1.ゲーム開始!・・・の、その前に
第二章開始です。どうぞよろしくお願いします。
うわあ・・・本物のハーディエンス学院だ・・・。
これからお世話になる学び舎を前に、間抜けな感想だなあとは思うものの、咄嗟にそう頭に浮かんだのだから仕方がない。
赤レンガの外壁に、大きな門。今日はその門が開け放たれていて、校舎に向かってまっすぐ伸びる道にちらほらと生徒の姿が見える。
外壁と同じく赤レンガで造られた校舎の前には、大きな桜の木が1本。
風が吹くとその花びらが宙を舞い、まさしくその情景が前世で見た『エレメンタル・プリンセス~精霊の乙女たち~』というゲームのタイトルバックの画面だった。
昨秋の学院祭の時にお邪魔したものの、あの時は桜が咲いていなかったからそこまで実感しなかったのだけれど。
こうやって見ると、本当にここってゲームの世界だわ。
その景色に見とれてぼけっと突っ立っていると、前方から声が飛んできた。
「そこの新入生!立ち止まってないで、前へ進みなさい!」
ハッと気づくと、ちらりと私を見つつ追い越していく生徒たちが数人。
そして、声のした方向には何人かの上級生らしき方々が並んでおり、ずらずらとやってくる新入生を次々にさばいていた。
私も慌てて、そちらに向かって歩き始めた。
今日は、ゲーム開始の入学式・・・ではなく。
入学式を明日に控えて、自分がこれから生活する寮へと入る入寮の手続き日だ。
よっぽどの理由がない限り、新入生は全員今日入寮する。
そして明日の入学式に備えて、すでに家から届いているであろう荷物の整理をしたり、自室周辺の生徒に挨拶したり、のんびり過ごすことになっている。
入学式が終わればすぐにカリキュラム等の説明があり、その翌日は休みとはいえ芽吹きの宴が行われる。
芽吹きの宴の夜会にて社交界デビューを果たしたら、その翌日からは早速授業が始まるのだ。
なかなかのハードスケジュールなので、せめて今日ぐらいはゆっくりさせてくれるのだろう。
校舎を挟んで東側に男子寮、西側に女子寮の建物がある。
校舎前に並ぶ上級生が、新入生の渡す書類を確認して何か記入している。その後で新入生は、寮へと向かっているようだ。
そのためか、列は綺麗に男子と女子に分かれ、東側と西側へと伸びている。
私も西側の女生徒の列の一番後ろに並んだ。
軽く周りを見回すけど、どうやら知り合いはいない様子。
朝早くフロンターレ領を出発したので今の昼過ぎの時間にここへ着いたけど、もっと遠い領地から来ている子はもっと遅いだろうし、逆にとても遠い領地の子は昨日着いて今日の午前中に手続きをしたのなら、もうすでに入寮が終わっているのかもしれない。
パティ様やデイジー様は、着いているんだろうか。
順番が来たので書類を渡すと、受け取ったのはさっきぼうっとしていた私を遠くから叱咤した上級生だった。
赤っぽい長い髪の、ちょっと猫みたいな目をした、きつそうだけど美人な先輩だ。
「お待たせ。・・・シャルリア・フロンターレ・・・あなた、シェアト君の妹?」
渡した書類で名前を確認した彼女は、私の顔をまじまじと見つめる。
「はい。そうです。シェアト・フロンターレは私の兄です」
軽くお辞儀をしてそう答える。この先輩、兄様の知り合いなのか。
っていうか。シェアト「君」?!
君付けで呼ぶんだ・・・ほんと、前世での学校生活と一緒だなあ。
学院在学中は、家の格式にとらわれることなくお互いを呼び捨てにしたり、貴族社会で通例となっている「様」付けではなくもっとフランクに呼び合うとは聞いていた。
最初はかなりぎこちないものの、そのうち慣れてくるって兄様が言ってたっけ。
ゲームの中でのシャルリアは「ゼファス様」「ノルディス様」と様付けで呼んでいたから、あくまでも同性間の話だと思ってたけど・・・異性間でも割とありうるんだなあ。
それとも、ゲームでも親密度の上昇などの条件を満たせば、親しい呼び名に変わるイベントとかあったのかもしれないな。そういうの、乙女ゲームにはつきものだし。
なんて、余計なことを考えてしまったからか。
赤毛の先輩は、私を訝しげに見て「・・・あなた、ちょっとぼんやりしすぎよ」と眉をひそめた。
「あ、すみません」
「まあいいわ。寮の場所は見えてるからわかるわね?1年生の部屋は3階になっているから、寮の入口で自分で確認して」
てきぱきと説明しながら先輩は私の書類に受付済のサインをすると、それを返してくれた。
どうもこれで終わりなようなので、早速寮に向かうことにしよう。
女子寮は、重厚な趣のある校舎とは違い、白っぽくてちょっとおしゃれな外観だ。
窓1つ1つが結構大きくて、離れている・・・ってことは、部屋も広そうだ。
と、見上げているとその窓が大きく開いて中からデイジー様が顔をのぞかせた。
「シャル!」
「わあ、デイジー様!お久しぶりです!」
嬉しくなって手を振ると、デイジー様も手を振り返してくれる。
が、周りの女生徒たちの注目を集めちゃっているっぽいので、慌てて「すぐ上がりますね!」と伝えて玄関に急いだ。
中に入ると、玄関ホールは大きな吹き抜け。
正面に大きなドアがいくつか見えるけど、あれは多分共同で使う食堂とかだろう。
部屋は右と左に建物が伸びているので、そこに並んでいる様子。
手元の書類を確認すると、私の部屋は右側の一番奥だ。ということは、デイジー様が顔を出した窓と同じ側じゃないかな。
玄関ホールから直接3階まで階段を上がると、上がったところでデイジー様が待っておられた。
「シャル、こちら側なのかい?」
「ええ。部屋は近くみたいなので、よかったです!」
私が笑うと、デイジー様もとても嬉しそうな顔をして「うん、よかった」とつぶやいた。
入寮は制服と決まっているのだけれど、デイジー様はもう着いてからずいぶん時間が経っているのか、細いシルエットのシンプルなワンピース姿だ。
「そのワンピース、似合ってますね」
「これ?『ソレイユ』のだよ。ドレスを作ってもらった時に、似たようなものをといくつかお願いしたんだ」
「まあ、やっぱり!」
ひらひらふわふわしたワンピースよりは、やっぱりシンプルな方がデイジー様には良く似合う。
ソレイユの店長さん・・・タニアさん、だっけ。相変わらずいい仕事してるな!
