不思議なんです」
私もわからない。どうしてそんなことになったのか。
私とデイジー様がそろって首をかしげていると、ひょっとしたら・・・とパティ様が1つの予想を出してこられた。
これはお父様から聞いた話なのですが、とパティ様がおっしゃるには。
去年のあのバカ王子の騒動があった時期、たまたまエステンス伯爵様は王都にいらしていたらしい。
その時に何かの会合でカリーナ様の御父上であるロング伯爵様にお会いしたらしいのだが、そこでロング伯爵様は大変自慢なさっていたのだとか。
それは、娘がクレイモス公爵様に見初められたらしく、本日この後でクレイモス公爵邸に行くのだと。
それは大変幸せなことで羨ましいとエステンス伯爵様はおっしゃったらしいのだが、その後いくら経っても2人の婚約話が聞こえてこない。
次の夏の宴で聞こうと思ったものの、なぜかロング伯爵様からは避けられる始末。
一体あれは何だったのだろう、とエステンス伯爵様は首をひねっておられたらしい。
「つまり、ロング伯爵様は娘の不祥事に呼び出されたにもかかわらず、縁談だと舞い上がっておられたと?」
「はい。状況を考えるとそうなのではないかな、と」
パティ様の答えに、私もデイジー様も無言になってしまう。
っていうか、クレイモス公爵様も呼び出すなら事前に用件を伝えてあげてよ・・・いや、あまり大っぴらにしないで欲しいって言ったのは私か。私のせいでもあるのか。
慌ててクレイモス家に飛んで行ったと聞いていたけど、怒られるからじゃなくて期待してだったのか。
うきうきでクレイモス公爵家に伺ったロング伯爵様とカリーナ様のその後は、容易に想像がつく。
そりゃ、カリーナ様が私のことを逆恨みしても仕方ないともいえるか。
思わずぼそりとそうつぶやくと、デイジー様もパティ様も目いっぱい否定してくれた。
「いいえ、シャル様は何も悪くないです。本当に逆恨みですもの」
「そうだよ。悪いのは自分なのに、誤解する方が間違っている」
「ありがとうございます」
2人の気持ちが嬉しくて、笑顔でお礼を告げる。
でも、と紅茶のカップを手にして沈んだ顔のパティ様。
「カリーナ様の気持ちも、ロング伯爵様の気持ちもわかるような気がするのでちょっと複雑です」
ぽつりとそう呟いて、パティ様は続けられる。
「ロング伯爵様のお話を家でなさったとき、お父様は本当に羨ましいと何度もおっしゃっておられました。クレイモス公爵様とまではいかなくても、私にもいいご縁がないものかって」
そうか・・・パティ様は、園遊会でおっしゃってたな。
3人姉妹の長女として産まれたからには、少しでも条件のいい方にお婿に来ていただく必要があると。
「なのできっと、ロング伯爵もカリーナ様も天にも昇るような気持だったでしょうね。誤解とはいえ、それが幻に終わってしまったのは気の毒だと思います」
そう言った後、パティ様は慌てたように私を見た。
「もちろん、シャル様は正しいことをなさってますし、悪いのはカリーナ様ですから」
「ううん、いいのです。私も、カリーナ様を気の毒に思うのは同じですから」
首を振ってそう言うと、パティ様は安心したように微笑まれた。
「シャルもパティも、心優しいのだな」
デイジー様が感心したように私たち2人を見比べて、うんうんとうなずく。
「優しいっていうわけじゃなくて、多分気持ちがわかるってだけですよ」
私もパティ様も、そしてカリーナ様も伯爵令嬢だ。
いつかはよりよい縁を得て、家のために少しでもいい相手と結ばれたいのは皆同じだ。
ただ、それだけのこと。
デイジー様はコホン、と1つ咳ばらいをして、私たちに言う。
「そんな心優しい2人に、お願いがあるのだが」
「・・・?なんでしょう」
「その、どうか、わたしもデイジーと呼んで欲しい。様はつけなくてもいいから」
「まあ・・・」
思わず、といった感じでつぶやいたパティ様と顔を見合わせる。
デイジー様は少しもじもじしながらも、私たちに言った。
「さきほど、メリッサ殿も言っておられただろう?この学院では身分や性別など関係なく、友情を築くことをよしとされているって」
「・・・確かに」
「シャルの兄上が私の兄上を親しく呼ぶように、シャルにもパティにも親しく呼んでもらいたい。そんな関係に、憧れているんだ」
「わかった」
デイジー様の頼みに、私は考えることもなく即うなずく。
「シャル様?!」
「じゃあ改めてよろしくね、デイジー!パティも、私のことは様を付けずにシャルって呼んでくれたらいいから!」
こうやって親しく話せるのは、学生時代だけかもしれない。
じゃあ、その間出来るだけ親しくしてて何が悪い?何も悪くない。
それに、わざわざお嬢様言葉使うのも疲れるし。
このまま緩んじゃいそうな気がして怖いけど、卒業したらちゃんとやるから!と自分に言い聞かせる。
「ああ、よろしく、シャル」
それに、こんなに嬉しそうなデイジーが見れるんなら、それも悪くない。
ちょっと困った顔をしていたパティも、意を決したようにうなずいた。
「わかりまし・・・わかったわ。よろしくね、シャル、デイジー」
「よろしく、パティ」「よろしくね、パティ―!」
お互い名前を呼び捨てにすることで、一気に距離が縮まった気になった私たちは、そのまま女子会お約束の恋バナへと話を発展させた。
「デイジーはお相手いないの?引く手あまたでしょ?」
「いや、私は・・・とりあえず、兄上が決まらないことにはって感じかな」
「やっぱり、勢力関係もある程度考えないとですか」
どうにも言葉を崩しきれないパティがそう聞くと、デイジーはうーんと唸って天井を見上げる。
「勢力関係って言うか・・・兄上のお相手がねえ・・・」
ラルフィード様のお相手?すでに、候補が上がっているんだろうか。
思いを巡らせていた私を尻目に、パティが少し声を潜める。
「・・・ラルフィード様は、王配候補、ですか」
その言葉にデイジーはびっくりしたように目を見開いて、同じように小声で言った。
「え、そんな話広がってるのか?」
「そこまでは。ただ、多少お耳が早い方はご存じなのではないかと」
「・・・パティは意外に情報通だな」
・・・2人のひそひそ話に混ざりたいのに、全く話について行けない。
えーっと、オウハイ候補?・・・あ、王配、か。女王様の旦那様ってことだ。
え、女王様?女王様って・・・ひょっとして、マリーアンジュ王女様のこと?
