2.トラブル発生
ふと、部屋の中に大きな姿見があることに気づいた。
この寮の中の家具は、基本的に据え置きだ。全部自分で入れ替えることも出来るけど、大体毎年きちんと点検されているらしく、かなりの数の家具がすでに入れ替えられている。
こうやって見回しても、ほとんどが新品同様に見える。
その中で、姿見も綺麗に磨かれていた。
姿見に、自分の姿を映す。
転生に気づいたその日、前世の記憶がよみがえった日。
あの日もこうやって姿見を見つめて、そこに映る自分の姿に愕然としていた。
あれから1年半が経ち、ようやくゲーム開始の時間に追いついた。
1年半でなにが変わっただろう?
身長は伸びた。顔かたちは少しは大人っぽくなっただろうか。
世界観が洋風なのか、顔が小さくて足が長い自分のスタイルにちょっと感動する。
胸もそこそこ発育がよくて、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込む理想的な体形。
学院の制服は胸元がリボンタイのいわゆるちょっと可愛い感じのブレザーで、良く似合っていると我ながら思う。
もしここが日本なら、制服で原宿歩いてたらスカウトされるレベル。原宿行ったことないから知らないけど。
でも残念ながらここは異世界、あくまでも普通レベルなんだよね。
すべての美の基準はマリーアンジュ王女様だと言っても過言ではないから、無理もないか。
すでに家から荷物が届いていたので、それを開けてワンピースを取り出す。
私のはごく普通のAラインワンピースだけど、無難なこのデザインが自分には一番似合うとわかっている。
着替えて部屋から出ると、ちょうどパティ様も部屋から出てきたところだったので、連れだって1階の食堂へと向かうことにした。
寮生活を送る上で、朝晩ここに集まって食事をするので食堂と称したけれど、その言葉は少し相応しくないかもしれない。
ドアの向こうは一番奥が天井にかけてガラス張りになっていて、ちょっとしたサンルームのようだ。
大きくて広いスペースに、真っ白なテーブルクロスのかかった丸テーブルがいくつも配置されている。
ところどころに花も飾られていて、食堂というよりかはレストランウェディングの会場みたいだ。
そのテーブルの1つで、デイジー様が手ずからお茶を入れられていた。
「まあ、デイジー様。ありがとうございます!」
そこに近寄りながらそう言うと、デイジー様は笑顔で首を振った。
「いや、これはセットされて渡してもらったんだ。ポットからカップにそそぐぐらいは、さすがに私にもできるよ」
そうなのだ。たとえレストランのような佇まいであっても、やっぱり食堂。
基本的にはすべてセルフサービスであり、準備はしてくれるが給仕まではしてくれない。
だけど、大体の女生徒はたしなみとしてお茶の入れ方は学んでいるので、何の問題もなかった。
デイジー様の手つきもなかなか堂に入ったもので、こういうのは苦手だとおっしゃってた以前に比べると、格段にうまくなっておられる。
これはきっと、リンナ様とアムリータ様の教育の成果なんだろうなあ。
私とパティ様は顔を見合わせて微笑むと、その席へとついたのだった。
あらためて、デイジー様とパティ様にお互いを紹介する。
デイジー様が「恥ずかしながら、エステンス伯爵家は存じ上げなくて申し訳ない」と頭を下げ、慌ててパティ様がそれを止めるという一幕もあった。
パティ様は伯爵家と侯爵家の身分差から、デイジー様はもともとの人見知りからお互い少し最初はぎこちなかったものの、次第に少しずつ打ち解けられているようだった。
私としても大事な友達の初対面がうまくいって、ほっと一息。
落ち着いてカップを口に運んだ、その時だった。
「まああデイジー様、もういらっしゃっていたの?!」
食堂の入口から、甲高い声が聞こえてきた。
なんか、ちょっと既視感があるな・・・と思いつつそちらを見ると、そこに立っていたのはやっぱり取り巻きーずの面々であった。
イザベラ様、アンジェリカ様、そしてカリーナ様。
あっ、カリーナ様から露骨に目をそらされちゃった。あの一件がまだ引っかかってるのかな。
イザベラ様を先頭にずんずんとこっちへやって来る3人に、デイジー様が小さくため息をつく。
これは、園遊会後に何かあったんだろうか?