心の中で親指を立てて、彼女にグッジョブしておく。
「あの・・・シャル、様?」
話しているところにそんな声をかけられて、振り返る。
「パティ様!お久しぶりです!」
目の前に少しはにかんだ表情で立っておられたのは、パティ様。今、階段を上がってきたところのようだ。
そもそも私はデイジー様とパティ様しか知り合いがいないから、多分パティ様だろうとは思ってたんだけどね!
「シャル様、お久しぶりです。お元気そうでよかった・・・私、心配で・・・」
なんだか少し泣きそうな顔になって、パティ様は私を見つめた。
「ほんとだ。シャル、身体はもういいのか?」
思い出したように言って、デイジー様も私を見る。
うっ。あれか、流行り病の件か。
おそらく前世で言うインフルエンザだったんじゃないかなと個人的には思っているんだけど、この世界には特効薬がないために結構長い期間寝込むことになった。
でもちゃんと水分補給して、しっかり身体休めたからそこまでひどくはならなかった。
だけど、普段風邪もひかないので周りにはさんざん心配をかけてしまったらしい。
ちょうどその頃、本来ならハーディエンス家にお邪魔して入学のための準備をする予定だったのに、それが完全に無くなってしまって。
かといってドレスの最終チェックなどはしないとまずかったので、わざわざアムリータ様がフロンターレ領まで来てくださったんだ。
その時に、色んな人からのお見舞い品を大量に持ってきてくださったのがとても嬉しかったけど、これだけ色んな人に心配をかけたのかと思うと申し訳なかった。
「お2人とも、心配かけて本当にごめんなさい。もう大丈夫、すっかり元気です」
私がむんっと両手に力こぶを作るようなポーズをすると、お2人は安心したように笑ってくれた。
その後で、はたとお互い顔を見合わせている。
そっか、この2人って初対面だっけ。
「デイジー様、こちらパトリシア・エステンス様ですわ。パティ様、こちらはデイジー・アンドレア様です」
「エステンス・・・」
「アンドレア・・・侯爵様の!」
デイジー様は少し首を傾げ、パティ様はびっくりして目を見開いた後で深々とお辞儀する。
そうだよね、アンドレア侯爵家は知らない人がいないよね。
「ここで立ち話もなんですので、あとで食堂でお茶しませんか?私もパティ様も着替えてきますね」
デイジー様にそう言うと、彼女は「わかった」と笑顔でうなずくと先に行っていると階段を下りていかれた。
そんなデイジー様を見送って、おそるおそるといった感じでパティ様が訊ねられる。
「あの・・・シャル様は、アンドレア侯爵家のご令嬢とお友達なのですか?」
「はい。デイジー様は、とてもいい方ですよ!きっと、パティ様とも仲良くなれると思います」
「そ、そうですか・・・」
まだあっけにとられた感じのパティ様だけど、まあ無理もないよね。
私達王都住まいではない貴族にとっては、アンドレア侯爵家などは雲の上の存在だ。
色々な理由が相まって私はとても良くしてもらっているのだけれど、パティ様のような反応の方が普通だとは思う。
だけど、ここはハーディエンス学院。これから始まる学院生活では、そういう身分を越えて友情を築くことが醍醐味だものね!
お2人も、仲良くなってくれるといいな。
廊下の一番突き当りの部屋が私の部屋で、パティ様はその2つ手前の部屋だった。
パティ様の手前がデイジー様の部屋なので、3人とも近い。
部屋の中は、予想していた通り結構広かった。
簡易な仕切りではあるもののベッドルームとリビングに分かれていて、一流ホテルのセミスイートルームみたいだ。トイレとバス、ミニキッチンもついている。
前世で1人暮らししていた部屋よりよっぽどいい。
この部屋が私のこれから3年間の城となる。
ひょっとしたらこの部屋にも精霊様がいるんだろうか?
どこを向くわけでもなく、部屋の真ん中に向かって頭を下げた。
「これから3年間、お世話になります」
もちろん返事はなかったけれど、部屋全体が少し明るくなったような気がした。