やっとそこまで話が結びついて、おそるおそる2人に聞いてみる。
「あの、ラルフィード様がマリーアンジュ王女様の婚約者候補ってことで・・・あってる?」
2人が黙ってうなずくので、どうやらあってたようだ。
しかし、あのラルフィード様が王配候補?それって・・・。
「兄上には、無理だと思う」
身も蓋もなく、デイジーがぶった切った。そんなはっきり言わなくても。
「デイジー・・・」
ほら、パティがあっけにとられてる。そんな反応に、デイジーが苦笑して続ける。
「兄上は、私が言うのもなんだけど自分の好きなことを好きなようにやるのが一番向いている方だ。王城に閉じ込められて、たくさんの悪意にさらされながら生きていくのは可哀想だ」
そっか、そっちか。
ラルフィード様が王配には力不足なのではなくて、王配という立場はラルフィード様には役不足なのだ。
確かにあの方は好きな剣術でも極めて、あちこち身体を動かして走り回っている方がいいだろう。
でも待てよ。
「でも、ラルフィード様はマリーアンジュ王女様のことがお好きなんじゃないの?幼馴染で仲が良いんでしょ?」
ゲーム内では、ラルフィード様は幼い頃からずっとマリーアンジュ王女の騎士だった。彼女を守りたくて守りたくて、その強い願いがそのまま火の精霊様に届いて加護を受けた感じだ。
彼の剣も魔術もすべてはマリーアンジュ王女の幸せのためにあり、彼女のためには命をささげることさえ厭わない。明るくて元気なキャラクターの半面、そんな炎のような激しい愛情を隠し持っていたのが魅力だった。
「確かに仲はいいと思うよ。だけど、どうなのかな。特別な感情を持っているのかどうかは・・・」
デイジーの言うとおり、今はまだそこまでの気持ちはないのかもしれない。
なにせ、まだゲームは始まっていないのだから。
これから学院で共に過ごすうちに、だんだん芽生えてくるのかもしれないな。
「私としては、兄上には王配よりシャルにお嫁に来て欲しいんだけど」
「あ、それはない」
「どうして?!いいお話なのに!」
なんでパティが食いつくの?!いや、わかるけど。
「デイジーの社交辞令だよ、パティ」
「そうなの?」
「そうでもないんだけど・・・まあいいや、兄上には頑張ってもらおう」
デイジーは何か1人でぶつぶつ言ってるんだけど、放っておこう。
「あ、そういえばさっきの先輩、怖かったね。えっと、メリッサ先輩?」
私がそう言うと、パティがうんうんとうなずく。
「なんだかシャルに、微妙にあたりが強かったように思うのだけど・・・」
「やっぱり?私もそう思ったの。別に何もやってないのになあ」
首をかしげるけれど、全然心当たりがない。
そういえば、メリッサ先輩とはデイジーは知り合いっぽかったな。
「3年生のメリッサ・オーブリー侯爵令嬢。オーブリー侯爵様は王都内務省の方で、ハーディエンス宰相様の右腕としても有名な方だよ」
デイジーは園遊会後に断れないお茶会がいくつかあったらしく、アンドレア侯爵様に連れていかれたその中の1つでメリッサ先輩とは知り合ったのだとか。
そう説明してくれて、私とパティは納得する。
「王都住まいの侯爵令嬢様だったのね。そりゃイザベラ様も丁寧な対応するはずだわ」
「今3年生ってことは、シャルやデイジーのお兄様と同じ学年なのね」
そうか、兄様と知り合いっぽかったしな。
・・・あれ、ひょっとして兄様のせいとか?
そう思いついたので言ってみたけれど、「うちの兄上じゃあるまいし、シェアト殿が女性に対して何かやらかすとは思えない」とデイジー様に言われてしまった。
確かにそれはそうなので、何も言えない。
「案外、彼女の想い人がシャルのお兄様で、妹に嫉妬したとかそういうのかも」
何気なくパティが言ったその言葉が、当たらずとも遠からずだったということを知るのはまだ先の話なのであった。
明日は16時に投稿します。