3人はテーブルの傍までやって来ると、先頭のイザベラ様がじろりと私とパティ様をにらみつつデイジー様に向かって言う。
「入寮時にはご一緒しましょうと、あれほど申し上げましたのに・・・。このままでは、マリーアンジュ王女様もがっかりされてしまいましてよ」
・・・どういうこと?マリーアンジュ王女様が何でがっかりするの?
内心首をかしげていると、デイジー様が真面目な顔つきでイザベラ様を見上げた。
「前にも申し上げたが、私はマリーアンジュ王女様とはご学友の1人として普通に接させていただくつもりだ。私には私の友人がいるので、必要以上にご一緒させていただくつもりはないのだけれど」
デイジー様の言葉に、「まああ!」と声を上げたのはイザベラ様だけではない。
アンジェリカ様もカリーナ様も、心底信じられないという表情をしている。
「かわいそうな方ですわね。マリーアンジュ王女様のご学友になることの、価値もわからないなんて」
頭が痛いとばかりにこめかみを押さえ、首を振るアンジェリカ様。
ノルディスも同じようなしぐさをするけど、この人はなんかイラっとするなあ。
「こっ・・・こんなに光栄なお誘いを、そんな風に言うなんて・・・信じられませんわ!」
カリーナ様は顔を真っ赤にして、言い募る。
まあ、この方にとっては『マリーアンジュ王女様のご学友』はステータスらしいから、それも仕方のない反応か。
そして、イザベラ様は私とパティ様をジロジロと見る。
「この方々がご友人?お顔を拝見したこともございませんわ。きっと、王都ではなくどこかの田舎貴族の方でしょう?」
おお、田舎貴族とか言っちゃってるよ、この人。どこぞのバカ王子と一緒だ。
今この食堂の空気が、一瞬ひんやりしたのは気のせいじゃないだろう。
この学院に集まる生徒の半分以上は、王都住まいじゃないその「田舎貴族」なんだぞ?
自分に集まる視線を知ってか知らずか、イザベラ様は言葉を続ける。
「デイジー様。あなたもアンドレア侯爵家という高位貴族のご家庭に生まれたのですから、その身分に合ったお相手とお付き合いされた方がよろしいですわよ」
・・・この人、真っ向からハーディエンス学院の理念を否定してくるなあ。
皆平等に学びの機会を得て、身分を越えた友人を得るということがこの学院での目的とうたわれているというのに。
デイジー様は話にならないといった呆れ顔で、きっぱりとイザベラ様に言い切った。
「私の友人は、私が選びます。シャルも、パティも、私の友人です」
私だけでなく自分の名前も言ってもらったパティ様は、「デイジー様・・・」と感動したように目をうるうるさせている。
私も嬉しくて、胸があったかくなる。
平等をうたっているとはいえ、そうは簡単にいかないのが人間だ。
貴族社会なぞガチガチの上下関係がある世界なのに、この学院の中だけはそれは無しというのはなかなか難しいのが現状。
言葉に出して言わなくても、イザベラ様と同じような考えの方々も多いに違いない。
だけど、シェアト兄様とアームズ様のように、そして母様とアムリータ様のように、いつの時代だって確かな友情を築いている方々が多いのも事実なのだ。
私とデイジー様とパティ様も、きっとその中の1組になれるだろうと確信したのだった。
「あなっ・・・あなた、いい気にならないでよ!」
不意に、カリーナ様がそう言ってきた。なぜか私に向かって。
デイジー様の返事が思いがけなかったのか、ぐっとつまっていたイザベラ様も、一体何事かといった風に私たちを見る。
「カリーナ様、どうなさったの?」
「この・・・この人は、私のことをバカにして、そして、ロング伯爵家もバカにしたのです」
・・・してないよ。全然、これっぽっちもそんなことしたことない。
なんとなく周囲の視線が今度は自分に集まるのを感じて、内心ぐったりする。
多分例の一件のことだろうけど、あれって解決したんじゃないの?
謝りに行ったってことは、自分が悪かったってわかってるはずなのになあ。
「あなた」
イザベラ様は、デイジー様に否定されたことから話をそらそうと思ったのか、私に矛先を向ける。
「カリーナ様をバカにするなんて、あなたは一体どこのご令嬢なの?私、存じ上げませんけれども」
園遊会でちゃんと挨拶してるんだけど、忘れてるのか故意に無視しているのか。
副音声で言うなら、「あなたみたいな目立たない田舎者が、王都住まいの令嬢をバカにするなんて身の程知らずが」ってとこかなあ。
でも、完全に言いがかりなのでとりあえず言い返しておく。
「別にバカにしてません。何かの勘違いじゃないですか?」
「わ、私はあの方にご忠告しただけですわ!あのような服装では、この国ではよろしくないと。それを、クレイモス公爵様に、言いつけて・・・!」
ええー?!言いつけてないし!
どう記憶が改ざんされているのかわからないけど、なぜか私が公爵様に言いつけたことになってる!
言いつけたのはあくまでもあのバカ王子の所業だけで、カリーナ様のことは出来るだけかばったつもりなんだけどなあ。
「クレイモス公爵様?!あなた、クレイモス公爵様とお知り合いなの?!」
って、なんでイザベラ様は目の色変えてるかな!彼が独身だから?!
いやいや、あなたみたいな子供をあんな選びたい放題の人が相手にするわけないだろうに。
なんだかカオスな状態になってしまったところで、鶴の一声が響き渡った。
「何の騒ぎなの!」
食堂の入口に立って声を張り上げていたのは、さっき受付をしてくれた上級生。
デイジー様が「メリッサ殿・・・」と小さくつぶやく。それが彼女の名前?
彼女はつかつかとこちらへやって来たかと思うと、ぐるっと全員を見渡して私で目を止めて眉をひそめた。またお前か、って感じだろうか。
「・・・デイジー、何の騒ぎなの」
デイジー様とは知り合いらしく、そう聞かれたのでデイジー様が答えようとすると、それを横切るようにイザベラ様が言い放った。
「メリッサ様、ご機嫌麗しゅう。私たちは、デイジー様にお友達を選ぶようご忠告申し上げていただけですわ」
「お友達?」
ますますメリッサ先輩の眉がひそめられる。
「そうですわ。せっかくマリーアンジュ王女様のご学友となれるチャンスですのに、デイジー様はそれをないがしろにして、この王都でのしきたりもわからない子たちと一緒にいるとおっしゃいましたので」
イザベラ様はふふんといった感じでこちらを見るが、なんでそんなに勝ち誇れるのかが全く分からない。
さすがにメリッサ先輩もそう思ったのか、ため息をついてその長い赤い髪をばさっとかき上げられる。
「それはデイジーの自由でしょう。この学院では身分も性別も関係なく、友情を築くことをよしとされているのだから」
「でも・・・」
「それより、あなたたちの大事な王女様がもうじきいらっしゃるそうよ。お迎えしたら?」
「まあ、本当ですの?ありがとうございます、すぐ行きますわ!」
イザベラ様はその言葉を聞くと、いそいそとアンジェリカ様とカリーナ様を連れて、さっさと食堂を出て行ってしまった。
「全く・・・」
やれやれといった感じでその姿を見送ると、メリッサ先輩は私たちに向き合う。
「入学式もまだだというのに、新入生同士で余計なトラブルを起こさないでちょうだい。たたでさえ今年は王女様のご入学とあって、ピリピリしてるんだから」
「・・・すみません」
私たちが怒られるのはなんだか解せないけれど、とりあえず上級生に言われたので謝っておくことにする。
「とにかく、もう部屋に戻りなさい。王女様の前で、またやりあったりしないでね」
メリッサ先輩は机の上のお菓子をぱっとナフキンに集めると、それをまとめてデイジー様に渡す。
他の生徒たちもなんだか居づらくなったのか、三々五々と散っていく。
仕方ない、とため息をついて私はデイジー様とパティ様の顔を見た。
「続きは、うちの部屋でやりましょうか」
2人がうなずいてくれたので、とりあえず自室でお茶会の続きだ。




